LIFESTYLE ベターライフな暮らしのこと。
作家・甘糟りり子さんの暮らし方とセンス。削ぎ落とした生活を楽しむ。 (後編)June 29, 2025
暮らしは、その人のセンスで成り立っている。作家・甘糟りり子さんのセンスのいい暮らし方を、「よく行くところ」や「私をつくった事柄」からひもときます。
発売中の特別編集MOOK「センスのいい人は、何が違う?」より、特別にwebサイトでも紹介します。
4.よく行くところ。Favorite Place

江の島にあるバー『Bar d』は、今一番お気に入り。「窓際に座って、夕暮れを楽しむことも。インテリアもとても素敵なのですが、オールドヴィンテージのお酒が揃い、それをさりげなく出してくれる。そして、なによりバーテンダーの田辺武さんが作ってくれる水割りが大好き。ここを訪れたら大抵注文します」
5.私をつくった事柄。Past Experiences
バブル時代にはトレンドウォッチャーと呼ばれ、時代の最先端を駆け抜けていた。「今になってみると無駄なことばかりしていたけれど、それも私をつくっていると思います」。他にも、シンプルな反復がドラマチックになるバレエ『ボレロ』や、子どもの頃から身の回りにあった民藝も影響を受けた事柄だ。
ベースを理解した上で、崩しを楽しむ。
しかし、バブル全盛期に20代を過ごした甘糟さんは、今の生活は、無駄を経験したからこそ成り立っているとも言う。
「バブルの頃は毎日、思いきり遊んで、本当にとんでもない格好もしていました。今とは逆に過剰を楽しんでいたところがあります。でも、そういった無駄も大事。経験を積むなかで蓄積されたものも確実にあると思います」
今もっとも甘糟さんがおしゃれだと思うセンスが“カジュアルダウン”をすること。
「ダウンさせるのは、基本がわかっていないとできません。いいものを理解した上で、あえて崩す。それが最高におしゃれなスタイルだと思います。もとを知っているのと知らないのとではまったく違います。そういう基準となるものにバブルのとき、触れられたのは良かったです」
よく行く場所として教えてくれた、江の島にあるバー『バード』では、おいしい水割りを知った。
「初めてここに来たとき、水割りってこんなにエレガントな飲み物だったのかとカルチャーショックを受けました。ウイスキーに水と氷を入れて、数分かけてゆっくり練るようにステアするのですが、本当においしい。一方で、家で安いウイスキーを適当に割ってやさぐれながら飲むのも嫌いではありません。それはそれで、また違った情緒がありますよね。どちらか一方ではなく、両方を楽しめるほうが楽しい」
『バード』の窓際のテーブルにはさまざまな雑誌や本が収められている。この日は切り絵作家・成田一徹の作品集『to the BAR』を見つけた。東京をはじめとした実際のバーやバーテンダーの様子が切り絵で再現されている。
「切り絵がこんなにお洒落なものだったとは今まで気がつきませんでしたし、成田さんの存在も初めて知りました。モノトーンだからこそ、見る側の想像力が働くのかも。こんなふうにセンスを信頼している人や場所が新しいものごとを教えてくれるんですよね」
東京国立近代美術館で開催されていた『民藝の100年』も刺激を与えてくれた展覧会だった。家をはじめ、家具や、母親が集めている器など、気づけば昔から民藝に囲まれていたことを改めて認識。
「展覧会を観て、自分の中でバラバラになっていたものが一つにつながりました。これまで触れてきたものが何だったのか合点がいった感じ。新しいもの古いもの、作家ものもそうでないものも同等に扱い、暮らしそのものが美しいのだと心から納得しました」
朝、起きたら日本茶を淹れ、糠床を混ぜる。母や自分が好きな器に料理を盛り、庭や裏山から摘んできた花を飾る。甘糟さんの毎日はとてもシンプルだ。それでも繰り返される日々は、同じではない。
「私がこうでありたいと思う暮らしの理想は、モーリス・ベジャールが振り付けたバレエ『ボレロ』です。同じ旋律、同じ振り付けを繰り返すだけなのに、どんどんドラマチックになっていく。ファッションでも料理でもインテリアでも、生きていくすべてにおいて、そうなりたいと願っています」
甘糟りり子Ririko Amakasu
1964年生まれ。横浜生まれの鎌倉育ち。玉川大学を卒業後アパレル会社を経て、文筆業に。家については著書『鎌倉の家』(河出書房新社)にも詳しい。バブル期を時代劇のつもりで描いた『バブル、盆に返らず』(光文社)など著書多数。最新刊は『私、産まなくていいですか』(講談社文庫)。WEBサイト『mi-mollet』で小説「稲村ヶ崎物語」を連載中。
photo : Shinsaku Kato edit & text : Wakako Miyake