真似をしたくなる、サンドイッチ
アーティチョークをソースに。甲いかをグリルしたロールサンド。真似をしたくなる、サンドイッチ Vol.2March 25, 2021
サンドイッチをこよなく愛するパリ在住の文筆家、川村明子さん。『&Premium』本誌の連載「パリのサンドイッチ調査隊」では、パリ中のサンドイッチを紹介しています。
ここでは、本誌で語り切れなかった連載のこぼれ話をお届けします。
今回は、本誌No88に登場した『モコロコ』で、惜しくも掲載できなかったサンドイッチのお話を。
サンドイッチの概念が覆された!
すごく美味しいけれど、でもなぁ……と、連載で紹介することを渋るサンドイッチがある。ロールサンドイッチだ。なぜか。写真が難しいからだ。どうやってもその美味しさを伝えられる写真が撮れる自信がない。本誌の連載では、サンドイッチの写真は形に沿って切り抜き、具材を指し示しているが、ロールサンドはこれもまた難しい。中身の見える面積が極めて少ない。
それが、このウェブ連載を始めたことでいよいよ晴れの舞台に立つ日がやってきた。
本誌No88で掲載した『モコロコ』は、バンズで作るバーガータイプとロールサンドをサンドイッチとしてメニューに掲げいて、紹介したいけれど……と長らく躊躇っていた1軒だった。
ある日、食パンでのサンドイッチが登場したことを知り、すぐに買いに行った。それが今月号に掲載のハルーミ・グリルド・サンドイッチなのだが、実は同じくその日のメニューにあったロールサンドがまた、他ではどこにも見つからないだろう独自路線の逸品で、ひと口ふた口と食べたところで、鼻から大きく息を吐き、うつむいたまましばらく顔を上げられないほどに考え込んだ。2つともが、「結構サンドイッチは食べ込んでいるよ!」と自負し始めていた私の、サンドイッチの概念を覆した。
「甲イカのロールサンド」
Today’s specialのロールサンドは、甲イカのグリルに、トレビス、アーティチョーク、赤玉ねぎ、そしてケッパーとタヒニ(中東のごまクリーム)が具材と書かれていた。けれど食べてみると、どこにもアーティチョークは見当たらない。
どこにいるかと思えば、実のところ、全体に散らばっていた。ソースになっていたのだ。アーティチョークの根幹(花托部分)をグリルし、ドライトマト、揚げニンニク、パセリ、ケッパーと合わせ、そこにレモン汁と酢を加え撹拌した、それだけでサラダとして成り立つような材料のソース。
本誌で紹介した食パンサンドの方も、一見してわかる具ではなく全体に散りばめられたピンクベージュのソースが主役に思えたが、このロールサンドもしかり。
もちろん、一見してわかる具の方も抜かり無い。イカは火が入りすぎないよう、1枚のままグリルし、焼き色が付いてから切り込みを入れる。Pain de sucre (チコリの仲間で、白菜のような形の葉野菜)はさっと焼き、対してトレビスは1時間ほど前に塩とレモン、オリーヴオイルで味付けをして、火を通していないけれど、少し火を通したかのような食感に仕立てる。
『モコロコ』は『モコナッツ』という、店主であり厨房で腕を振るうオマーの出身地、レバント地方(東部地中海沿岸地域)の料理を出す小さなレストランの姉妹店だ。故にサンドイッチにもその味わいが反映されているのだが、それだけじゃない。
オマーの料理を引き立てるパンを作るのは、奥様の日本人パティシエ、モコさんだ。オマーは日本の食パンが大好きらしい。本誌で紹介した食パンサンドは、日曜のお昼に家でよく作っているもので、だから家族の味だという。
ある時、ラストオーダーぎりぎりの時間に買いに行ったら「アキコ、このまま家に帰るの?」と聞かれ、そうだと答えると、奥で食べていっていいよ、とひっそり店内で食べさせてくれた。私がだいぶ遠くに住んでいることを思っての計らいで、もう入り口を閉めた店内でありがたく頂いたのだけれど、そうしたら、とてつもなくいい匂いが漂い始め、焼きあがったバンズが次々とカウンターに並べ始められた。
そのバンズを使った新メニューで、トリッパサンドが数日前に登場し、昨日食べに行った。フィレンツェ風トリッパの煮込みにグリーンソースを合わせたこのサンドイッチもまた、なんて形容したらいいんだろうか…と途方に暮れる美味しさで、またいつか、これに関しても、書けたらいいなぁと思います。