真似をしたくなる、サンドイッチ
切っても、折っても、丸めてもおいしい!魅惑のナンサンド。真似をしたくなる、サンドイッチ Vol.6June 24, 2021
サンドイッチをこよなく愛するパリ在住の文筆家、川村明子さん。『&Premium』本誌の連載「パリのサンドイッチ調査隊」では、パリ中のサンドイッチを紹介しています。
ここでは、本誌で語り切れなかった連載のこぼれ話をお届けします。
今回は、本誌No92に登場した『ナニー』で、惜しくも掲載できなかったサンドイッチのお話を。
初日から100人以上が並ぶ、売り切れ御免の大人気「ナンサンド」店。
今年2月から5月の初めまで、彗星の如く現れては消える、ポップアップショップのサンドイッチを立て続けに味わった。期間限定で販売されるそれらは、美味しいと分かるや、瞬く間にSNSで評判になり、開始翌日には長蛇の列が出来る現象まで生まれた。
中でも、道行く人々が「なにごとだ?」と立ち止まるほどの行列で、その様子がまたインスタグラムのストーリーズで拡散されることによって、さらなる評判を得たのが『ナニー』だった。
『ナニー』は、偶発的に誕生したという。きっかけは、家でのごはん。本業は写真家、そこから、ブログ→ケータリング→旅の写真→ホテルやアルコール類の広告写真を手掛け、現在は”食のクリエーション・スタジオ”を謳うユニット「The Social Food」のマチューとシャーリー。そして、シェフ・シルヴァンの3人で、ある夜、食卓を囲んでいた。
パンがなくて、その代わりにと、シルヴァンがナン生地を作ってフライパンで焼き始め、そのときあった食材をのせたり巻いたりしたら、すごくおいしかった。楽しくなって、翌日改めて「色々試そう!」と何種類もの具材で試作してみると、可能性がどんどん広がることがわかった。それにやっぱりおいしくて楽しい。それで、“これを販売しよう!”と、思い立ったら吉日。すぐに実現することにしたそうだ。オンライン注文でのデリバリーツールは使わず、直接買いに来られる人だけに……と、1日40個のつもりで始めた。ところが、「The Social Food」のSNSアカウントで告知をして迎えた初日。予想をはるかに上回り、100人を超える人が並んだのだ。
私は、そういったイベントだとか新規オープンだとかに、のっけから飛びつかない。”これは、自分の好きな感じかなぁ?”と少し様子を見る。だけど、毎日アップされる、仕入れによって変わる具材と、その試作品の完成図を連日見ていたら、何やらえらいおいしそうで。おまけに、仕入れた素材は使い切ったら終わりだから翌日にはなくなる、とあって気持ちが急き立てられた。その上、開催は13日間と短い。早々に行くべくスケジュールを調整し、初『ナニー』に臨んだ。
箱を開けると、そこには、小躍りしたくなるほどきれいなナンサンドが!
開店前に配られる整理券は、購入希望個数分渡される。すぐ近くで働く料理人の知人とシェアする約束をして、3種類食べてみたいと、3枚のチケットをもらった。なのに、なのに……。
全4種類の具材から何をチョイスするかは、注文の順番が回ってきたところで、決める。いよいよ、次の次、とワクワクが高まっていたそのときに、告げられた。「シイタケは、売り切れました〜!」。シイタケは食べてみたい具材のひとつだった。なのに、目の前で、去って行った。
この日は結局、仔羊の挽き肉にミント蜂蜜ヨーグルトソースを合わせた「Naany Agneau」と、グリーンピースに小ぶりのアーティーチョーク、そしてグリーンアスパラにカラブリア風ペーストを合わせた「Naany Green」の2つを食べてみることにした。
注文をして外で待ち、数分後、箱を受け取って、移動する前にその場でぱかっ。箱を開けた。
・・・・・・うわぁぁぁ!!!きれい〜〜〜!
写真で何度も見ていたのに、目の前に現れたそれに小躍りしたくなった(盛り付けが崩れるのを恐れて、小躍りはかろうじて制した)。
急いで知人の仕事場へ向かい、逸る気持ちを落ち着けつつ、いざ一口。
料理人の彼女と並んで座り、互いにしばし無言で、それぞれ中身を探るように食べた。「Naany Agneau」、ソースがすごくおいしい。仔羊を挽き肉にしてサンドイッチの具にすると、こんなにも印象が変わるのか、と目を見張った。牛そぼろのごとく、サフランライスの上にたくさんのハーブや玉ねぎと散らして、混ぜごはんにしても美味しそうだ。
それに、「Nanny Green」の生地に塗られた赤いペースト。ピーナッツと思われる粒々のほかは正体が掴めない。でも、やたらとおいしい。
「これ、また食べたい」。レストランの営業停止期間を利用して開催された、このポップアップショップ。もう別の機会はないかもしれない。食べとかなくちゃ。
コチュジャンと柑橘が合わさった、タコ・ナンサンド。
そうして、その2日後、再度私はサンドイッチを待つ列に加わった。並びながら、またもドキドキした。サンドイッチは、もはやエンターテイメントな気さえした。この日は幸い、逃したシイタケのリベンジに成功し、新たに登場したタコ・ナンサンドも買えた。私が注文し、支払いを終えるとスタッフが外に出て、「タコは売り切れました〜」と叫んだ。どうやら最後を、ゲットしたらしかった。
家に持ち帰り、やってみたかった食べ方を試した。“ロール状にしたら味が違うんじゃないか”。2日前に食べ終わったあと、そう思ったのだ。果たして、ロール状のほうが、美味しく感じた。よりジューシーで、特に、生地に塗られたペーストの香りが際立った。卵が少し潰れることで、具材全部をつなぎ合わせる役割を担い、それにより生まれた一体感が新たなおいしさとして口の中も、気持ちも満たした。
スペインとの国境に近い、フランス南部ペルピニャンに住むシャーリーのおばあさんのレシピをベースにアレンジした、タコ・ナンサンドに塗られたスイート&スパイシーアイオリソースが、これまた後を引いた。コチュジャンと柑橘が加わり、これだけを舐めていたい味だった。「The Social Food」の2人は、それぞれの名前の頭文字を合わせ、Matshi(=Mathieu+Shirley)というソースを作っている。シャーリーは唐辛子が大好きで、それにペルピニャンの柑橘農家の産物を活用したくて、開発したオリジナルソースだ。各果物が届いた分だけでソースを作るから、これもやはり数量限定で、このポップアップで発売された金柑入りは即完売。
『ナニー』の各サンドイッチに、爽やかな甘さと辛みを加えていたのはこのマチソースだ。ラベルのデザインも魅力的で、迷わず購入した。それからというもの、パスタにも、お肉や魚を焼いたときにも、数滴かけて、大活躍だ。これまでタバスコか柚子胡椒を添えていたところに、新たな選択肢が加わった。
ナイフで切るだけでも、一口サイズに折っても、はたまた丸めて食べるのもアリで、その都度表情を変える『ナニー』のナンサンドに出合って、またまたサンドイッチの奥深さに引き込まれた。