真似をしたくなる、サンドイッチ

夜中1時まで注文可!ハーブとマヨネーズが利いた、ローストチキンサンド。December 01, 2023

サンドイッチをこよなく愛するパリ在住の文筆家、川村明子さん。『&Premium』本誌の連載「パリのサンドイッチ調査隊」では、パリ中のサンドイッチを紹介しています。
ここでは、本誌で語り切れなかった連載のこぼれ話をお届け。今回は、本誌No121に登場した『カフェ・デ・デリス』で惜しくも紹介できなかったサンドイッチの話を。

具材を分析した精巧なスケッチを毎回ご紹介。今回は、肉汁あふれ出すローストビーフサンド、マヨネーズとハーブが利いたローストチキンサンドなどを紹介。川村明子 サンドイッチ
具材を分析した精巧なスケッチを毎回ご紹介。今回は、肉汁あふれ出すローストビーフサンド、マヨネーズとハーブが利いたローストチキンサンドなどを紹介。

ちょっとした落とし穴について。

この連載で紹介しているほとんどの店が、注文を受けてから、その都度サンドイッチを作る。あらかじめ作ったものを店頭に並べる店は少ない。それだけ作り立ての、温かいサンドイッチを得られる機会が増えたわけだけれど、それによってちょっとした落とし穴がひとつある。
お昼のタイミングを逃し、3時すぎにやっとひと息つける状態になった日。「おなか空いたな……でもそんなに時間もないし、サクッとサンドイッチを食べられたらいいな」と好きなお店を思い浮かべるも、どこもすでに店じまいをしている。注文制の店はレストランと同じように厨房が稼働していて、ランチ営業が終わると火を落とす。そう、バリエーションが広がり、しっかり料理した具材を挟むサンドイッチが増えるいっぽうで、小腹が空いたタイミングで出合える“軽食の定番”は、むしろ減ってしまったのだ。私のサンドイッチ屋さんリストは結構なボリュームになっているはずなのに、食べたいと思ったタイミングで食べられないことが、ままある。

そう、これが欲しかった!

ローストビーフサンドは、ニンジンと玉ネギをイギリスのマスタードで和えたソースで味付け。ただ挟んだだけに見える気軽さなのに、噛み始めたらお肉はじわじわ味を滲み出して、その意外性に集中したくて、噛むのをやめたくらいだった。川村明子 サンドイッチ
ローストビーフサンドは、ニンジンと玉ネギをイギリスのマスタードで和えたソースで味付け。ただ挟んだだけに見える気軽さなのに、噛み始めたらお肉はじわじわ味を滲み出して、その意外性に集中したくて、噛むのをやめたくらいだった。

それで、夏前にオープンした『カフェ・デ・デリス』のテラス席で「何かつまみたかったら」と書かれた黒板メニューに“本日のサンドイッチ”を見つけたときには、「そうそう、これが欲しかった〜!」と嬉しくなった。昼の12時から日付をまたいで夜中1時まで、終日注文可能の“本日のサンドイッチ”は、1種類。その日は、ローストビーフサンドだった。へぇ〜と思いながら迷わず注文。そういえば最近ローストビーフサンドって見ないなぁ、パンは何だろう?と、ワクワクしながら出てくるのを待った。

まさにそれは、小腹が空いたときにピッタリの様相をしていた。

台所にあるものを挟みました、といわんばかりのシンプルさで、そっけないくらいだ。それほど厚みがあるようにも見えなかったから、手で掴み、かじりついた。そこで思わず、口を開けたまま止まってしまった。思いのほか分厚い。勢いをつけて、はむっと噛みつくと、今度は肉のジューシー加減に驚き、再び動きを止めた。冷えてスライスされた肉から、味が滲み出た。ほのかなカレー風味のソースをともなっていたけれど、それをかき分けて舌にしみわたる肉汁は、温かい肉料理よりも、くっきりと持ち味を表明していた。

翌週再訪したら。

今度は具が、ポルケッタになっていた。詰め物料理ゆえに、ローストビーフサンドよりも構成要素は多い。でもやっぱり味わいはシンプルで、冷たい肉料理のエキスがストレートに広がった。温かい状態で食べてみたいとはまったく思わなかった。執筆に取り掛かっているときに途中でごはんを食べると、一気に気持ちが緩んで集中力を取り戻すことが難しいのが、私は常だ。それが、ここのサンドイッチは、ボリュームがちょうど良いのか、冷たいことが功を奏してか、イートインということで適度に休めることも手伝ってか、ともかく、小腹を満たすのになんともいい塩梅で、その後もすんなり作業に戻れて、だもんだから、すっかり気に入ってしまった。

本誌No121で紹介したポルケッタサンド。豚バラ肉で、鶏レバーとチャービル、ミントを巻き込んだもの。リンゴを加えたオリーブオイルとレモンのソースが全体をフルーティーに仕上げていた。川村明子 サンドイッチ
本誌No121で紹介したポルケッタサンド。豚バラ肉で、鶏レバーとチャービル、ミントを巻き込んだもの。リンゴを加えたオリーブオイルとレモンのソースが全体をフルーティーに仕上げていた。
パンをめくって、中身をじっくり解剖したくなった、の図。具材の数は決して多くないけれど、しっかり料理されたものが具となっていることがわかる。 サンドイッチ 川村明子
パンをめくって、中身をじっくり解剖したくなった、の図。具材の数は決して多くないけれど、しっかり料理されたものが具となっていることがわかる。

いざ、ローストチキンサンド。

またお昼を食べ損ねた別の日に、夕方近くになって訪れたら、その日のサンドイッチの具はローストチキンだった。一度噛むと、一羽丸ごと焼いたものをほぐしたことが窺える張りあいのある肉質で、それがマヨネーズとの組み合わせで、これまた、冷たいからこそのおいしさになっていた。聞けば、タラゴンの香りを移したオリーブオイルでマヨネーズを作っているそうで、マヨネーズ自体にハーブの姿はないものの、膨らみを感じる風味はそこから来ているようだ。

サンドイッチ 川村明子

そして、サンドイッチを待つ間に、「何かつまみたかったら」の黒板に書かれていた「ウフ・マヨ」(ゆで卵+マヨネーズ)も注文した。ビストロの味を図るバロメーター的な定番料理でもあるウフ・マヨは、パプリカを纏った変化球で登場し、パンも付いてきて、コクのあるマヨネーズと頬張ればそれだけで十分満足できるひと皿だった。夕飯の約束までに少し時間があって、でもお腹が空きすぎてちょっと何かを口に入れておきたいなんてときには、最適だと思った。

終日注文可能なウフ・マヨ。夜を軽く済ませたいときには、これにビールかワインで、十分な気がする。川村明子 サンドイッチ
終日注文可能なウフ・マヨ。夜を軽く済ませたいときには、これにビールかワインで、十分な気がする。

何を隠そう、『カフェ・デ・デリス』は、向かいにあるダイニングと並びにあるブーランジュリーが出した3店舗目で、だから常にフレッシュなパンが10メートルほどの距離からやってくる。車が通らない小道に位置し、お陰でテラス席では過ごしやすいし、パンを買いに来たついでにカフェを飲んで帰ることも、夕食の予約の前にここでまずは待ち合わせをして、アペリティフの時間を過ごしてから移動、なんて楽しみ方もできる。2018年のオープンから、バゲットを作らず、大きな天然酵母パンを看板商品としてきた店のパンは、サンドイッチにしても、ゆで卵のお供でも、存在感を発揮している。

4 rue Lemon 75020 ☎️なし 9:00〜翌2:00 月火休 "本日のサンドイッチ"は、昼の12時から翌1時まで注文可能。 サンドイッチ 川村明子
4 rue Lemon 75020 ☎️なし 9:00〜翌2:00 月火休 "本日のサンドイッチ"は、昼の12時から翌1時まで注文可能。


文筆家 川村 明子

パリ在住。本誌にて「パリのサンドイッチ調査隊」連載中。サンドイッチ探求はもはやライフワーク。著書に『パリのパン屋さん』(新潮社)、『日曜日は、プーレ・ロティ』(CCCメディアハウス)などがある。Instagramは@mlleakiko。Podcast「今日のおいしい」も随時更新。朝ごはんブログ再開しました。

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