真似をしたくなる、サンドイッチ
ラクレットにモッツァレラ。チーズが溶け合うグリルドサンド。February 14, 2024
サンドイッチをこよなく愛するパリ在住の文筆家、川村明子さん。『&Premium』本誌の連載「パリのサンドイッチ調査隊」では、パリ中のサンドイッチを紹介しています。
ここでは、本誌で語り切れなかった連載のこぼれ話をお届け。今回は、本誌No123に登場した『コメッツ』で惜しくも紹介できなかったサンドイッチの話を。
フランスにやってきて間もない頃。
留学目的でフランスへやって来て、間もない頃。あるファストフード店の期間限定メニューに私は大いに興奮した。週7日、日替わりで、異なるチーズを挟んだハンバーガーが登場するというものだった。そんなご当地メニューが展開されるとは!! 今となっては、何チーズがラインナップされていたか、はっきり思い出せないけれど、チーズに合わせて肉の具もそれぞれで、バンズも普通の丸いタイプではなくチャバタのような生地で長方形のものがあったような気がする。いずれにしても、フランスならではの限定メニューに「これは全種類食べてみたい!」とワクワクした。
コーヒーとレコードの店『コメッツ』のメニューに書かれたグリルドチーズ(サンド)の具材名に"ラクレット"を見つけたとき、その思い出がぽっと頭に浮かんだ。パンはチャバタ、とあったことも記憶を手繰り寄せたのかもしれない。ラクレットは、チーズの名であると同時に料理名で、チーズフォンデュの一種だ。フランスに来て最初の冬にスキーに出かけたら、週単位で予約可能だったリゾートマンションタイプの宿で、レセプションでラクレット器(ラクレット専用ホットプレートが存在する)を借りられて、びっくりした。「山に来たら、これが定番」とフランスの友人の先導により、山の食材店でものすごく大きなチーズの塊を買って、滞在中食べ続けた思い出深いチーズでもある。パリでもグリルドチーズサンドという言葉をよく見かけるようになった。でも、使われているチーズが、チェダー(イギリスのチーズ)よりもラクレットのほうが断然嬉しくなるのは、きっとそんな初期の経験が作用しているのだと思う。
『コメッツ』のグリルドチーズは。
ほぼ毎週、具が変わる。初めて食べた日は、モッツァレラとシェーヴル(山羊乳)に、ブロッコリーの組み合わせだった。コーヒーがカップ&ソーサーではなくマグカップに注がれて出てくるのも嬉しくて、翌週また行くと、今度は、モッツァレラとラクレットに、カボチャのローストと炒ったピーカンナッツになっていた。焼く前の状態を見せてもらったら、材料として書かれたものだけが挟まれていた。チーズが2種類だからバターは塗らないし、何かソースもかかっていない。口の中にあと腐れのないシンプルな味わいのワケは、こういうことだったのだと腑に落ちた。
チーズトーストをコーヒーと一緒に。
私は、チーズトーストをコーヒーと一緒に食べるのが好きだ。これまでに、本連載でも書いたことがあると思う。さらにいうなら、珈琲屋さんで、チーズトーストとコーヒーを頼むのが好きだ。その"好き"はどこから来るのか。『コメッツ』でグリルドチーズを食べて、気がついた。さりげなさ。さりげないのが好きなのだ、おそらく。ここのグリルドチーズは、トーストではなくてホットサンドだけれど、注文ごとにパニーニ器で焼かれて、サラダなどの添え物はなく、単体で出てくる。店内には、「ラップトップは遠慮して」と書かれた札が置いてあるテーブルがいくつかあって、そこに座る人たちは、本を読んだり、ノートを開いたり、あるいは連れ立って来た人と話したりしながら、食べて飲んで、そんなに長居をせずに立ち去って行く。その店内の流れと、この店で出されるグリルドチーズは、心地よさがとても似ているように感じる。そのさりげない時間を欲して、近くに用事があると、ふらっと行くようになった。
年が明けてから行ったある日の具は、モッツァレラとラクレットにベーコン、そしてキャラメリゼしたタマネギだった。通常は紙に包んで出てくるところを、紙なしで、とリクエストしたら、チーズが溢れ出した状態で運ばれてきた。タマネギはしっかりした甘みを想像していたら、余分な味付けはなく、これもやっぱりさりげなくて、ベーコンが入っていてもなお、脂っこさを感じないサラッとした食後感だった。難点は、自宅から遠いことだ。近所にあったなら、週に3日くらい立ち寄るだろうなぁ。