&EYES あの人が見つけたモノ、コト、ヒト。
一冊の本が移住のきっかけとなった、森澤圭輔さん・しおりさん夫妻の話。 文:室田啓介 (内見家) #2May 11, 2026
神奈川県の南端、相模湾に突き出た小さな岬の町、真鶴。その一角に建つ古い平屋に、森澤圭輔さん、しおりさん一家は暮らしている。築52年の家は、前オーナーが移築してきた古い梁や柱が印象的な建物だ。庭にはバレンシアオレンジの木や鶏小屋。薪ストーブの前には、着火剤になるみかんの皮が干してある。スケートボードランプのある玄関には、モトクロスバイクや釣り竿、サーフボードがさりげなく置かれ、様々なテイストの古道具が不思議に調和しながら、部屋を満たしている。
移住のきっかけは、真鶴町が1993年に町の景観を守るために作った『美の基準』という冊子だった。町の建物の建築の指針について写真やイラストを交えながら綴ったこの小冊子を手にしたとき、フォトグラファーのしおりさんは「まちの人たちが美しさを共通の価値として持っている」ことに深く感動したという。その後、友人の映像ディレクターの撮影の手伝いで真鶴を訪れたしおりさんは、まちの豊かさを肌で感じた。子どもが生まれたタイミングとも重なり、真鶴へ移住した。6年前のことだ。

自宅では年に一度、古物店『モリザワ商店』を3日間だけ開き、この町の家々から出てきた古道具を、町の若い世代へとバトンしていく活動をしている。一方、圭輔さんは今も東京・下北沢でアクセサリーショップ『frank and easy』を経営している。真鶴から片道約2時間の通勤だ。東京との縁を断ち切ったわけではないが、「東京は仕事がなければもう行かない」と笑う。
しおりさんは今、撮影の仕事を意識的にペースダウンさせている。「暮らしに時間を使いたくて移住してきた」と彼女は言う。いまは地域のクリエイターたちと〈真鶴デザイン協会〉を立ち上げ、町の洋菓子屋のパッケージデザインや、真鶴の情報を編んだ『真鶴手帖』の制作などに携わっている。暮らすこと自体が、仕事と地続きになっていく。その理想が、この家にはたしかにあった。
東京にいると、圧倒的な情報量と時間の流れの速さに、人はどうしても全速力で走り続けてしまう。止まれないから、景色が見えない。場所を少しずらし、ゆっくり走るからこそ見えてくる景色や豊かさがある。「東京じゃなくてもいいのかもしれない」と思えたとき、暮らしの選択肢はぐっと広がるのだと、森澤さん夫妻の暮らしに教わった気がする。
photo:仁志しおり
『ホビー不動産』代表/内見家 室田啓介













































