真似をしたくなる、サンドイッチ
クロック・ムッシュに目玉焼きをのせて、トリュフ三昧に。March 01, 2024
サンドイッチをこよなく愛するパリ在住の文筆家、川村明子さん。『&Premium』本誌の連載「パリのサンドイッチ調査隊」では、パリ中のサンドイッチを紹介しています。
ここでは、本誌で語り切れなかった連載のこぼれ話をお届け。今回は、本誌No124に登場した『ル・ビストロ・ポール・ベール』で惜しくも紹介できなかったサンドイッチの話を。
クロック・ムッシュが大好きなのだ。
前々回、クロック・ムッシュを紹介した。なのに、また。間を置かずに、今回も「クロック・ムッシュで行こう!」と思ったのには、ワケがある。もともと、大好きだ。まだスマホのない時代に、クロック・ムッシュ図鑑を作りたくてチェキを片手に食べ歩いたこともある。シンプルゆえに、ちょっとした違いによって、口の中での印象が変わってくるのが楽しい。パンの厚み、耳を残しているか否か、焼き具合、チーズの種類、それに、フォークとナイフで食べるか、手に取って口に運ぶか……。味わいながら異なる表情を発見するたびに、好奇心が触発される。
でも、ただひとつ、結局食べないものがある。
基本的には、よりシンプルなものが好みだ。記憶に残る味は、パンの香ばしさとチーズの風味が鼻の奥に居座った場合が多い気がする。と言いつつも、たまにベシャメルソース入りを食べると、それもやっぱりいいな、と思ったりするから、まあ要は、いずれも食べてみたいのだ。ただひとつ、メニューで見つけるたびに「食べてみようかな」と思いながら、結局食べようとしないタイプが存在する。それは、"トリュフ風味"。季節外れにメニューにあると、「今の季節にトリュフの香りは別に欲さないなぁ」と思う。そして、あえてクロック・ムッシュに加える必要があるだろうか?と疑問を呈したくもなる。
じゃあ、『ル・ビストロ・ポール・ベール』なら?
そんな、いつもは斜に構える存在のトリュフ・クロック・ムッシュなのに、近々メニューに登場予定という告知を見るなり「おぉ!」と反応したのは、それが『ル・ビストロ・ポール・ベール』だったからだ。ここは、食事前のひとつまみとして出されるグジェール(チーズ味のシュー)から、最後にカフェに添えられる小ぶりのカヌレまで大好きな、季節に準じたビストロ定番料理を提供する人気店で、私は、ちょっとひと息つけるタイミングができると足を運ぶ。これまでも、毎年、旬の時季が始まると登場する、黒トリュフのスライスを散らした目玉焼きは楽しんできた。が、黒トリュフ入りのクロック・ムッシュは食べたことがない。告知を見るや、これは是非とも食べたい!と思った。通年食べられる保存されたものと比べると、旬にだけ味わえるフレッシュな香りは、やっぱり気分の上がり方が違う。
食いしん坊が、むずむずして。
その日私は、帆立貝のローストを前菜に選び、メイン料理として黒トリュフ入りクロック・ムッシュを食べることにした(メニューでは前菜の欄に書かれている)。運ばれてくるや、思わず手に取って食べ始めてしまったのだけれど、フォークとナイフの存在を思い出したあともやっぱり手で食べたいと思った。金属の味が邪魔をするように感じたのだ。くわーんと口の中にこもるトリュフの風味を心地よく楽しみながら同時に、ハムとベシャメルソースと組み合わさった味わいにも意識がいった。そんな口の中での諧調に舌を泳がせつつ、気持ちはもう次回に向かっていた。黒板メニューで、クロック・ムッシュの下に書かれていたのは、目玉焼きとトリュフの前菜だ。食いしん坊欲がむずむずした。「あの目玉焼きを、このクロック・ムッシュの上に乗せたいなぁ、そんなことをするのはお行儀が悪すぎるだろうか。でも、クロック・マダム(クロック・ムッシュに目玉焼きが乗ると、クロック・マダムと呼ばれる)にするだけだから、大丈夫じゃない?」。自問しながらも、心はすでに決まっていた。
トリュフ入りクロック・ムッシュに、トリュフのせ目玉焼きを合体したら......。
それで、再訪。この日は、始めから、黒トリュフ入りクロック・ムッシュと、黒トリュフのせ目玉焼きを注文。まず、クロック・ムッシュが運ばれてきた。目玉焼きも続けてくるかと思っていたら、どうも私は、一緒に持ってきてほしいと伝え忘れていたらしい。サービススタッフは当然、クロック・ムッシュを食べ終えてから、2品目として目玉焼きを食べるものだと思っていたようで(そりゃそうだ)、慌てて、クロック・マダムにしたいから出来次第持ってきて欲しいとリクエストした。それで、待っている間に、ふた切れあるクロック・ムッシュのひと切れを食べることにした。そのときに気がついた。これには、チーズが入っていない。そうか、 もしかしてトリュフの香りを際立たせるために、チーズを使っていないのか!そして前回、ハムとベシャメルが存在感を示したように感じたのは、おそらくチーズがいないことでの効果だ。なるほど、そういうことか!と納得したところに、目玉焼きがやってきた。
とろけた黄身と、クロック・ムッシュと、トリュフ一片。
周りの目を気にしないこともなかったが、迷わず、合体させた。凝った料理ではないおかげで、より一層、トリュフ三昧感が強まった。食べたそばから、香りが途切れることなく口の中から鼻に向かって充満している。とろけ出た黄身をひと口大に切ったクロック・ムッシュにからめ、そこにトリュフを一片のせて食べた。これがやりたかった〜と満喫しながら、予期していなかった味に顔がにやけるのを自覚した。味自体は思っていた通りだったのだ。でも、実際に食べると、それは大いに背徳感を覚える味だった。それで顔がにやけた。とても身近な存在のクロック・ムッシュを、これ以上ない季節料理の逸品として味わった、記念すべき日となった。