MUSIC 心地よい音楽を。
土曜の朝と日曜の夜の音楽。 今月の選曲家/小田朋美 vol.1October 01, 2021
October.01 – October.07, 2021
Saturday Morning

中学生のときにはじめて買ったサウンドトラックのCDは、ドラマ『ケイゾク』のサウンドトラック(作曲:見岳章)だった。このドラマ自体が好きだったこともあるけど、とにかく音楽が印象的で、日常生活のなかで何度も頭の中でこのドラマの音楽を反芻していて、ある時ついにCDを買った。のはいいのだけど、CDで改めて聴いてしまうとちょっと違う感じがするというか、脳内で再生しているのが一番気持ち良いということに気が付いた。
その時から「脳内サントラ」という楽しみを覚え、日常生活の色んな場面で、様々な映画・ドラマの音楽を繰り返し脳内再生していたのだけど、最近ちょっとその楽しみが減ってきている気がする。なんでだろう、歳だから? 忙しいから? などと思ったりもするが、一番思い当たるのはスマホの登場。ぼーっとする時間が減ってしまい、それに従って脳内サントラを楽しむ時間も減ってしまったのかもしれない。
先日、朝目覚めて、カーテンの隙間から差し込む一筋の光が目に入ったとき、この曲「Agape」が脳内に流れてきた。久しぶりの感じだなと思いながら、すぐに起き上がらないで、ぼーっと横たわりながら脳内サントラをゆっくり聴く。
『ビール・ストリートの恋人たち(原題:If Beale Street Could Talk)』という映画のサウンドトラックであるこの曲のメロディは、劇中で色彩(アレンジ)を変えながら何度も登場する。作曲家ニコラス・ブリテルによるアレンジの妙、映像・ストーリーとのマリアージュは本当に見事だし、こんなに慎ましく、豊かで、心に残るトラックを聴いたのは久しぶり。
ずっと思い出せなかった記憶の断片たちが浮かんでは消えながらゆっくりと輪郭を表すような、素晴らしいアルバムです。映画と併せて是非。
アルバム『If Beale Street Could Talk(Original Motion Picture Score)』収録。
Sunday Night

「Siempre(=永遠に)」。最近観た映画『イン・ザ・ハイツ』のなかで、ホームパーティーで主人公たちがレコードをかけて踊っているとき、レコードの傷によって「Siempre」というフレーズが何回も繰り返されてしまう場面があった。映画も、音楽も、文学も、日常も、忘れられないたったひとつの何かが残るだけでいいとわたしはよく思うのだけど、あの場面のことをわたしはきっと忘れないと思う。
音楽は繰り返しに満ちているけど、わたしたちの生活は音楽と比べられないくらい繰り返しに満ちているし、繰り返ししかないとも言える。繰り返しばかりの日常なんだから音楽くらい繰り返さなくたっていいじゃないと思ったりもするけど、やっぱり音楽が繰り返しと相思相愛でなかなか離れられないのは、音楽と日常の仲が良いからだろうか。
このビートルズの名曲を編曲したのはルチアーノ・ベリオというイタリアの作曲家。当時彼の妻で歌手のキャシー・バーベリアンからの依頼によってこの曲を編曲することになったそうだけど、原曲とはまた全然違う魅力をまとったこの編曲版に、わたしはずっと心惹かれていた。この編曲では楽器たちがそれぞれの歌を持ち、動物の声のように、木々のざわめきのように、水の流れのように、世界そのもののように響いて、その中に人間がいて、彼女(彼)は愛を歌っている、でも人間は主役ではないと感じる。
この歌で何度も繰り返されるのは、たったひとつのこと。世界中にありふれていて、いつの時代も繰り返し歌われてきたこと。繰り返すけど、同じではないこと。繰り返しながら、変わっていくこと。
人間が主役ではないということに安堵を覚えながら、日々の繰り返しを愛したくなる一曲です。
アルバム『Transformation』収録。
作曲家、ヴォーカリスト、ピアニスト 小田朋美
