真似をしたくなる、サンドイッチ
ハムにチーズ、野菜の旨味が溢れ出る、
ワイン・バーが手がけるチャバタサンド。真似をしたくなる、サンドイッチ Vol.29June 01, 2023
サンドイッチをこよなく愛するパリ在住の文筆家、川村明子さん。『&Premium』本誌の連載「パリのサンドイッチ調査隊」では、パリ中のサンドイッチを紹介しています。
ここでは、本誌で語り切れなかった連載のこぼれ話をお届け。今回は、本誌No115に登場した『ビリリ』で惜しくも紹介できなかったサンドイッチの話を。
本誌連載、50回目を迎えて。
この連載の親元である、本誌の『サンドイッチ調査隊』が50回を迎えた。正確には、実は53回。コロナ禍において3回、番外編を展開した。それを除いた本編だと、50回になる。なかなか感慨深い。連載を始めた当初は、こんなにも続くとは思っていなかった。続けられたのは、皮肉にも、コロナ禍のおかげだろう。テイクアウトの王道と言えるサンドイッチは、大いに発展を遂げた。バリエーションが広がり、今では業務用大量生産食品を用いない、一から手作りした具材を挟むサンドイッチを売る店が何軒もある。数だけでなく、確実に、おいしさも増幅した。
そんななか、「50回目は、ジャンボン・ブール(ハム・バター)にしたい」とかなり前から考えていた。なぜなら、やっぱりフランスのサンドイッチは、ジャンボン・ブールありきだと思うのだ。『サンドイッチ調査隊』第1回も、ジャンボン・ブールにした。始まりに選んだものに想いを馳せて、節目に立ち戻るとしたら、どこでどう食べたいだろう?と想像した。
真っ先に浮かんだのは?
浮かんだのは、ビストロのカウンターだ。立ち飲みの客も煮込み料理をかっこむ人もいる、どこか雑多な雰囲気のビストロで、カウンターの中にその背景と同化しているかのように立つ店主が客と言葉を交わす店。調査隊の2回目で紹介した『ル・プティ・ヴァンドーム』はまさにそんな1軒だが、まだ紹介していない店で……と考えたら、真っ先に足が向かうのは『ビリリ』だ。
ここは、人気ビストロが開いたワイン・バー。
『ビリリ』は、手作りソーセージとジャガイモのピュレの一皿が代名詞にもなっている人気ビストロ『レ・ザルロ』が隣に開いたワインバー。メニューは異なるものの、厨房は同じだ。数日前の予約が必須の『レ・ザルロ』が満席のときには、『ビリリ』に行けばいい。こちらは予約を取らないから、気軽に足を運べる。
お昼のメニューには、いつも、2種のバゲットサンドがあって、一つは、パリ市内において昔ながらの製法で作られる〈プランス・ドゥ・パリ〉のハムを挟んだジャンボン・ブール。それと、もう一つはソシソン(ドライソーセージ)。どちらも、梅干し、もしくは昆布のおにぎりくらいシンプルなサンドイッチだ。だからこそ、好みのタイプに出合えたことで一気に信頼が高まった。それからというもの、ふと思い出しては、食べに行く。
シンプルの極みのようなバゲットサンドに対し、メイン料理のごとくメニューに存在しているのがチャバタだ。バゲットは、"サンドイッチ"と記され、メニューの一番上に書かれているのに、チャバタバージョンは、小ポーションの料理が主軸のメニューで、1〜2皿だけ用意されるメイン料理と並んでいる。そう、バゲットサンドとはポジションが違う。そこに、シェフの意図するところが現れていると思う。具材も、行くごとに変わっている。ある日は、ツナとジャガイモのマリネ入り、別の日は豚肩ロース肉のマリネに小パプリカとスカモルツァチーズ。そのまま皿で出されるような、一品料理を挟んでいる印象だ。
旨味がジュワワ......と溢れ出す。
ボリュームたっぷり、なチャバタサンド。
今年は特に連休が多かった5月のある日、祝日でも営業すると聞いてランチに出かけた。ほとんどの人が街を離れたかに思える、人通りが驚くほど少ない穏やかなその日のチャバタは、これまでに食べたことのないバージョンだった。バゲットサンドにも使う、〈プランス・ドゥ・パリ〉のハムに、ブッラータ、バジルペースト、そして、ルッコラとチェリートマト。店で調理した具材がバジルペーストを除いて、ないようだった。「そうかぁ、今週はみんなお休みとってるしなぁ」と心のうちで呟いた。正直なところ、ほんの少しがっかりした。それでもやっぱり食べてみたい。そう思って、注文した。
出てきたサンドイッチを見て、定規を持ってくるべきだった、と後悔した。これまでもかなりの厚みだったけれど、その日は一段とボリューミーだった。されど、フォークとナイフを出されたところで、私は手で持って食べたい。「いけるかな?」と掴んだ途端、底面に回した親指と、具材がこぼれ落ちないようキュッと上面を抑えた人差し指と中指の間で、ジュワワワッと感じた。チャバタの気泡が、一気に、内側に潜んでいたハムとチーズとペーストと野菜の汁気を吸い込んで、音を立てている気さえした。逃してはならぬ、と頬張った。今度は口の中で、ジュワワワッを体感した。噛むごとに、ジュワッ、ジュワワワッがこだまする。合唱コンクールみたいだな、と思いながら、喉の渇きを全く覚えない、驚くほどみずみずしいチャバタサンドを食べ終えた。
これだけジューシーなものだとテイクアウトは難しい。作ったその場で食べる。それで遭遇した、具材が結合していく躍動感。そして、どこでも見かけるような具材だったことで、逆に、そのおいしさを一層強く知覚した。自分の浅はかな憶測が見事に覆された味わいに、知らず知らずのうちにニヤけていた。そのボリュームを考えていなかったわけではないのだけれど、心地よい祝日のランチを始めるのに大好きな一皿を頼んでいた。豚バラ肉の素揚げ「リヨン」。塩胡椒をふって、白ワインでマリネしてから、衣をつけずにラードで揚げたもので、シャルキュトリー(豚肉加工品店)では見つかるけれど、ビストロやレストランでお目にかかれることはほとんどない。
「写真を撮るから」と炭酸水だけにするつもりでいた。ところが、脂身の旨味が口中をコーティングしたら、お酒はとても弱いくせに、「うーん、ひと口欲しい」と冷えた白ワインが飲みたくなった。そこからのジューシーなサンドイッチ。最高だった。バゲットサンドも、チャバタも、2つに切って出してくれるから、シェアしやすく、小皿料理をいくつか味わったあとの締めに、サンドイッチを楽しめる。