真似をしたくなる、サンドイッチ
フランスの家庭的な味わいを。
田舎風パテサンドに、ひよこ豆のコロッケサンド。
真似をしたくなる、サンドイッチ Vol.15April 01, 2022
サンドイッチをこよなく愛するパリ在住の文筆家、川村明子さん。『&Premium』本誌の連載「パリのサンドイッチ調査隊」では、パリ中のサンドイッチを紹介しています。
ここでは、本誌で語り切れなかった連載のこぼれ話をお届けします。
今回は、本誌No101に登場した『ギャルニ』で惜しくも紹介できなかったサンドイッチの話を。
最近、「家庭的な味わいだなぁ」と感じるサンドイッチに出合う機会が増えた気がする。もしかしたら、たまたまかもしれない。でも、前回登場した『ブロークン・ビスケッツ』のホットサンドに続き、今回紹介する『ギャルニ』のサンドイッチも、温かみがあり、どこか懐かしさを覚える味だ。
1年前を振り返れば、レストランは通常営業(店内飲食)が不可能な事態のなかで、許可されていたテイクアウト業務にこぞって乗り出し、まるで皿に盛る代わりにパンで挟んだかに思える、一皿の料理がそのまま具材になったようなサンドイッチがそこかしこに出現していた。その波が過ぎ去って見かけるようになったのは、ハムやチーズなどシンプルな具の、いわゆる"軽食"のスタンダードなタイプだった。そして、レストランで食事を楽しめる状況が戻ってきたいま、食べて気持ちがほぐれるサンドイッチに立てつづけに出合った。
フルーツケーキのように芳醇な、パテ・ド・カンパーニュ。
初めて『ギャルニ』を訪れたときに、サンドイッチのメニューを見てまず目に留まったのは、パテ・ド・カンパーニュだった。いつから見ていないだろう? と思った。パテ・ド・カンパーニュが挟まれたサンドイッチの存在を、そのもの自体も、はたまたメニューでも、久しく目にしていない。だいたい、私が、パテを挟んだサンドイッチを最後に食べたのはいつだったろうか? はっきりと思い出せないほどなのに、以前は馴染み深かったその味を、舌は記憶していた。口の中に蘇った味を確かめたい気持ちが芽生えて、パテサンドを買うことにした。
家に持ち帰り、包みを開くと、予想に反する色あざやかなサンドイッチが姿を現した。南フランスのどこかの庭先のような、太陽の光を感じさせるパッとした明るさに驚いた。"パテ・ド・カンパーニュ=田舎風パテ"は、一般的に、色がとても地味だ。茶色とグレーが混ざり合い、土や石を思わせ、華やかさとは対極にある。食べてみると、果たして、フルーツケーキのように芳醇だった。粗挽き肉とレバーの土台に、アプリコットとプルーン、レーズン、ヘーゼルナッツをふんだんに混ぜ込んでいて、力強いと同時に香ばしくみずみずしい。切り方も大きなポイントに思えた。2.5〜3cmの大胆な厚みが、気取りのない味わいと、ふくよかな食後感を作り出している。
最初は持ち帰りをしたのだが、メニューのなかには店内で食べたいものがあったから、すぐに再訪した。「クロック・ギャルニ」と名付けられたホットサンドだ。ベースはクロック・ムッシュと同じで、ハムとチーズとベシャメルソース。そこに、スライスした菊芋のローストと、マッシュルームのポワレ、それにルッコラが野菜勢として加わり、大抵チーズはエメンタールかグリュイエールのところ、ラクレットが使われていた。甘酸っぱいオレンジ色のソースも入っている。2回目に食べたときには、チーズがブリヤ=サヴァランに変わっていた。それで、思った。
"家でクロック・ムッシューを作ろうとして、たまたま冷蔵庫にあったチーズを使い、ついでに残っていた野菜も加えたらこうなったのだけど、それが思いのほかおいしかった!"なんてエピソードがついて来そうなホットサンドだなぁと。フランス人の誰かの家で出てきそうな、とても家庭的な味に思えた。
そんな気持ちで支払いをするために会計カウンターに行き、改めてそこにあったメニューを見たら、ベジタリアンのためにと用意されているファラフェル入りのサンドイッチを、ふと食べてみたくなった。ファラフェルは、言い換えれば、「ひよこ豆のコロッケ」だ。レバント地方発祥で、フランスではとてもポピュラーなコロッケを具材にしたそのサンドイッチは、きっと他の店では食べたことのない、温かみのある味なんじゃないかと思ったのだ。
フレッシュミントとディルがたっぷり。ひよこ豆のコロッケサンド。
食べてみたら、それは、まさに、コロッケサンドだった。ピタパンに詰める、いわゆるファラフェルサンドのイメージとは全然違う、日本のコッペパンでつくるコロッケサンドの方がずっと近い印象だ。決め手は、ファラフェルを潰してから挟んでいることかもしれない。食べやすさを考慮しての、この1アクションが、ファストフード的ファラフェルサンドを、一気に手づくり感のある惣菜に変容させている。フレッシュミントとディルがたっぷりの、レモンを効かせたヨーグルトソースが十分にオリエンタルな味を演出する役割を担った、自分のバックグラウンドにはないサンドイッチなのに、親しみの湧く、懐かしささえ覚える味だった。
ハンバーガーが流行り出した10年前には、ハンバーガー用のパンと認識されていた"バン"が、"バン・ブリオッシュ"とも呼ばれるようになり、ブリオッシュ生地をアレンジしたサンドイッチ用のパンとしてすっかり定着した。そのことで、パリにおけるサンドイッチのバリエーションが随分と広がったなぁと思う。そして、その広がりには、まだとどまる気配がない。
さて、パリのサンドイッチ。この先、どんな方向に向かうのだろう?