真似をしたくなる、サンドイッチ
絶品惣菜店が出す、
チキンサンドとフォカッチャの野菜サンド。真似をしたくなる、サンドイッチ Vol.19August 05, 2022
サンドイッチをこよなく愛するパリ在住の文筆家、川村明子さん。『&Premium』本誌の連載「パリのサンドイッチ調査隊」では、パリ中のサンドイッチを紹介しています。
ここでは、本誌で語り切れなかった連載のこぼれ話をお届け。
今回は、本誌No105に登場した『アダー・トレトゥール』で惜しくも紹介できなかったサンドイッチの話を。
「何を食べても本当においしい」と聞きつけて。
「何を食べても本当においしい」。
そう教えてくれたのは、この連載のvol.14で登場した『ブロークン・ビスケッツ』の主人だ。たしか、アイスクリームサンドを買いに行って、この2年でテイクアウトのあり方が変わった、選択肢が随分と広がった、というような話をしていたときだ。『アダー』はすごくいい、と彼からイスラエル料理店の名前が出てきた。「2区の?」と聞き返したら「いや、11区の。惣菜店を出したんだ。ここからも近いよ。何を食べても本当においしい」と彼は言った。
おいしいものを作る人がおいしいと言うのだから、間違いないだろうとは思った。でも、惣菜店だし、コスパが良いとか、プロの観点も含めて"総じておいしい"ってことかもしれないな。そんなふうに受け止めた。何はともあれ、テイクアウト専門の『アダー・トレトゥール』に行ってみると、通りに面したアトリエが大きな窓で切り取られ、活気が伝わってきた。外に立てられた黒板に、お昼のセットメニューとして、サンドイッチと惣菜1種類という組み合わせがあったから、それを買おうと、店に足を踏み入れたのだが......。
選び切れないほど、ずらりと並んだ惣菜たち。
この中から1種類だけ選ぶって、難しくない?と思うほどに、抜かりなく中身を解明したい欲求が湧いてくる、そして勢いを感じる惣菜類がびっちり並んでいるではないか。ショーケースの上にはスイーツが、レジの横の台には、パンも揃っている。ところがサンドイッチの姿が見当たらない。これだけ惣菜が勢揃いしていながら、サンドイッチは注文制なのだろうかと思っていたら、アトリエから出来たてのフォカッチャの野菜サンドが運ばれてきた。このまま広告用の写真にできそうな膨らみと野菜の鮮度に、今日はこれを買うべし!と狙いを定め、あとは、順番が来る前に惣菜を決めなければ、とショーケースの中を凝視した。
グリーンアスパラ、コルシカのチーズ"ブロッチュ"とミントのサラダか、マッシュルームとモッツァレラチーズ、ヘーゼルナッツのサラダと2つまで絞って、最終的にマッシュルームを選ぶことにした。タンパク質はどちらもチーズだけなのに、あまりにも豊かな風味に具材を書き出してみると、サラダは8品目、サンドイッチはパンを除いて11品目も入っていた。
フォカッチャの野菜サンドを食べて驚いたのは、ひとつも火を通した食材が挟まれていないのに、どこにもパサつきがなく、そして物足りなさもまったくなかったことだ。後日、取材をさせてもらってわかったことだが、ためらいのないオリーブオイル使いに目を見張った。これだ! 鍵を握っているのは。
特製スパイスが効いた、鶏胸肉のサンド。
翌週、別のサンドイッチを食べてみたくて、また買いに行った。サンドイッチは、魚、肉、野菜の3種があり、この日の魚はツナ、肉はチキンだった。きっと夏の間中、ツナはあるだろうと予測して、チキンを買うことにした。それに、グリーンアスパラとフェタチーズのサラダをチョイス。結構ずしっと来るなぁ、とその重みを手に感じながら、家に帰り包みを開くと、カボチャの種が表面にふんだんにまぶされたベーグルが出てきた。あからさまなハーブの香りではない、なんだろう? そこはかとなくいい匂いがする。中身を細かいところまで知りたくて半分に切った。
真ん中には、サンドイッチに挟むにはギリギリの半熟加減のゆで卵がいた。外側から見えなかった、その存在にとりわけそそられて、全部の具を取りこぼさずに頬張りたいと思った。鶏がもも肉ではなく胸肉なのが、ものすごく好みだった。しっとりとした身の表面には少しスパイスが塗ってある。聞けば、オレガノ、トウガラシ、ミント、コリアンダー、クミンをミックスしたチュニジアのスパイスらしい。どこにも姿は見えないけれどニンニクの風味が時折漂い、それはチキンをローストする際に一緒に焼いたものと分かった。
取り立てて、珍しい具材はひとつもない。特異なテクニックが使われている様子もない。もし、何か言えるとしたら、どれもが、塩梅が良いってことなのじゃないかと思う。ともかくおいしい。何を食べてもおいしい、と聞いてはいたけれど、それは"ハズレがない"とか"合格点"とかそんな意味じゃなくて、全部が目を見張るほどおいしくて、びっくりしている。