真似をしたくなる、サンドイッチ
大迫力で食べ応えもたっぷり!
マッシュルーム入りオムレツサンド。真似をしたくなる、サンドイッチ Vol.25February 01, 2023
サンドイッチをこよなく愛するパリ在住の文筆家、川村明子さん。『&Premium』本誌の連載「パリのサンドイッチ調査隊」では、パリ中のサンドイッチを紹介しています。
ここでは、本誌で語り切れなかった連載のこぼれ話をお届け。今回は、本誌No111に登場した『ミショー』で惜しくも紹介できなかったサンドイッチの話を。
パワーアップして帰って来た、
あの『ミショー』のサンドイッチ。
「うわぁ、『ミショー』のサンドイッチだ!」。箱を開けた途端、ぷわぁっと漂った匂いに記憶が蘇った。その日選んだ具は、以前食べたことのあるものではなかったにもかかわらず、だ。匂いでこんなにもはっきりとアイデンティティーを示すサンドイッチは初めてじゃないだろうか、と驚いた。『ミショー』は、本連載No5で登場した店だ。当時はポップアップだった。それから1年半を経て、今度は期間限定ではなく店舗を構え、新たなスタートを切った。
オープンから2週間後、買いに行ってみると、長蛇の列ができていた。注文をするために並ぶ人たちと、注文をしてから出来上がりを待つ人たちとで、店の前はちょっとした人だかりに。列に加わり、順番を待ちつつメニューを見たら、"本日のサンドイッチ"としてポラック(鱈の一種)が具に掲げられていた。魚を挟んだサンドイッチは、ポップアップ時にはなかった。大いに惹かれて"Mystic Fish"と名付けられたそれを頼むことにした。
サンドイッチの方向性を決めるパンは、以前と同じく、ハッラーだった。ユダヤ教徒が安息日に食べるパンで、乳製品を用いず、植物性のオイルを加えて作られるものだ。縄編み状に成形され、生地はもちっと弾力があり、同時にふかふかしている。挟まれた魚は、粉を叩いて揚げ焼きにしているかのように香ばしかった。少しスモーキーな風味のスパイスが食欲を刺激する。白キャベツとコールラビの千切りサラダと、エシャロットにふんだんなハーブを刻み合わせたチミチュリソースが、フレッシュな食感とみずみずしさを放ち、口の中で飽きを感じることがない。ただ、具材の一つに書かれていたカシューナッツのソースは、それほど加えられていなかったのか、クリーミーな味わいは確かにあったものの、その在りかは判然としないままだった。サラダに溶け込んでいたのだろうか? いずれにしても、以前食べたことのあった牛シチューサンド、ローストチキンサンドを上回るおいしさで、これは、もうひとつレギュラーメニューにあったオムレツサンドも食べなければと、日を置かずにまた出かけた。
次なる目当ては、マッシュルーム入りオムレツサンド。
2回目はピークの時間帯を避けて、大半の客がオフィスへと戻る14時過ぎに行った。パレ・ロワイヤルとオペラ大通りの間という場所柄、ランチタイムには大勢の人が昼食を求めて繰り出すが、14時を回ると、さーっと人の波が引く。『ミショー』の店内にも空席が出ていたから、イートインすることにした。そして、迷いなく、マッシュルーム入りオムレツサンドを注文。実は、具入りのオムレツは個人的にそんなに惹かれる食べ物ではないのだけれど、この店ならば、自分の知らない新たなおいしさに出合える予感があった。私の持つ、黄身と白身を攪拌して調理する卵料理の"おいしい"を司るセンサーは、母の卵焼きの味が基本になっている。母の卵焼きは、甘味のしっかりしたものだ。甘味のある黄身と白身を攪拌して作る卵料理が好きで、塩味だけのオムレツや卵焼きは、あまり得意ではない(茶碗蒸しは例外)。そこまではっきりと自覚していながらオムレツサンドを食べようとするのはなかなかの冒険だった。
いざ、厨房へ潜入。
結論から書くと、とてもおいしかった。ニンニクのコンフィを加えることで、味わいに膨らみのあるラブネ(水切りしたギリシャヨーグルト)をソースとして用いていることが功を奏しているのかもしれない。そのソースと、仕上げにたっぷりと振り掛けられたオレガノやタイムがベースのミックススパイス、ザータルにオムレツが包まれている印象で、食欲を刺激した。後日、作り方を見せてもらったら、オムレツは注文ごとに、1人前ずつ材料を混ぜ合わせ、それを大きなフライパンに流し込み、片面だけを焼いていた。いわゆるオムレツのように、成形しない。平たく焼いて、表面は半熟の状態で軽く半分に折ったら火からおろし、パンに挟む段階でさらに折りたたむように詰め込む。
パンにはたっぷりとラブネを塗っていた。ギリシャヨーグルトは、脂肪分0%のものを使っているそうだが、これがサンドイッチに加えるコクは、見た目以上な気がした。それと、赤タマネギのピクルスの存在。卵の風味を損なわない柔らかい甘酸っぱさで、それでいて、しっかりとアクセントを放ち、卵の味をマンネリ化させず、リフレッシュ感を与え続ける。食べ始めると断面から覗く、透明感あるピンクと黄色の組み合わせがなんとも可愛らしくて、ニンマリした。
イートインならではの、パンのおいしさ。
一つ、イートインとテイクアウトで大きな違い感じたのはパンのおいしさだ。温かい具を挟むから、注文ごとにパンも焼き、温めている。家に持ち帰ったときは、冷めた状態で食べた。でも、温かいほうが断然おいしかった。どうしても化学的な要素を加えるのが嫌で、小麦粉自体にも保存料の添加がないものを選んでいるらしい。それに、片栗粉とオリーブオイルを少し加え、天然酵母で発酵させて焼く。9区にある人気ブーランジュリー『マミーシュ』と何度も試作を繰り返し、ようやくたどり着いたレシピで、毎朝焼きたてが配達されている。
気になっていた、魚サンドに潜んでいたはずのカシューナッツソースについても聞いた。カシューナッツの実はまず水に浸け、少し発芽させてから炒って、それを粉砕しているという。「そうすると消化が良いから」と、至極当たり前のことのように言われた。下拵えした粉末カシューナッツに、隠し味程度の白味噌とレモン汁、シードル酢を加え、生姜とゴマ油も合わせてペースト状にしたソースは、なるほど、その在りかが見当たらない程に白身魚に馴染みそうだと思った。