真似をしたくなる、サンドイッチ

ギリシャチーズがたっぷり。パリに行ったら食べたい、ほうれん草のグリルサンド。August 03, 2024

サンドイッチをこよなく愛するパリ在住の文筆家、川村明子さん。『&Premium』本誌の連載「パリのサンドイッチ調査隊」では、パリ中のサンドイッチを紹介しています。
ここでは、本誌で語り切れなかった連載のこぼれ話をお届け。No43となる今回は、本誌No129に登場した『タヴェルナ』で惜しくも紹介できなかったサンドイッチの話を。

川村さんによる圧巻のスケッチ。いつもよりページいっぱいにイラストと文字が書き込まれています。 サンドイッチ 川村明子
仮写真

窓際のキャップに惹かれて近づいた。

よく通りかかる四つ角に、いつもとは異なる道から差し掛かったとき、見たことのない店が目に入った。窓際に重ねて掛けられたキャップに惹かれて近づくと、ランチ営業はしているのに、店内の電気はついていなかった。テラス席で食事をしている人がいなかったら、やっていないと思っただろう。窓に貼られたメニューを見たらギリシャ料理の店で、ランチにはサンドイッチを出しているらしい。ちょっとそっけないくらいの印象なのに、白い外壁に赤で書かれた店名の字体とか、ランプシェード代わりに掛けられている白い布とかには、思いがあるように感じて、食事に来たいと思った。

オリジナルのキャップには店の住所がギリシャ語で書かれている。行くたびに欲しくなって実はすでに4色購入。
オリジナルのキャップには店の住所がギリシャ語で書かれている。行くたびに欲しくなって実はすでに4色購入。

初めて訪れた日には。

近くで大規模なブロカントが開催されていて、ひと回りしてから、お昼を食べに行った。肌寒い天気だったけれど、空気が気持ちよかったのでテラスで食事をすることにした。ひと息ついてから、お手洗いを借りようと店内に入ると、やっぱり電気はついていない。それが、どことなくなつかしさを呼び起こした。螺旋階段を2階に登りながら思い出したのは、日差しが強く暑い夏の日の海の家のような、冷房設備のないどこか。靴下を履いてスニーカーだったのに、その螺旋階段にはビーサンが似合う気がした。

いざ、スブラキサンドを。

すっかり気持ちも緩んだところに出てきたスブラキサンド(ギリシャのピタパンサンド)は、想像していたよりもはるかにおいしそうだった。具材の色味が濃く、色彩も硬派で、全体的にスッキリ引き締まっている。味がぎゅっと詰まっていそうだ。

本誌で紹介したスブラキサンド。具の種類が多すぎず、ソースもしっかりと煮詰めた自家製ゆえか、味わいが清々しい。川村明子
本誌で紹介したスブラキサンド。具の種類が多すぎず、ソースもしっかりと煮詰めた自家製ゆえか、味わいが清々しい。

これまで食べたことのあるスブラキサンドには、レタス系の葉野菜とフレッシュなトマトが付き物だったように思う。それが『タヴェルナ』ではどちらも入っておらず、水っぽさがなかった。だからといって、口の中がもそもそと乾く感じもない。トマトソースは十分にジューシーで、ヨーグルトソースが与えるマイルドな酸味も、口を潤した。余計なものは加えない、まっすぐなおいしさで、サイドで頼んだフリットも、シンプルでスマートな味だった。会計をするとき、一緒に行った友人はキャップを一つ購入した。わたしは色を決められず、少し考えることにした。いずれにしても、またすぐにサンドイッチを食べたくなって、来ることになるだろうと思っていた。

作っているところを見せてもらうと、思っていた以上に鶏肉の切り身が大きな塊だった。でも、全体のバランスがよく、ボリュームがあり過ぎる印象はない。 スブラキサンド 川村明子
作っているところを見せてもらうと、思っていた以上に鶏肉の切り身が大きな塊だった。でも、全体のバランスがよく、ボリュームがあり過ぎる印象はない。
フェタチーズとオレガノを散らしたフリットはクセになる味で、数日経つとまた食べたくなる。川村明子
フェタチーズとオレガノを散らしたフリットはクセになる味で、数日経つとまた食べたくなる。

再訪してみると。

サンドイッチよりも先に、実際食べたくなったのは、少しオレガノを散らしたフリットのほうだった。それに、売り切れる前にキャップも買いたくて今度は一人でランチに行くと、キャップは新色が出ていた。結局選んだのは、ライトブルーにオレンジで刺繍が入っているものと、パープルにオリーブグリーンの組み合わせ。メニューに書かれたもう一つのサンドイッチも試してみたい、と思っていたらその日はなく、再びスブラキサンドとフリットを食べて、改めておいしさを認識した。最初に食べたときには構成や味付けに注意を引かれたけれど、この日は、しっかりした肉質の鶏肉に、意識がいった。ハーブが効いて、オリーヴやケッパーとよく合った。より一層、もう一つの、グリルドサンドを食べてみたくなった。

やっと対面を果たしたグリルドサンドは......。

うれしい意味で、期待を裏切ってくれた。主な具材は、ほうれん草とギリシャのチーズ3種。スブラキサンドは、ギリシャから取り寄せているピタパンを使っているのに対し、こちらは、パン・オ・ルヴァンだ。ほうれん草入りのグリルドサンドはよく見かけるし、パンも、パン・オ・ルヴァンならば、もちろんおいしいだろうけれど、「こんなの初めて!」と感じる新たな味わいに出合うことはないと思っていた。ところが、スブラキサンド同様、こちらも硬派な色っぽさで登場した。

ほうれん草のグリルサンド 川村明子

チーズはたっぷりなのに、ケッパーとオリーブの存在感なのだろうか、くどさがなく、キリッとしている。ほうれん草は、とても滑らかな口当たりで、でもクリームで繋いだ感じではなかった。聞けば、アナリというキプロスで作られる山羊乳のチーズと、フェタチーズを加え、少量のオリーヴオイルと一緒に混ぜ合わせているそうだ。それがたっぷりと挟まれていて、これだけでもグリーンサンドと呼びたくなる様相だが、さらには、表面からは見えないけれど、上側のパンの裏にピーマンがベースのペーストが塗られている。こちらは、ピーマンにパセリ、コリアンダー、ディルなどのハーブ、オリーブオイルとクミンを加えて混ぜ合わせたもので、半分は微塵切り、半分はミキサーで攪拌し、それを最後に合わせているらしい。グリーンソースとして、肉や魚に添えてもおいしそう。

茹でたほうれん草にチーズとオリーヴオイルを加えたものをまずパンに広げ、ケッパーと松の実を散らす。川村明子
茹でたほうれん草にチーズとオリーヴオイルを加えたものをまずパンに広げ、ケッパーと松の実を散らす。
上からグラヴィエラというクレタ島のチーズをおろしながらたっぷりかける。川村明子
上からグラヴィエラというクレタ島のチーズをおろしながらたっぷりかける。
どちらもドライのフェンネル。ただ、手前は野生。香りが全然違う。2つともサンドイッチに散らす。川村明子
どちらもドライのフェンネル。ただ、手前は野生。香りが全然違う。2つともサンドイッチに散らす。

とろんとした舌触りのほうれん草が主役の具も、みずみずしさを備えたピーマンとハーブのグリーンソースも、作りたいおいしさの芯が通っている、って感じがした。ランチだったし飲み物は炭酸水にしたけれど、このグリルドサンドはキリッとよく冷えた白ワインとつまむのもいいよなぁ。ちなみに、コットンですぐに洗えるキャップはすっかりジョギングの相棒になって、小雨の日の傘代わりとしても活躍して、いまは4色持っている。

『Taverna』

56 rue Amelot 75011 ☎︎06-34-40-09-58 12:00〜14:00 19:00〜23:30 (火水 〜23:00) 土昼、日休 サンドイッチはお昼のみ、夜はメッゼになる。
56 rue Amelot 75011 ☎︎06-34-40-09-58 12:00〜14:00 19:00〜23:30(火水 〜23:00)土昼、日休 サンドイッチはお昼のみ、夜はメッゼになる。


文筆家 川村 明子

パリ在住。本誌にて「パリのサンドイッチ調査隊」連載中。サンドイッチ探求はもはやライフワーク。著書に『パリのパン屋さん』(新潮社)、『日曜日は、プーレ・ロティ』(CCCメディアハウス)などがある。Instagramは@mlleakiko。Podcast「今日のおいしい」も随時更新。朝ごはんブログ再開しました。

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