真似をしたくなる、サンドイッチ
フリカッセ、パストラミサンド、フライドチキンサンド……。
異国情緒なサンドイッチたち。真似をしたくなる、サンドイッチ Vol.16May 02, 2022
サンドイッチをこよなく愛するパリ在住の文筆家、川村明子さん。『&Premium』本誌の連載「パリのサンドイッチ調査隊」では、パリ中のサンドイッチを紹介しています。
ここでは、本誌で語り切れなかった連載のこぼれ話をお届けします。
今回は、本誌No102に登場した『ケルン』で惜しくも紹介できなかったサンドイッチの話を。
フランスの食に、別文化の味を融合させた、新たなサンドイッチ。
新しいサンドイッチを発見するたびに、パンの受け皿の広さに驚き、無限の可能性を感じる。そして、パリだからこそ、実感する恩恵かもしれないなぁと思う。
最近、朝9時前後からオープンし、夕方には店を閉める店が、随分と増えた。ほとんどがコーヒーショップを兼ね、午前中とランチタイム後は焼き菓子を販売するが、ランチに出す食事にその店のカラーが出る。サンドイッチはその筆頭だ。内容はバラエティに富み、ハムやチーズが具になっているオーソドックスなフレンチテイストは、それほど見かけない。
従来のスタンダードな営業時間ではない店を経営するのは、たいてい、30代前後の若い世代だ。それがかなりの割合で、「自分はフランス生まれだけれど、お母さん(もしくはお父さん)は、どこどこの人」と異文化圏の血を受け継いでいる。もちろん世代もあるだろうが、その影響もあってか、彼らは、出自とは異なる食文化に対してとてもオープンな印象を受ける。そして、自然な形で、フランスの食に、別の文化の味を融合させる。
本誌No98で紹介した『べ・べ・テ』から数十メートル先に、『ケルン』というコーヒーショップ兼サンドイッチ店が2021年11月にオープンした。白い壁にステンレスのカウンターが奥にのびる店内は、東京かベルリンかコペンハーゲンにでもありそうな雰囲気で、きっちりした直線と角が印象的だ。入り口のガラス戸に貼られたメニューを見ると、パストラミサンドにエッグ&チーズサンドなどのかわいい写真が並んでいる。最も私の目を引いたのは、"フリカッセ"だ。ユダヤ系かな?と思っていたところに、チュニジアが登場した。
フリカッセは、揚げパンに具を挟むチュニジアのサンドイッチ。私は、その存在は知っていても、まだ現地に赴いて食べたことがない。チュニジア方面の店ならばシャクシュカ(ピーマン、パプリカ、トマトをポワレし最後に卵を落として仕上げる北アフリカ発祥で中近東でもポピュラーな料理)がつきものなイメージがあるけれど、『ケルン』のメニューの成り立ちに興味を抱き、頭の中に地図を描きながら、まずは、フリカッセを食べてみたいと思った。
テイクアウトをして箱から出すと、サンドイッチは潰れることなくふっくらとしてボリュームを維持していた。フリカッセでは王道らしいジャガイモとツナとゆで卵の組み合わせ。幸いにも家だったから、誰の目も憚らず大口を開けて齧り付いた。どうしたってこのユニットはおいしいよねぇと感心してしまった。ツナがオイル漬けではないようで、意外にさっぱりしている。レモンの塩コンフィも効いていた。
すぐに再訪して、今度はパストラミサンドをイートインした。切り方が上手なのかふわっふわっと空気を含むように挟まれ、日本の食パンがロール状になったような食感のパンと一体感を生んでいた。きゅうりのピクルスのグリーンとパストラミのピンクも相まって、見た目もかわいらしい。ハードな印象を持っていたパストラミサンド像が、ここでは違うものだった。
子どもの頃のお弁当を思い出す、フライドチキンサンド。
「フライドチキンサンドもおすすめ」と言われたものの、この店のメニューを見る限り、私の中でのフライドチキンサンドに対する優先順位は、正直なところ、3番目以降だった。その直前に他の店でもフライドチキンサンドを食べていたし、オリジナリティ度が低そうに思えたからだ。
でも、食べてみて、即座に「あ〜、ごめんなさい」と考えを改めた。やはり食べてみないことにはわからない。
大きなチキンの塊がどどんと挟まれているだろうことを想定していたら、『ケルン』のフライドチキンは、子どもの頃のお弁当に入っていた鶏の唐揚げくらいに小さかった。とても意外だった。それがいくつも詰まっていた。ソフトなパンには、その小粒の唐揚げがピッタリだった。ナイフとフォークの文化圏において、フライドチキンが、お箸で食べることを想定した日本の鶏の唐揚げサイズで出てくることはあまりないと思う。些細なことかもしれないけれど、私はこの細切れフライドチキンに、新鮮な驚きを得た。
子どもの頃のお弁当に入っていた鶏の唐揚げを思い出させたフライドチキンは、シェフのデルフィーヌにとってはシュニッツェル(仔牛や鶏など白身の薄切り肉にパン粉をはたき揚げ焼きした料理。オーストリアや東欧、イスラエル、トルコなどで食される)だった。彼女は母方がアシュケナジ(北・東ヨーロッパのユダヤ人)だそうで、シュニッツェルは馴染み深い料理だ。それを聞いて、小さく食べやすいフライドチキンが、優しくて、とても家庭的な味わいだったことに納得した。
自家製マヨネーズにケッパーとケッパーのつけ汁を合わせてより軽やかに仕上げた、上にたっぷりかかった白いソースは、刻んだネギとも、酸味も甘味もマイルドなきゅうりのピクルスとも相性抜群で、子どもも好きそうな味だなぁと思った。
フリカッセがメニューにあるのは、共同経営者がチュニジア系だからと言っていた。それぞれの出自をもとに作るサンドイッチを出す『ケルン』の店名は、デルフィーヌの母方の苗字をつけたらしい。オープン当日までお母さんには店名を教えず、住所だけを知らせて、来てびっくりのサプライズにしたと教えてくれた。