真似をしたくなる、サンドイッチ
正体不明!?「ブリオッシュ・ホッカイドー」の謎に迫る。
『ア・コテ』のチーズサンド。真似をしたくなる、サンドイッチ Vol.11December 01, 2021
サンドイッチをこよなく愛するパリ在住の文筆家、川村明子さん。『&Premium』本誌の連載「パリのサンドイッチ調査隊」では、パリ中のサンドイッチを紹介しています。
ここでは、本誌で語り切れなかった連載のこぼれ話をお届けします。
今回は、本誌No97に登場した『ア・コテ』で惜しくも紹介できなかったサンドイッチの話を。
「ブリオッシュ・ホッカイドー」との出合い。
Brioche Hokkaido/ブリオッシュ・ホッカイドー。
初めてその名を目にしたのは、パリ3区にある『グラム』(本誌No78の連載で紹介)のメニューだった。半年ほど前のことだ。ブリオッシュ・ホッカイドーってなに? ホッカイドーは、北海道だよね? HokkaidoのHは大文字で固有名詞なのは明らかだった。ただ、料理名として記されていたから、そういう名前の料理があるのか、それともパンの名前なのか、見当がつかず、正直私は混乱した。何をもってして、ホッカイドーなのか?
例えば仮に、ラーメン・ハカタ、とパリで見かけたとしても、「へぇ、博多ラーメンを出すお店ができたんだぁ」と、別段驚くことはないだろう。でもブリオッシュじゃあ、話が違うと思うのだ。そのときに得られた情報は、タンゾンというメソッドを用いて作るブリオッシュを、ブリオッシュ・ホッカイドーと呼ぶ、ということだった。「日本のものじゃないの?」と店主に聞かれ、「いや、聞いたことない……」と、私と友人(日本人)は困惑気味に首を横に振った。
それから半年近く経ち、別の店で、ブリオッシュ・ホッカイドーに再会した。今度は、モンマルトルの丘の麓(といってもいわゆる観光地側ではなく、アフリカ系美容室がひしめく移民色の強い東側)にある『ア・コテ』で。弾力の強い生地は、同時にふわっとして、引き締まった身のゆで卵を挟んだサンドイッチにぴったりだった。馴染み深いはずの卵サンドが、初体験ともいえる力強い食感で迫ってきて、新鮮な驚きを得た。
それで再訪すると、その日の卵サンドはオレンジ色で登場した。マヨネーズに燻製パプリカを混ぜ込み、はじめ、チョリソーかベーコンが潜んでいるのだろうと思ったくらいだ。それほどに、食べ応えのあるものだった。これはぜひとも本誌連載で紹介したい!と取材を依頼した。
ついに明かされる、その正体。
自家製という"バン・ブリオッシェ(ブリオッシュ風バン)"に話が及ぶと、「あれは、バンの形に作っているけれど、生地はブリオッシュ・ホッカイドー」と、当然こちらが知っているものという口調だった。思わず私は身を乗り出して訊ねた。
「それ『グラム』のメニューで見て、何これ?って驚いたのだけれど、何ですか?」
「え? 日本のものじゃないの?」
「いや、私は見たことも聞いたこともなくて……」と答えると、
パンを作っているマノンが厨房から出てきて、
「タンゾンというメソッドを使って作るレシピで」と
これまた『グラム』で聞いたのと同じ名を発した。
「ググったらいっぱい出てきますよ」と言われ、その場で一緒に検索すると「Brioche Hokkaido」で約193000件もヒットした。「えー、本当にいっぱいある!」と驚いたら、店主のカミーユが「イタリア人に『ボロネーズソースにしようよ!』って言ったら、何それ?って聞かれるのと同じね。彼らにとってはただ、ラグーだものね」と笑った。
決して日本語とは思えないタンゾンなるものの正体は、小麦粉と水を合わせ、温めて作る繋ぎ(冷ましてから生地に加える)で、これを加えることで、日本の食パンのように、ちぎると糸状に解れていく質感を実現できる、と考えられているようだ。
面白いのは、ブリオッシュと名は付いているけれど、「パン・ド・ミ・ジャポネ(日本の食パン)」のようなパンと認識されていることだ。思うにこれは、逆の発想で、フランス人にとって、日本の食パンは、食パン(フランス人が思い浮かべるフランスの)というよりブリオッシュ(彼らにとっての)に近い、ということなのではないだろうか?
それを裏付けるものとして、東京の『セントル・ザ・ベーカリー』がパリで展開する食パン専門店『キャレ・パン・ド・ミー』の名を挙げている記事やポッドキャスト番組をいくつか見つけた。そのひとつによると、「タンゾン=Tangzhong」はオーストラリアに暮らす中国人女性が紹介しているレシピらしい。日本発オーストラリア経由ヨーロッパ着、だとしたらまさに世界規模の旅を経てきたのち、私はその存在を知ったことになる。
6か月熟成のコンテチーズが挟まれた、グリルドチーズサンド。
それが形を変え、ホットサンドイッチとして姿を現したものに、私は出合った。卵サンドも、バンを存分に味わえるものだが、もうひとつ。グリルドチーズサンドも甲乙つけがたい食べ応えだ。
使うチーズは、ジュラ県を代表するモルビエとコンテ。なぜこの2つかというと、かの地出身のシェフ、シャルルの子どものころの味だそう。モルビエの風味を壊さないよう、コンテは強過ぎない6ヶ月熟成を選び、そこにたっぷりの粒マスタードを合わせている。マスタード部分には甘みがあり、最初に食べたとき、栗のハチミツやもみの木のハチミツほどではないけれど、それくらいはっきりとした個性を感じた。何のハチミツだろう、と思ったらメープルシロップだった。
真ん中で切ると、淡いピンクが可愛らしい赤タマネギのピクルスが数枚。
チーズサンド好きとしては、チーズとパンを味わうべくシンプルに仕上げられたこのサンドイッチに敬意を持って味わいたく、溢れ出たチーズのとろけ具合もベストな状態を逃したくないから、テイクアウトはせず、焼きたてを店内で頬張るのだ。