真似をしたくなる、サンドイッチ
生姜がアクセント! 仔羊肉を7時間煮込んだアツアツのフォカッチャサンド。November 01, 2023
サンドイッチをこよなく愛するパリ在住の文筆家、川村明子さん。『&Premium』本誌の連載「パリのサンドイッチ調査隊」では、パリ中のサンドイッチを紹介しています。
ここでは、本誌で語り切れなかった連載のこぼれ話をお届け。今回は、本誌No120に登場した『マミーシュ・トレトゥール』で惜しくも紹介できなかったサンドイッチの話を。
あ〜、どうしてこうもワクワクするんだろう?
12時を少し過ぎたころ、すでに外までのびている列に加わり、店内に一歩足を踏み入れるところまで順番が近づいてきたら、今日は何があるかと首をのばす。『マミーシュ・トレトゥール』の商品台は、前に立ちはだかる注文中の人たちを越えたところにあり、まだよく見えない。それでも、脚の長いコンポート皿に盛られた、前回の買い物では見た覚えのないパイ包みが目に入り、「あれ、なんだろう?」と気がはやる。逆L字型の陳列台の、出入り口にいちばん近いところには、朝ごはんや、小腹が空いたときの小休止にちょうどいい軽食が並んでいる。スコーンやキッシュに加え、カフェの朝食メニューでは定番の、バターとジャムのタルティーヌ(バゲットを縦半分に切り開き、バターとジャムを塗って食べるもの)がバゲットサンドになって、普通のサンドイッチの半分のポーションで用意されていて、おやつ用に買おうか……と頭をよぎるが、奥に勢揃いするサンドイッチを見ないことには、はじまらない。
やっと見えた!
トルティージャを挟んだバゲットサンドに、仔羊肉の煮込みが具のフォカッチャサンド、それに、サラダ・ニソワーズとほぼ同じ具材で構成されるパン・バニヤもある。困った……どれも食べてみたい。販売は、フランスのクラシックな小売店のそれで、対面方式だ。ランチタイムのピークには、次から次へと列に加わる客を手際よくさばく販売スタッフが4〜5人立ち、商品が見える位置に着くや、自分の番はあっという間にやってくる。悠長に悩んでいる時間はない。家に持ち帰ることを考え、その場で焼き温めてくれるであろうフォカッチャサンドは次回に回すことにして、トルティージャサンドとパン・バニヤを買うことにした。
切り口から、そのみずみずしさがうかがえるパン・バニヤから食べ始めた。キュウリ、赤玉ネギ、ゆで卵、黒オリーブ、サラダ菜、チェリートマト、ラディッシュ、アンチョビ、そして食べ応えをしっかり感じるツナの塊。見た目から受ける印象どおりの鮮度をたたえた野菜は、味がぎゅっと詰まっていて、チェリートマトなんて、フレッシュではなくセミドライなのかと思ったくらいだ。生のまま加えたものと、味付けを施した野菜が絶妙なバランスで混ざり合い、生野菜たっぷりだからといって口の中でもそもそするもどかしさは感じない。適度につゆがご飯に染みた丼ものみたいで、夢中で食べた。
続いて、トルティージャサンド。
一気にパン・バニヤを食べてしまいそうだったところで、トルティージャサンドを手に取った。こちらは打って変わって至極シンプル。ジャガイモ入りの厚焼きオムレツに甘唐辛子のピクルス、上からチャイブが散らしてあるのみで、バターもオイルもパンには塗られていなかった。その簡潔な味が、逆に、後を引いた。何より、バゲットがおいしい。
人気ブーランジュリーの3店舗目として。
『マミーシュ・トレトゥール』は、行列の絶えない人気ブーランジュリー『マミーシュ』が3店舗目としてオープンした、サンドイッチを主力とする惣菜店だ。ファウンダーのセシルとヴィクトリアは、ブーランジュリーの厨房では作りきれない、でもアイデアとしてはずっと持ち続けていた、塩味系のキッシュやケーキ、サラダにサンドイッチなど、テイクアウトしやすい料理の店を、長らくやりたいと思っていたらしい。2店舗目となるブーランジュリーから徒歩3分ほどのところに物件を見つけたのを機に、それが実現した。
各店舗で販売されるものは、セシルとヴィクトリアのレシピを元に、それぞれの店の厨房で作られる。センターとなる厨房で製造して配達されるわけではないから、サンドイッチやサラダがあんなにもみずみずしいのだな、と納得した。おまけに『マミーシュ・トレトゥール』のサンドイッチは、日々少しずつレパートリーが変わる。だから行くたびに、新しいものを見つける。逃した!と思った具材が戻ってくることも少なくないから、毎度、足を運ぶのが楽しい。
仔羊肉を7時間煮込んだフォカッチャサンドを。
確か3週間待ったと思う。次に回そう、といったんは諦めた仔羊肉を7時間煮込んだフォカッチャサンドが再登場したのをインスタグラムのストーリーズで確認して、すぐさま買いに行った。
パニーニを焼くようなグリルプレスで焼き温めてから、渡されたフォカッチャサンドはアツアツで、食欲をそそる香りがぷんぷん漂った。ひと口頬張り、予想していなかった味に驚いた。じっくり火を通した仔羊肉に肩を並べる存在感を示したのは、意外にも、フレッシュな生姜だ。みじん切りの生姜が口中に散らばり、フォカッチャににじむオイリー加減とは裏腹に、口の中はさっぱりした。これはクセになる。
ローストチキンのバゲットサンドも買っていたのだ。
遭遇したら絶対に食べたいと思っていたローストチキンのバゲットサンドも買っていた。マルシェで見かける大きなロースター。丸鶏が鉄串に刺さってゆっくり回転しながら焼かれ、その下では、ジャガイモが鶏から滴り落ちる焼き汁を浴びながらローストされているのを目にしたことがある人もいるはず。あれがそのまま具になったサンドイッチ。店では、丸鶏を、レモン、ニンニク、エシャロット、ハーブ、そしてジャガイモと一緒に焼く。味付けは、それで得た焼き汁のみ。これもまたバゲットには、バターも塗らずオイルも振りかけない。フランスの食卓の味を、見事に、パンに挟み込んだ逸品だった。