真似をしたくなる、サンドイッチ
表面はこんがり、中はしっとりの焼き加減。
ジャガイモと玉ネギたっぷりのスペイン風オムレツサンド。真似をしたくなる、サンドイッチ Vol.17June 04, 2022
サンドイッチをこよなく愛するパリ在住の文筆家、川村明子さん。『&Premium』本誌の連載「パリのサンドイッチ調査隊」では、パリ中のサンドイッチを紹介しています。
ここでは、本誌で語り切れなかった連載のこぼれ話をお届け。
今回は、本誌No103に登場した『シャンスー』で惜しくも紹介できなかったサンドイッチの話を。
きっかけは友人のインスタグラム。
春が少し顔を覗かせ始めた、まだ寒さの残る頃に、友人が『シャンスー』の店先でコーヒーを楽しんでいる写真をインスタグラムにポストした。「なんだかおしゃれなお店が出来たなぁ」と思いながら何度か前を通り過ぎた店だ。サンドイッチを出しているのも、店先の黒板メニューで確認済みだった。でも、私は入るのに躊躇していた。悪い癖の一つだと思うのだけれど、一見して"なんだかおしゃれな店"に、"今どき"と思える要素が加わると、どうも私には素直になれないところがある。「おいしいかなぁ……」と斜に構えてしまうのだ。でも、その投稿をした友人は、味はもちろん店主も含めて好きじゃなければポストはしないだろう、と思う人だった。だから一瞬で気持ちは翻った。そして、すぐさま行くことにした。
売り切れ御免。メニューは週替わり。
広めの入り口を抜けると、目の前は注文カウンターだ。コーヒーのお供として、気軽につまめそうなスイーツもいくつかスタンバイしている。その横に設置されたショーケースにはチーズやシャルキュトリーが一堂に会し、手前にはリンゴにキウイなどの果物、ニンジンやカボチャの季節野菜(まだカボチャのある時期だった)が木箱に詰められていた。店内右側の壁は一面棚で、瓶詰めが並び、店名が手書きされたラベルが貼ってある。近づくと、野菜別に作ったピクルスだった。それにジュースも。ワインやビールは仕入れたものだけれど、オリジナルの保存食品も豊富に作っているみたいだ。
初訪問の日、ランチタイム遅めに着いたら、すでにサンドイッチは売り切れだった。でもメニューには、"牛肉のコンフィとカンタルソース""ジャマイカ風ハムとドッグソース"と、食べてみないことには味の想像がつかない、食べてみたいと思わせるサンドイッチの説明が書かれていた。どうやらメニューは週替わりのようだったから、日を置かずに再訪した。
まずは、ベジタリアンサンドと、ジャマイカ風ハムサンドから。
11時半過ぎに着いて、ベジタリアンサンドと、ジャマイカ風ハムサンドを買った。家に持ち帰り包みを開くと、見栄えよりも味重視の、作り手の愛情が詰まったお弁当のようなサンドイッチが現れた。"きっと野菜もたっぷり食べてほしいんだろうな"と感じられるホウレン草の挟まり方で、写真を撮るのは難しかったけれど、身の引き締まった豚肉ローストはコンフィしたように味が染みていて、そこにマッシュルームのソテーも同量で重ねられ、唐辛子入りの玉ネギソースと生クリームがかかり、食べ進むごとに食欲が刺激された。ベジタリアンサンドは、シェーブル(ヤギ乳)のチーズに、ポロネギのグリルとクレソンで白とグリーンのヘルシーな色合いなのに、旨味がじわじわと口内に広がった。グリーントマトのジャムが塗られていて、それ自体はとても優しい味わいだったけれど、陰の立役者な気がした。
ジャガイモと玉ネギたっぷり!スペイン風オムレツサンド。
その翌週に登場したジャガイモ入りオムレツサンドは、この店で食べたサンドイッチのなかで、オリジナリティが最も控えめだったかもしれない。ジャガイモと玉ネギたっぷりのスペイン風オムレツは、表面には焼き目をしっかりつけ、中はしっとりの焼き加減で、それを2cmほどの厚みに切り、挟んでいる。アイオリソースとスリラチャ(スイートチリ)ソースがダブルでかけられて、結構パンチのある味だ。知らない味はどこにもないのに、何かが気になって、もう一度食べてみたくなった。
そしてふた口目でその謎が解けた。オムレツにごろごろ入ったジャガイモが、皮つきなのだ。なめらかさに紛れる異物感。それが、何とも言えない小気味良いアクセントとなっていた。噛むたびに、シャキッと音を立てるとともに、土臭い尖った苦味を放つ。おかげで、飽きがこない。もしジャガイモの皮が剥かれていたら……と想像した。もっと輪郭のぼやけた味なのではないかなぁ。
創意工夫がそこかしこにみられる『シャンスー』のサンドイッチで、忘れてはならない存在にジャムがある。グリーントマト、りんご、こけもも、などなど。店で売られる果物や野菜は、少し勢いがなくなるや、ジャムやピクルスへと姿を変える。それらが実にいい仕事をしている。特にベジサンドでは、それらの穏やかな酸味や甘味が必要不可欠な脇役として持ち味を発揮していて、新たなジャムにサンドイッチを介して出会うたびにジャムを買っていたら、いつしかコレクションのようになってしまった。