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ミュージシャン・坂本美雨をつくってきた、幾冊かの本。INSPIRING BOOKS いい本との、出合いは大切。September 11, 2022

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読書は情報を得るだけや、単なるエンターテインメントだけではなく、自身の人格に"体験”を積み重ねていくのだと&Premiumは思います。11人の読書遍歴と本棚を紹介した2022年8月発売の特集「いい本との、出合いは大切。」より、ミュージシャン・坂本美雨さんをつくってきた本を紹介します。

創作のルーツとなった 言葉遊びの絵本。

 3歳になる頃には、父親の書斎に忍び込んで本を開いていたという坂本美雨さん。当時、読むことが好きだったのかはわからないが、本に囲まれていると落ち着くような感覚はあったのだという。
「思春期までは本当によく読みましたね。20代からはあまり集中できなくなってしまって、代わりに映画を観ることも増えましたが、“本に救われる”体験は、変わらず自分のなかの深いところにありました。本を読めば、いまいるこの場所を離れられる。時を忘れて自由に旅することができるのが何より楽しかった。登場人物たちをすごく好きになったりもしました」

 母親も絵本が好きで、幼少期から表参道の『クレヨンハウス』によく連れていってもらっていた。当時、出合った絵本のなかでも、五味太郎と谷川俊太郎の作品は坂本さんのルーツにもなっている。
「どちらも言葉遊びの本ですが、とても影響を受けました。五味さんの絵本は、シンプルで迷いがなくて爽快。谷川さんは朗読会もされていて、シンプルで面白い言葉をリズムにのせて読んでくれたのが、すごく面白かったのを覚えています。言語には、読むことだけではない、いろいろな楽しみ方がありますよね。これらの本が言葉や響き、リズムのベースをつくってくれたのではないかと思います。母のおかげで、わかりやすい子ども向けとは少し違う作品にも出合えたのはうれしいことですね」
 これらの絵本は、7歳になる娘にも大切に読み継がれている。

母が選び、好きで読んでいたという言葉遊びの絵本。
母が選び、好きで読んでいたという言葉遊びの絵本。
自宅にいくつかあるうち、ダイニングには猫の小説やエッセイを集めた本棚が。贈られたものも多く、本棚がいっぱいに。
自宅にいくつかあるうち、ダイニングには猫の小説やエッセイを集めた本棚が。贈られたものも多く、本棚がいっぱいに。
谷川俊太郎の『ことばあそびうた』は、娘にも好評。リズムをつけて一緒に音読しているそう。
谷川俊太郎の『ことばあそびうた』は、娘にも好評。リズムをつけて一緒に音読しているそう。
特にお気に入りなのは、"かっぱかっぱらった かっぱらっぱかっぱらった"の詩
特にお気に入りなのは、"かっぱかっぱらった かっぱらっぱかっぱらった"の詩

思春期に魅了された、 特異な物語の世界。

 そして11歳。NYの図書館で手にした、吉本ばななの『キッチン』に大きく心を揺さぶられる。
「英語版の後、日本語で読んだら、行間にいろいろなことが詰まっていた。そこから、ばななさんの大ファンになりました。なかでも『アムリタ』は、繰り返し開く作品。内容は読むたびに忘れてしまうんですが、もやに包まれた精神世界を旅するようで、すごく優しくて、心地よくて。見えないものや、非現実的なところにも、ちゃんと現実はあるのだろうということに興味を持ち始めていました」

 10代前半の思春期に、作品に描かれるような、人と人との不思議な結びつきのようなものに惹かれていたという。同じ頃、兄の本棚で『ノルウェイの森』を見つけて、村上春樹作品にものめり込んだ。
「16歳で初めて『羊をめぐる冒険』を読んでから20代前半までずっと、これを持っていろんな場所を旅しました。そうやって何度も読んだ本だったのに、ある日、NYの自宅で不意に“わかった!”と感じた瞬間があったんです。その詳細は消えて、いまは感覚しか残っていませんが、感動に打ち震えて号泣したことは忘れられません。同時期に読んだ『カンガルー日和』のような、短編の不思議な世界観も好きですね。春樹さんの小説を読むと、自分のなかに主人公の姿がはっきりと浮かび上がるんです」

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10代から20代の多感な時期に手にした本。どれも読み込まれていて、線が引いてあったり、ページの端が三角に折られていたり。『これが私の優しさです』には、娘が小さい頃にした落書きが。『カンガルー日和』は、初版本を見つけて購入したもの。村上春樹がDJを務める番組『村上RADIO』で司会のアシスタントをするようになってからもらったという、著者のサインも。

余白を描く表現力のルーツは、物語の世界に育まれていた。

 10代の頃には、自分でも詩を書き始めていた坂本さん。NYの学校でアメリカ文学などに触れるなかで、余白を美しく表現する日本語の魅力にも取り憑かれていく。
「人生を通してずっと書き続けてきた、谷川俊太郎さんは憧れですね。生きていることのすべてが詩に詰まっている。詩集『これが私の優しさです』にも、名作がたくさん。理解を超えたものや、これも詩にしていいんだ?という驚きもあるし、世界について悟っていなくてもいい、詩の懐の深さを感じます。年齢を重ねることで、読み方が変わる作品もありました」

 また、三島由紀夫や高橋和巳の担当編集者でもあった祖父の影響で、25歳のときに読んだ坂口安吾の『堕落論』。同じ年代の日本文学を読んでいたなかの一冊だった。
「演劇のワークショップに行き始めた頃に、収録されていた『FARCEに就て』のテキストにショックを受けました。FARCEとは、“荒唐無稽なものが一番崇高なものである”ということ。つまり、論理的に組み立てたものではなく、非現実やイマジネーションから発せられる芸術の崇高さ、それこそが人間の現実なんだと全肯定してくれる。ばななさんや春樹さんが描く空想の世界も、私にとって現実味を帯びてとても切実に感じていた、その理由がここにあったというような気がしました」
 若き日の7冊には、坂本さんの原点的な衝動が表れているようだ。
「いまは直接役に立つ情報を求めて本を開いたり、エッセイでその人の生き方に何かを得ようとすることが多くなりましたが、当時必要としていた救いや安心感が、これらの物語にはあったのかなと思います。かたちのないものに、ずっと触りたいと思ってきた。振り返って、そんなふうに感じますね」

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MY BOOKSHELF パートナーがブックディレクターということもあり、家は本で溢れていて、廊下に設置されている棚までギッシリ。坂本さんの本棚には、料理や育児の本、エッセイ、漫画も並んでいる。家族で撮った記念写真や小物など、大切なものも一緒に。ほかの部屋にも、写真集や大型本、絵本などを収納している棚がある。

MY BOOK LIST

2歳
さる・るるる
五味太郎 著 絵本館
「さる・くる」「さる・みる」「さる・ける」と、「〜る」で終わる言葉で、さると動物たちとのユーモラスな行動をリズムよく描いたロングセラー。カバーと同じ、茶色とベージュのイラストのシンプルな絵本。

3歳
ことばあそびうた
谷川俊太郎 詩 瀬川康男 絵 福音館書店
「かっぱ」「うそつききつつき」など、語呂が良く軽快で面白い、谷川俊太郎の言葉遊びの詩が15編。早口言葉や数え歌のように繰り返し遊んで楽しい。味のある版画の挿絵も昔話のような色を添える。続編もある。

14歳
アムリタ(上・下)
吉本ばなな 著 角川文庫
記憶を失った主人公が、死んだ妹の恋人と恋をし、高知やサイパンでの旅の時間を過ごしながら、生きることや幸福を感じ取っていく。1994年に発表された長編小説で、第5回紫式部文学賞を受賞した作品。

16歳
羊をめぐる冒険(上・下)
村上春樹 著 講談社文庫
あなたのことは今でも好きよ、という言葉を残して妻が出ていく。そして北海道消印の1通の手紙から“羊をめぐる冒険”が始まる。村上春樹の初期三部作の最後の作品で、「羊」をキーワードにした長編小説。

16歳
カンガルー日和
村上春樹 著 佐々木マキ 絵 平凡社
1980年代初頭に発表された、18のショート・ストーリーを収めた短編集。表題作は「僕」と彼女が、動物園にカンガルーを見に行くという作品。初版は『羊をめぐる冒険』の翌年、1983年に刊行された。

18歳
これが私の優しさです谷川俊太郎詩集
谷川俊太郎 著 集英社文庫
表題作のほか、デビュー作となる「二十億光年の孤独」「(空の青さをみつめていると)」「からだの中に」など、谷川俊太郎の代表作の多くを収録した詩集。バラエティに富んだ詩が、その世界を広げてくれる。

24歳
堕落論
坂口安吾 著 新潮文庫
無頼派と呼ばれ、言葉や文学、芸術を疑い続けた著者が残した評論集。「人間は生き、人間は堕ちる」それ以外に人間を救う近道はないと書いた表題作、「FARCEに就て」のほか全17作品。表題作は1946年発表。

※『&Premium』No. 106 2022年10月号「INSPIRING BOOKS / いい本との、出合いは大切。」より


ミュージシャン 坂本 美雨

5月1日生まれ。音楽に囲まれNYで育つ。1997年、Ryuichi Sakamoto featuring Sister M名義でデビュー。以降、本名で活動を開始。幅広いジャンルのミュージシャンとの共演などの音楽活動に加え、TOKYO FMを始め全国ネットのラジオ番組「ディアフレンズ」のパーソナリティを2011年より担当。村上春樹さんがDJを務める番組「村上RADIO」でも共にパーソナリティを務める。おおはた雄一さんとのユニット「おお雨(おおはた雄一+坂本美雨)」待望のファーストアルバム『よろこびあうことは』が2020年6月11日にリリース。動物愛護活動に長年携わり、著書『ネコの吸い方』(幻冬舎)や愛猫“サバ美”が話題となるなど、"ネコの人"としても知られる。2015年第一子を出産し、娘との暮らしも日々発信中。東京新聞で連載中の子育てエッセイをまとめた『ただ、一緒に生きている』(光文社)を上梓。
https://www.instagram.com/miu_sakamoto/
http://twitter.com/miusakamoto
http://www.miuskmt.com/

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