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作家・甘糟りり子さんの暮らし方とセンス。削ぎ落とした生活を楽しむ。 (前編)June 29, 2025

暮らしは、その人のセンスで成り立っている。数寄屋造りと合掌造りがミックスされた甘糟さんの実家。ここに戻ってからの暮らしは、これまでより一層、削ぎ落とされてシンプルに。両親を含め、まわりの人々から自然に学んだ民藝の心得も実践中。

発売中の特別編集MOOK「センスのいい人は、何が違う?」より、特別にwebサイトでも紹介します。

この記事は前編です。後編はこちらから。

1.家の中の大切な場所。Comfortable Room

作家・甘糟りり子さんの暮らし方とセンス。削ぎ落とした生活を楽しむ。 (前編)
大きな梁が印象的な合掌造りの居間。食事は食堂でとるが、ここではお茶やお酒を飲んだり、父親が残したレーザーディスクで映画を観たりして過ごす。
作家・甘糟りり子さんの暮らし方とセンス。削ぎ落とした生活を楽しむ。 (前編)
母・幸子さんが収集する飯碗。棚には100個あり、それ以上になると人に譲る。幸子さんは野草料理家としても知られ、著書に『野草の料理』(神無書房)も。

広い家の中で主に過ごすのは、2階にある仕事部屋とこの居間。座っている椅子は、両親がオリジナルで作った夫婦椅子。イグサの敷物は今では修復も難しい貴重なもの。奥はキッチンにつながっている。「ここには父が残したオーディオやレコードもあり、たまにレコードで音楽を聴くことも。時間が積み重なっています」

2.毎日の習慣。Daily Routine

作家・甘糟りり子さんの暮らし方とセンス。削ぎ落とした生活を楽しむ。 (前編)
〈野田琺瑯〉のラウンドストッカーで糠漬けを作っている。「なるべく食卓にはお漬物を欠かさないようにしています」。キッチンの手前は大きなテーブルがある食堂。

朝、起きると父の位牌に日本茶を供え、糠床を混ぜる。「混ぜ忘れるとダメにしてしまうので、必ずやることとセットに。おかげで糠も元気に育ってくれています。私は通勤もないし、オンとオフの切り替えがしにくいので、生活の中の句読点になる習慣はとても大事。朝だけでなく夕日を眺めるのも習慣です」

3.大好きなものたち。Important Things

作家・甘糟りり子さんの暮らし方とセンス。削ぎ落とした生活を楽しむ。 (前編)
向田邦子さんの形見となる萩焼。「器が好きになった初日にうっかり割ってしまいました。それを金継ぎ作家・大脇京子さんに直していただきました」
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かつて由比ガ浜通りにあった『井上宝飾店』のインディアンジュエリー。「アクセサリーはほぼ着けないのですが、店のご夫婦と親交があるので、ちょっとずつ集めていたものです」
作家・甘糟りり子さんの暮らし方とセンス。削ぎ落とした生活を楽しむ。 (前編)
〈モンブラン〉の万年筆は2本ともいただきもの。自分で撮った写真のカードや〈クレイン〉の便箋で、お礼は手書きでしたためる。「万年筆は本に署名をする際にも使います」
作家・甘糟りり子さんの暮らし方とセンス。削ぎ落とした生活を楽しむ。 (前編)
古い麻をリメイクしたエプロン。由比ガ浜通りにあるイタリアンレストラン『オルトレヴィーノ』で購入した。「雑貨や家具も売っている店。これはフェアで出ていて一目惚れ」

使うと気持ちが上がるものから、気が引き締まるものまで。向田邦子さんの形見としていただいた器、ふだんは着けないけれど大切にしているターコイズのインディアンジュエリー、お礼状を書くための万年筆とレターセット、日々の料理に欠かせない麻のエプロン。「大好きなものたちには、思い出も詰まっています」

古い家の経年を大切に、シンプルに暮らす。

 作家・甘糟りり子さんが住むのは彼女が3歳のときに引っ越した鎌倉の家。もとは昭和初期に建てられた数寄屋造りの日本家屋だったが、甘糟さんが中学3年生の頃に改装。使っていなかった別棟を壊し、築250年ほどの福井の合掌造りの民家を移築した。それにより、数寄屋造りと合掌造りが合わさった珍しい家屋となった。
 この家に戻ったのは2014年。雑誌編集者だった父が亡くなり、母親を一人にしておけないと、それまで借りていた部屋を引き払うことに。広い庭と、今では考えられないほど丁寧な仕事で作られた家は、甘糟さんのセンスを育む上で、大きな影響を与えている。
「子どもの頃は、寒くて広くておばけが出そうだと、この家の良さをあまり理解していませんでした。でも、経年はお金では買えない装飾。鎌倉でもどんどん古い家が取り壊されているので、この家はちゃんと残したいと思っています」
 この経年を楽しむというのは、日々の暮らしの中でも大事にしていることの一つ。
「私は器が大好きで、最近、素敵な先生に出会って金継ぎを習い始めました。割れてしまったらおしまいではなく、金継ぎすることで別の景色が見える。そういうように直せるものは、できるだけ直して使っていきたいと思っています」
 そう思わせるきっかけにもなったのが、母に譲られた向田邦子さんの形見である萩焼の器。作家の母・幸子さんは向田さんと親交が深く、家族ぐるみの付き合いをしていた。ちなみに合掌造りの家も、向田さんに移築専門の建築家を紹介されて実現したもの。
「料理をするようになって、ある日突然、器に目覚めたんです。それで興奮しながらいろいろな器を取り出してコーディネートしていたら、うっかり形見分けの鉢を割ってしまって。母に怒られるかと思ったのですが、あっさり『金継ぎしなさい』と言われ、金継ぎ作家にお願いしました。たとえ割れても新たな美しい表情に修復できる。それはとても価値のある、素晴らしい文化だと実感しました」
 その向田さんから教えてもらっったことに「大袈裟にしない」というのもある。
「母いわく、とにかく大袈裟なことを嫌う方だったそう。同じというのもおこがましいですが、余計なことをしないのは、私のセンスのベースになっています。調味料もメイクもアクセサリーも迷ったら使わない、しない、着けないのが私なりのルールです。過剰にしなくても、素のままで成り立つ生活をしたいと思っています」
 毎朝、やると決めている糠床を混ぜる作業も、できるだけ省いた暮らしを支える習慣だ。
「うちは和食が多いので、お漬物がないと母がさみしがるんです。今ある糠床はけっこう古株。いろいろ漬けますが、特に好きなのがビーツ。これを入れると糠がうっすらピンク色になり、それをきれいだなあ、と眺めています。最近、味噌も自分で造りました。調味料を増やすのに一生懸命になるより、基本的なものにこだわるほうが好きです。自分で一から作るのは、すごくいい経験になりました」

甘糟りり子Ririko Amakasu

1964年生まれ。横浜生まれの鎌倉育ち。玉川大学を卒業後アパレル会社を経て、文筆業に。家については著書『鎌倉の家』(河出書房新社)にも詳しい。バブル期を時代劇のつもりで描いた『バブル、盆に返らず』(光文社)など著書多数。最新刊は『私、産まなくていいですか』(講談社文庫)。WEBサイト『mi-mollet』で小説「稲村ヶ崎物語」を連載中。

photo : Shinsaku Kato edit & text : Wakako Miyake

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