真似をしたくなる、サンドイッチ

煮汁をたっぷり吸い込んだパンが絶品。パリで食べるべき「牛ひき肉のココナッツミルク煮サンド」。June 01, 2024

サンドイッチをこよなく愛するパリ在住の文筆家、川村明子さん。『&Premium』本誌の連載「パリのサンドイッチ調査隊」では、パリ中のサンドイッチを紹介しています。
ここでは、本誌で語り切れなかった連載のこぼれ話をお届け。No41となる今回は、本誌No127に登場した『アンコール』で惜しくも紹介できなかったサンドイッチの話を。

毎回恒例、川村さんによるサンドイッチの精密なスケッチ。
毎回恒例、川村さんによるサンドイッチの精密なスケッチ。

サンドイッチを買えるまでに、何度行っただろうか?

ランチタイムがピークになるタイミングでお店に着くとすでにパンはなくなっていて、幾度も買えなかったのだ。『アンコール』は店に入ると目の前に、大きなココット鍋や陶器のバットが並んでいる。中身はおかず。この店はセミオーダー方式で、手順はこうだ。まず、サンドイッチにするか、ボウル(丼みたいなもの)かを選択し、もしボウルにするのであれば、お米か米麺、あるいはキヌアのいずれかひとつを選ぶ。次に、おかず。日替わりで用意される5〜6種類からひとつ選んで、隣に置かれた“本日の温野菜”(2種類)もチョイスする。加えなくても、1種だけでもOKだ。そして最後に生野菜。ラインナップは、ニンジン、大根の酢漬け、キュウリ、コリアンダー、レタスのなかから加えたいものをリクエストする。もちろん、全部のせも出来る。サンドイッチは、自家製マヨネーズが欲しかったら、最初にそれも伝える。サンドイッチ用のパンは、近所のブーランジュリーからドゥミ(ハーフサイズ)・バゲットを買っていて、それが出払ったら終わり。オープンは12時で、13時を少し回ったくらいに着くと、売り切れていることが少なくない。

入り口から入ってすぐのところに並ぶおかずは上から見るとこんな感じ。必ずベジタリアンのためのおかずもあって、右上は珊瑚色のレンズ豆のカレー。
入り口から入ってすぐのところに並ぶおかずは上から見るとこんな感じ。必ずベジタリアンのためのおかずもあって、右上は珊瑚色のレンズ豆のカレー。
こちらが生野菜。にんじんのマリネと大根のマリネは味付けが異なる。湿らしたキッチンペーパーがかけてあるのはコリアンダー。乾かないように、営業開始直前の出番待ち。
こちらが生野菜。にんじんのマリネと大根のマリネは味付けが異なる。湿らしたキッチンペーパーがかけてあるのはコリアンダー。乾かないように、営業開始直前の出番待ち。

「アジアではきっと、どの国でもそうだと思うけれど」

取材の日、“子どもの頃、前日の料理の残りを、翌日パンに挟んでサンドイッチにすることはありましたか”と『アンコール』のオーナー、マチューに尋ねた。すると彼はもちろん!と答えたあとに、前述の発言をしたのだ。お父さんがイタリア人、お母さんはカンボジア人で、彼自身はフランス生まれのフランス育ち。フランスでは、たくさん仕込んだ料理が残った次の日には、それらを具にサンドイッチにして食べることがよくある。具は、たとえば、ローストチキンやポトフだったり、キャロット・ラペや根セロリのサラダを活用したりもする。だから聞いてみたのだけれど、彼の頭に浮かんだのはアジア人のお母さんの料理だったのだろう。“でも普通そうじゃない?”という口調で言われて、さっと思い巡らした。「いや、日本ではそんなにしないと思う」と答えてから、改めて考えた。日本では、やっぱり圧倒的に、ご飯と合わせて再活用するケースのほうが多いのではないだろうか。それで、思った。おかずをご飯にのせるか、パンで挟むか。もしかしたらパンという選択は初めてだったかもしれない。

まず最初にメインとなるおかず。次に温野菜。ここまで入れて、生野菜のショーケースの前に進み、加えたいものをさらにリクエストする。
まず最初にメインとなるおかず。次に温野菜。ここまで入れて、生野菜のショーケースの前に進み、加えたいものをさらにリクエストする。

オープン直後に乗り込んで。

やっとサンドイッチを買うことが出来た日、私は、鶏のココナッツカレーを選んだ。興味本位で、マヨネーズもお願いして、その日の温野菜だったもやしとカボチャに、大根とにんじんのマリネ、コリアンダーを加えてもらった。食べてみて、あ〜大好きなタイプだ、と理解した。カレーの汁気がパン生地の半分くらいまで染みこんでいる、それがまさに好みだった。私は、タレとか煮汁が染み込んだご飯が大好きなのだ。それは、バゲットでも同じなんだなぁ。どうだろう?と思っていたマヨネーズも、カレー味と自然に溶け合って、とてもおいしかった。ココナッツカレーを家で作ったときに、お米と食べる以外だと米麺を合わせることはよくするけれど、サンドイッチにしてみたことは一度もない。なんでしたことがなかったのか不思議なくらい、むしろ、バゲットに挟んだほうが好きかもしれないと思うくらい、好みの味だった。

入り口とおかずのショーケースの間に貼られている、選択の手順。サンドイッチに、プラス€3.50でデザートとドリンクが付けられる。
入り口とおかずのショーケースの間に貼られている、選択の手順。サンドイッチに、プラス€3.50でデザートとドリンクが付けられる。

そしてたどり着いた、牛ひき肉のココナッツミルク煮。

その2日後に再訪して、今度は、チキンのフライを食べてみた。もちろんおいしかったのだけれど、前回得たような発見をした気持ちにはならなくて、“ご飯のおかず然”としたものを、サンドイッチでもっと試してみたくなった。それで選んだのが、牛ひき肉のココナッツミルク煮。一度、ボウルで米麺に合わせて食べたことがあった。よく混ぜ合わせ、麺と絡めて食べるのはなじみのあるおいしさで、そのときは、今度はお米と食べよう、と思ったのだ。どちらかというと、サンドイッチには不向きなおかずな気さえしていた。それが、翻った。あれこそ、新たなおいしさを発見できるかもしれない。

サンドイッチ 川村明子 パリ 牛挽肉のココナッツミルク煮サンド

予感は的中した。ご飯や麺より、パン生地のほうが、たぶん、水分の吸水性が高いのだろう。煮汁をしっかり吸い込んだ部分が多い。それでか、味付けをよりはっきりと感じたように思う。煮汁の染み込んだパンは、ココナッツミルクとトマトソースで煮込んでコックリした味わいに、ショウガが効いていて、爽やかさが存在した。聞けば、レモングラスペーストを加えているという。ショウガはその材料のひとつ。カンボジアではとてもポピュラーなペーストで、家庭で作って何にでも入れるらしい。『アンコール』では、ショウガの他にレモングラスはもちろん、エシャロットやコブミカンの葉などを一緒にみじん切りにして作っているそうだ。わりと粗みじんで、それが食欲を刺激するのに一役買っている気がした。

本誌連載で紹介した鶏とカシューナッツ炒めを挟んだサンドイッチ。もう、本当に、違和感なく、バゲットと合うのです。
本誌連載で紹介した鶏とカシューナッツ炒めを挟んだサンドイッチ。もう、本当に、違和感なく、バゲットと合うのです。
こちらは、豚バラ肉。皮の部分がカリッカリで、それがバゲットの表皮と一緒に口の中で音を立てて、食欲をそそる。家でも作りたいと思った。
こちらは、豚バラ肉。皮の部分がカリッカリで、それがバゲットの表皮と一緒に口の中で音を立てて、食欲をそそる。家でも作りたいと思った。

おかずとして大好きな鶏肉とカシューナッツの炒め物と、五香粉でマリネした豚バラ肉のカリカリ焼きもサンドイッチで食べてみたら、ご飯と一緒に食べるのと同じくらい、好きだった。バゲットサンドの懐の広さをこんなふうに改めて知ることになるとは、思っていなかったなぁ。いやぁ、うれしい発見だった。

『enkor』

69 rue de Chabrol 75010 ☎︎07-49-25-45-03 12:00〜14:30 土日休 アンコール 外観
69 rue de Chabrol 75010 ☎︎07-49-25-45-03 12:00〜14:30 土日休 


文筆家 川村 明子

パリ在住。本誌にて「パリのサンドイッチ調査隊」連載中。サンドイッチ探求はもはやライフワーク。著書に『パリのパン屋さん』(新潮社)、『日曜日は、プーレ・ロティ』(CCCメディアハウス)などがある。Instagramは@mlleakiko。Podcast「今日のおいしい」も随時更新。朝ごはんブログ再開しました。

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