真似をしたくなる、サンドイッチ
とろけるチーズと唐辛子を、カリッカリの自家製パンで挟む。パリで食べたい絶品グリルドサンド。October 16, 2024
サンドイッチをこよなく愛するパリ在住の文筆家、川村明子さん。『&Premium』本誌の連載「パリのサンドイッチ調査隊」では、パリ中のサンドイッチを紹介しています。
ここでは、本誌で語り切れなかった連載のこぼれ話をお届け。No45となる今回は、本誌No131に登場した『パノラマ』で惜しくも紹介できなかったサンドイッチの話を。
6年間で生まれた、さまざまなサンドイッチ店。
本誌で連載「パリのサンドイッチ調査隊」を始めてからの6年近くで、パリにはさまざまなサンドイッチ店がオープンした。それでもまだ、これまでになかったタイプの店が登場するのだから、驚く。『パノラマ』を見つけたのは、夏の始まりのある週末。早めの夕食を友人と共にして、散歩をしているときだった。角地にあるその店のガラス戸は全て開け放たれ、テラス席は満席で大いに賑わっている。わりとよく通る道なのに見覚えがなかった。さっと見渡すも、店名が見当たらない。入口の脇にメニューらしき白い紙が貼られていたので、近づいた。するとそこには説明書きがあった。
「パノラマはベーカリーレストランです」
レストランが自家製のパンを作ることはあるし、レストランから始まってパン屋を出した店もある。さらには、パン屋がカフェ・レストランをスタートしたケースも。でも、この店は様子が違う。読み進めると、こうあった。
「ベーカリーにインスパイアされた私たちの料理は、きちんとした産地の、新鮮な季節の食材のみを使用しています」
19時から22時30分、と記されたメニューに目を走らせると、全てがパンを主軸に組み立てた皿というわけではなく、パンを色々な形状(パン粉や具材など)で活用、もしくは、楽しむための料理のようだ。その昔「パンと、パンの友だち」というタイトルの連載をやっていた私は、そのどれもに興味を惹かれたが、いまは、やはりサンドイッチ(なかでもオープンサンドのタルティーヌ)に引きつけられる。食べに来なくちゃ!と思ったのは、仔牛肉のタルタルオープンサンドだ。
スモークしたオイルと、塩胡椒だけで味付けをしたタルタル。
メニューからは、どんな盛り付けで出てくるのか推測しかねたけれど、果たしてそれは、たしかに料理で、皿に盛り付けることでしか成り立たない、フォカッチャを用いた一品だった。加えて、スモークしたオイルと塩胡椒だけで味付けをしたタルタルはワインを欲する味で、夏の夕暮れによく似合う。はじめは、ナイフで切って食べていたのを、思い切って、指で摘んで食べてみたら、味が全然違った。このほうがずっとおいしい。それは、ホテルのラウンジで頼んだクラブハウスサンドを、人目を一応気にしてナイフとフォークで切って食べてはみたもののなんだか味気なく感じて、「いいや!」と手で掴んで齧り付いたら「やっぱりこのほうが断然おいしい!」と納得した瞬間と同じだった。すました顔して出てきた料理ほど、指で摘んで口に運んで食べたくなる。
なんとも食欲をそそる匂いを放っていた、グリルドチーズサンド。
そして秋。今年は肌寒くなるのが早かった。9月下旬からすでに暖房が必要だと思っていたら、例年よりも2週間くらい前倒しで、住んでいるアパートにも中央暖房が入った。『パノラマ』にランチに出かけたのは、いよいよ寒い季節に向かっていることを感じたその日だ。ランチメニューには、いつも、サンドイッチとタルティーヌが1つずつ用意される。店に着いて席に案内されると、隣のテーブルの人が注文していたらしいグリルドチーズサンドが運ばれてきて、それがなんとも食欲をそそる匂いを放っていた。焼き色もいかにもおいしそう。卵黄のコンフィをのせたブロッコリーのタルティーヌを頼むつもりでいたけれど、匂いに負けて、グリルドチーズに変更した。
とろけるチーズと唐辛子の辛みが相性抜群。
こんな味のサンドイッチをフランスで食べる日が来るとは思わなかった!という衝撃のひと口から始まった。何にそんなに驚いたかというと、辛かったのだ。もともと私は辛いものが大好きなのだが、ここまでのものは、唐辛子を売りにした中国料理店と韓国料理店以外で、パリでは食べたことがなかった。もしかしたら、キムチチーズサンド、といわれていたら、こんなふうには驚かなかったかもしれない。ただ、このグリルドチーズは、たぶん、キムチチーズよりも辛い。辛さの元は、イタリアのソーセージ、「ンドゥイヤ」。これまでの「ンドゥイヤ経験」は、何かしらの料理に、アクセントとか深みを加える目的で使われた、辛さと風味が同率くらいのものだけだった。それが、このグリルドサンドを食べたときは、ひと口食べるごとに辛さを落ち着けようと、口で冷気を吸い込んだ。もうまるで、火鍋でも食べているような気分だった。フランス料理には基本的にそれほど辛いものはないし、サンドイッチを食べて、鼻の頭に汗をかいて、体がぽっぽしてくるなんて、なんとも新鮮。その辛味を和らげるクリーミーなチーズが、また心憎い。どうしたって、このチーズの存在は必要だ。
辛味のインパクトに全てを持っていかれそうな気がするが、このサンドイッチで最も特筆すべきことは、パンだ。表面はカリッカリに焼かれ、内側は湿度を含んでフワッとしていた。ンドゥイヤとチーズの脂が浸透していたら、ここまで焼き色をつけた場合、内側はもっと乾いた感じになるはず。実は、それを防ぐために、パンの切り口いっぱいに何枚もほうれん草が重ねられている。おかげで、ほうれん草が流れ出る脂を受け止め、パンには浸透していない。“このパンはこうしてグリルして食べることで持ち味を最大限に引き出せる”と、計算の上で作られたのではないかというくらいに、心地よい歯応えとしっとり軽やかな舌触りの、食感のバランスが印象的だった。