真似をしたくなる、サンドイッチ

あふれんばかりのグリーンピースにそそられて。季節のタルティーヌでめぐるフランスの風景。Vol.1_後編August 29, 2024

ファーム・レストラン『ル・ドワイヤネ』の朝食ルーム。
ファーム・レストラン『ル・ドワイヤネ』の朝食ルーム。

フランスの季節を写した、タルティーヌ。

本誌『パリのサンドイッチ調査隊』、ウェブ『真似をしたくなる、サンドイッチ』の連載番外編。パリ郊外にある、菜園を持つレストラン『ル・ドワイヤネ』から、パリでは決して出合うことのないタルティーヌにまつわる便りをお届けします。

Vo1の前編につづき、今回の後編は美しい光がさしこむ朝食ルームと、のどかな菜園の景色(ぜひ、音を聞いてみてください)から、爽やかにスタートです。さっそく、川村さんが出合ったタルティーヌの物語を教えてもらいましょう。

2024年6月1日

羊乳のリコッタチーズ、空豆とグリーンピースのタルティーヌ。
羊乳のリコッタチーズ、空豆とグリーンピースのタルティーヌ。


羊乳のリコッタチーズ、空豆とグリーンピースのタルティーヌ

初夏というにはまだ早い、春の終わりに訪れると、淡い黄緑色の一品が登場しました。グリンピースの粒の輪郭が昨年食べたものに比べはっきりしているように感じたのは、生だったから。「火を通さないほうが、青々とした風味も甘味もみずみずしさもより鮮やかだから、それを活かしたかった」とシェフのジェームスは言っていました。花びらが可憐な印象を作っていますが、数口に一度、パンチの効いた辛味が口中に放たれるのです。生ニンニクをおろしたものでもどこかに隠れているのかな?と思ったけれど見当たらず。
「ニンニク、パンにこすりつけたりしてた?すごくインパクトのある辛味が何回か口の中で弾けたんだけど」と聞くも、答えは「ノン」。「じゃあ、行者ニンニク?」と聞いたら「アキコ、もう季節が終わってるよ」「いや、わかってるよ……でもじゃあ何?チャイブの花?」「たぶん、そうじゃないかな」。
チャイブというよりむしろ、ピリッとしたニラと言ったほうが実際の味に近いものをイメージしてもらえる気がします。幼い子につねられたり、デコピンをされると「小さいくせに、手加減しないから痛いんだよ」と思わず漏らしてしまうことがあるけれど、チャイブの花の辛味はそんな感じでした。グリーンピースのみならず、小粒の空豆も生のままで少し潰して加えられていて、フレッシュな味わいをさらに活気づけていました。菜園の入り口近くに生えていたチャイブは、たしかに、細いのにピンと立っていて力強さを感じたな、と脳裏に浮かべ、帰り際にもう一度見にいきました。

5月31日のグリーンピース。鈴なりでした。
5月31日のグリーンピース。鈴なりでした。
5月31日。紫の花をつけたのがチャイブ。
5月31日。紫の花をつけたのがチャイブ。
7月5日。タラゴンにオゼイユ (スイバ) 、背の高い黄色い花をつけたのはリヴェーシュという、ワイルドなセロリみたいな香りのハーブ。
7月5日。タラゴンにオゼイユ(スイバ)、背の高い黄色い花をつけたのはリヴェーシュという、ワイルドなセロリみたいな香りのハーブ。
7月5日のフェンネル。こんなにわんさか。
7月5日のフェンネル。こんなにわんさか。

2024年6月21日

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牛乳のフレッシュチーズ、ズッキーニのマリネ。


牛乳のフレッシュチーズ、ズッキーニのマリネ

ずっと雨が降っていて、菜園を散歩するのは諦めざるを得なかった朝。その天気を反映してか、出てきたのはズッキーニのマリネが主役のタルティーヌでした。シンプルに、水切りしたフレッシュチーズを塗り、その上に、焼いてからオリーヴオイル、ニンニク、玉ねぎ、ヴィネガーでマリネしたズッキーニのスライスを重ね、摘み取ったばかりのミントとタイバジルが散らしてありました。朝食ルームの目の前には、晴れた日ならばテーブルが出されるテラスがあって、周りをハーブの花壇が囲っています。厨房からも目と鼻の先で、土の部分に足を踏み入れるわけではないから、雨でも、スタッフがパパッとハーブを摘みに出ていました。ほんの一瞬でも雨が上がらないかなぁと、グレー色の空を見上げながらも、雨脚が強いわけではないのに、止む気配もない様子と、マリネ液に漬けられてしっとりした少しくすんだ色のズッキーニはとても相性がいいと思いました。

2024年7月5日

塩味のタルティーヌ (フェタチーズ、フェンネル、菜園の花) 甘いタルティーヌ:ブロッチュ (コルシカのチーズ) 、ブルーベリー、白スグリ
塩味のタルティーヌ (フェタチーズ、フェンネル、菜園の花)


塩味のタルティーヌ:フェタチーズ、フェンネル、菜園の花

「甘いタルティーヌはどお?」と聞かれ、「うれしい!」と答えたら、塩味と甘いタルティーヌの2つを出してくれました。パリで食べるサンドイッチやタルティーヌは、シンプルに定番の素材を組み合わせていたり、サンドイッチの中に一つの宇宙を感じるくらいに工夫を凝らしていたり、軽食ではなく料理として完結していて、そのおいしさにふぅぅとため息をつくことが多いです。書き留めておきたいポイントがいくつもあり、文字だけではメモが追いつかず、スケッチメモを取るようになったほどですが、この朝出てきたタルティーヌには、首に紐をひっかけ画板を下げて菜園に出たくなって(画板という言葉を思い出した自分にも驚きました)、「言葉で書いておくことはほとんどないぞ」と思いました。

甘いタルティーヌ

菜園を散歩すると、タイムやラベンダーの脇を通ったそばから、彼らの香りが後から追いかけてきて、思わず振り返ることがたびたびです。わたしは、いつも生産者さんから直接、マルシェで野菜や果物を買うので、ハーブや香りの強い野菜の野生味ある色や葉の厚みを日常的に見ているほうだと思いますが、その経験値では判断しかねる逞しい成長具合の野菜がところどころにあって、そのたびに葉を触り、匂いを嗅いで正体を掴もうとしていると、指先が天然の香りでコーティングされるんです。塩味のタルティーヌに散らばったフェンネルの葉に、そのことを思いました。さりげない、その軽やかさは、まだ気温がそこまで上がっていない初夏の朝にピッタリでした。


甘いタルティーヌ:ブロッチュ(コルシカのチーズ)、ブルーベリー、白スグリ

甘いタルティーヌ:ブロッチュ (コルシカのチーズ) 、ブルーベリー、白スグリ。

そして甘いほうのタルティーヌ。こちらには、フェンネルの花が散らしてありました。タイバジルの爽やかさとハチミツでマリネしたベリーの甘酸っぱさが、コルシカのブロッチュと一緒になったことで途端に、気分が夏休みモードに切り替わり、しばしぼーっとしていたようです。気づいたら出ないといけない時間を過ぎていて、帰りの電車に乗り遅れそうになったほど。

【今回のスケッチメモ】

羊乳のリコッタチーズ、空豆とグリーンピースのタルティーヌ
牛乳のフレッシュチーズ、ズッキーニのマリネ
フェタチーズ、フェンネル、菜園の花
ブロッチュ (コルシカのチーズ) 、ブルーベリー、白スグリ

次回は淡いトマトに、なすのマリネを使ったタルティーヌの便りをお届けします。お楽しみに!

なすび

『Le Doyenné』

木金12:00〜19:00 土日12:00〜22:00 月火水休 ☎︎0658802518

この記事は、Vol.1の後編です。前編はこちらから。


文筆家 川村 明子

パリ在住。本誌にて「パリのサンドイッチ調査隊」連載中。サンドイッチ探求はもはやライフワーク。著書に『パリのパン屋さん』(新潮社)、『日曜日は、プーレ・ロティ』(CCCメディアハウス)などがある。Instagramは@mlleakiko。Podcast「今日のおいしい」も随時更新。朝ごはんブログ再開しました。

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