真似をしたくなる、サンドイッチ
切り口からチーズがとろけ出る、
『ソニーズ・デリ』のチョップド・チーズ。真似をしたくなる、サンドイッチ Vol.22November 01, 2022
サンドイッチをこよなく愛するパリ在住の文筆家、川村明子さん。『&Premium』本誌の連載「パリのサンドイッチ調査隊」では、パリ中のサンドイッチを紹介しています。
ここでは、本誌で語り切れなかった連載のこぼれ話をお届け。今回は、本誌No108に登場した『ソニーズ・デリ』で惜しくも紹介できなかったサンドイッチの話を。
ピザ屋が、サンドイッチ店を出したと聞きつけて。
「おいしい」にはいろいろな種類がある。人によって感じ方がそれぞれなのはもちろんのこと、中には、背景や情景をともなって成り立つ「おいしい」もある。そんな場合、必ずしも味わいが格別なわけではなかったりする。むしろおいし過ぎると、求めるおいしさから遠ざかってしまうことになりかねない。そういった味をあえて作り出したのではないか。『ソニーズ・デリ』のサンドイッチを食べたときに、そんなふうに思った。
何よりも印象的だったのは、パンだ。このパンの味を伝えるとしたら……思い浮かんだ言葉は、ポジティブには受け取られない形容ばかりだった。生地はパサつきがあり、表皮は薄くてカサカサしている。全体的にスカスカでやわやわなのに、どこか、モチっとした食感で、なんとも不思議だった。小学校の給食で出たコッペパンをもっと乾いた感じにして、そして、モチっとさせたら、あんな質感になるのかもしれない。
『ソニーズ・デリ』は、向かいにあるピザ屋『ソニーズ・ピザ』が出したサンドイッチ店。でも、ピザ屋でもサンドイッチを注文することができるし、サンドイッチ店のメニューにもピザが書かれていて(そしてピザの方が種類が多い)、注文もできる。ただ、ピザ屋の厨房で作られるのはピザだけで、サンドイッチ店ではサンドイッチのみを作る。だから、もし『ソニーズ・デリ』でピザを注文したら、それは向かいの『ソニーズ・ピザ』から運ばれてくる、という具合だ。
コーラと一緒に食べたくなる、どこか懐かしい、そんな味。
ピザ屋が出したサンドイッチ店のサンドイッチに、興味を引かれた。子どもの頃、私は厚切りの食パンで作るピザトーストが好きだった。ピザは「お店の味」あるいは「買ってきた味」で、ピザトーストは「おうちの味」だった。どんなパンを用いるかによって大きく変わってくるよなぁと思いながら、買いに出かけた。
ピザにも通ずるような味のものを試してみたくて、ミートボールサンドを頼んだ。アルミホイルに包まれて渡されたサンドイッチは熱々だった。その日は家に持ち帰り、ほの温かいくらいで食べた。時折ちょっとピリッとして、一度溶けたチーズが少し固まっていたのもあってか塩味はしっかり、コショウも効いていた。これはコーラを買ってくるべきだった、と思った。ピザとは違うけれど、ピザを頬張るとき(それも、デリバリーのピザ)と同じような気持ちになって楽しくなった。ただ、パンに戸惑った。いったいこのパンはどこで売っているんだ? 掴みどころがない、正体不明とでも言いたくなるパンだった。正直に言葉にするなら、決しておいしいパンではなかったのだ。でも、「この感じ、知らなくはないなぁ」と舌で記憶を探った。いずれにしても、持ち帰る間にきっとペショっとしてしまっただろうから、これは熱々で食べた方が良いと思って、次は店で食べることにした。
香ばしい焼き加減の「チョップド・チーズ」。
今度は、ひき肉とチーズ、赤ピーマンが具のチョップド・チーズを注文。真ん中でふたつに切られて運ばれてきたそれは、切り口からすでにチーズがとろけ出ていた。その様子に、学生の頃大好きだったファストフード店のチーズソースを思い出した。フライドポテトに付けて食べる用のソースで、私はいつもそのオプションを追加していた。
冷めないうちに食べなくちゃ、という心配は無用なほどに、包み紙の上から掴んだサンドイッチはあっつあつだった。ところどころ香ばしさを感じる焼き加減の具材を、チーズがつないでいる。子どもの頃のピザトーストとはもちろん別物だけれど、どことなく「おうちの味」寄りな気がした。パサつきのあるパンは相変わらずで、ますます、これこそが鍵を握っているように思えた。
聞けば、パンは特注しているのだという。イメージは、ニューヨークのピザ屋でスタッフが、カウンターの背に置いてあるパンをひょいと掴んでその場にある具を挟みサンドイッチにするような、だから、おいしいバゲットではダメで、どちらかというと大量生産の袋詰めのパンみたいな味。パリッとした香ばしさを持ち合わせていない、いわゆるおいしくないバゲットとパン・オ・レ(ミルクパン)の間を目指したらしい。パリには今、店舗を持たずに、ストリートフード店のパンを受注するブーランジュリーが存在する。『ソニーズ・デリ』がオリジナルパンの製作を頼んだのはそういった工房の一つだ。
サンドイッチのイメージを聞いて合点がいった。店で作る、でも商品ではない味、というのだろうか、それがもしかすると、おうち味寄りにさせているのかもしれない。具は、注文ごとにひき肉と赤ピーマンを鉄板で焼き、それにチーズを絡め、熱々を、焼き温め直したパンに挟んでいるそうだ。それにしても……あえておいしすぎない、インダストリアルな味のパンを特注して、イメージするサンドイッチを作ろうだなんて、遊び心満載だなぁ。