真似をしたくなる、サンドイッチ

こってりプルド・ポーク×夏野菜満載のカポナータ。
甘みと塩気が絶妙なオープンサンド。真似をしたくなる、サンドイッチ Vol.8August 25, 2021

サンドイッチをこよなく愛するパリ在住の文筆家、川村明子さん。『&Premium』本誌の連載「パリのサンドイッチ調査隊」では、パリ中のサンドイッチを紹介しています。
ここでは、本誌で語り切れなかった連載のこぼれ話をお届けします。
今回は、本誌No94に登場した『トラム』で惜しくも紹介できなかったサンドイッチの話を。

具材を分析した精巧なスケッチを毎回ご紹介。今回登場するのは、プルド・ポークのタルティーヌ。
具材を分析した精巧なスケッチを毎回ご紹介。今回登場するのは、プルド・ポークのタルティーヌ。

忘れられない、あの夏のクロック・ムッシュー。

たしか2003年だったと思う。カフェに行けば、猛暑で「冷蔵庫がまともに機能しない」と、サービス係の嘆きを毎度耳にした夏、私はチェキを持ってクロック・ムッシューの食べ比べに精を出していた。そのときによく見かけたのは、老舗パン屋『ポワラーヌ』のパン・ド・カンパーニュを売りにしたタルティーヌ(=オープンサンド)だった。当時フランスでは、食パンといえば、すでにスライスされ、袋詰めでスーパーの棚に並ぶ工場生産品が主流で、カフェで出される食パンを使ったクロック・ムッシューには、スーパーの売り場でも鼻につく、袋詰めパン独特の酸味を感じた。どこのカフェにもクロック・ムッシューはあれど、おいしいクロック・ムッシューはとても少ない。その夏から長らくそう思っていた。

リピート必須のクロック・ムッシューに出合ったのは、2013年の夏。デパート『ボン・マルシェ』から徒歩で7、8分のところにオープンしたカフェ『トラマ』でだ。食パンで作られるクロック・ムッシューでおいしい店のものは、どれも薄切りだったのに、ここでは1.5cmほどの厚みにスライスされていた。それに、弾力のある生地で噛みごたえもある。聞けば、卸し専門のブーランジュリー『プージョラン』のもので、ベシャメルソースを挟まず、チーズの風味が濃厚な、けれどくどさの無いクロック・ムッシューは、チーズとハムとパンがトリプル主役のようなおいしさだった。ところが『カフェ・トラマ』は閉店してしまい、私は嘆いた。

それから2年を経て、今年の4月。カフェ『トラマ』は、6区から5区へと場所を移し、本屋さんを併設した『トラム』として、生まれ変わった。オーナーのマリオンとポールは健在で、厨房では、『トラマ』時代と同じように、かつてひとつ星レストランのオーナーシェフだったマリオンのパパが腕を振るう。そして、常連客たちの期待に応じ、メニューもほぼ同じで復活、大好きだったクロック・ムッシューも名を連ねていた。(こちらについては、ぜひ本誌をご覧ください)。

本誌No94で紹介したクロック・ムッシュー。この焼き色には抗えない。
本誌No94で紹介したクロック・ムッシュー。この焼き色には抗えない。
『トラム』オーナーのマリオンとポール。「今日の服、二人で合わせてきたの?」と私が聞いたことで、ほぼシンクロしていることに気づいた二人。息はピッタリ。
『トラム』オーナーのマリオンとポール。「今日の服、二人で合わせてきたの?」と私が聞いたことで、ほぼシンクロしていることに気づいた二人。息はピッタリ。
移転した先は、映画『ミッドナイト・イン・パリ』で重要な舞台となっている教会(とその階段)から50メートルほどのところ。
移転した先は、映画『ミッドナイト・イン・パリ』で重要な舞台となっている教会(とその階段)から50メートルほどのところ。

そう、メニューはほとんど以前と変わらぬままだったのだが、ひとつ、新顔が混じっていた。プルド・ポークのタルティーヌ。

この連載のVol.3でも紹介したけれど、プルド・ポークは、"料理サンドイッチ"を出す店でちらほら見かける具材だ。ただ、思い浮かぶものはホットドッグのような形態か、食パンタイプのソフトなパンで挟んだサンドイッチで、タルティーヌ(=オープンサンド)はまだ見たことがなかった。「おそらくハード系のパンが土台だよなぁ」と想像して、早く確かめたい気持ちになった。メニューには、野菜のコンフィも併記されている。軽やかな仕上がりの料理が多いこの店で、こってりの一皿ならば、それは食べてみたい!とさらに興味が湧いた。

10種類以上の夏野菜がのった、「プルド・ポークのオープンサンド」

甘くこってりな味付けのプルド・ポークに夏野菜満載のカポナータの組み合わせで、ボリュームたっぷりな見た目に反し軽やかな食べ心地のタルティーヌ。
甘くこってりな味付けのプルド・ポークに夏野菜満載のカポナータの組み合わせで、ボリュームたっぷりな見た目に反し軽やかな食べ心地のタルティーヌ。

そして、爽やかな夏の風が気持ちいい7月のある日、食べに出かけた。
出てきたタルティーヌはボリューム感満載で、パッと見ただけでも10種を優に超える素材が見て取れた。添えてあるものと思っていた野菜のコンフィは、タルティーヌの具材として盛られているようだ。宝の山を崩さぬまいとするかの慎重さで、フォークの先で少しずつ肉の繊維をほぐしながら切り取りやすそうな一角を探り、ナイフを当てた。パンの表皮の香ばしさが伝わってくる。

ひと口目にまず、できる限り全部の具を、満遍なく頬張りたい!その一心でひと口大に切ったパンの上に盛り付け、かぶりついた。と、予期せぬ味の広がりに、改めて具の山をフォークで探る。ナス、ピーマン、玉ねぎ、松の実に、緑と黒のオリーブ。フランス語で「野菜のコンフィ」と書かれていたのはカポナータだった。甘みのしっかりついたプルド・ポークが、カポナータと合わさることでいきなり夏の味になっていた。さらに、オリーブの塩気が、こってり味をきりっと引き締め、全体的にさっぱりとした印象に変換させている。

他にも何か、南仏を思わせる味を感じて、今度は舌で探り当てようと口の中に意識を集中した。アンチョビが潜んでいる気がするなぁ……。控えめに、ところどころハーブにかかっているピストゥソース(ニンニクとバジル、オリーブオイルをあわせて作る)に入っているのかも、と、ちょうど厨房から出てきたシェフに聞いてみると、そうだと言う。本当にほんの少しだけ加えている、と。

甘さと酸っぱさが同じくらいの強さでとても食べやすい赤タマネギのピクルスと、酸味がプチっと弾けるスグリの実の存在も大きかったと思う。ハード系の、生地が白くないパンが土台だったことも、おなかへの負担を軽くしていたのだろう。最初、出てきた皿を見たときには、「これは相当おなかいっぱいになるぞ」と少し身構えたのに、実際の食後感は、クロック・ムッシューよりもずっと軽くて驚いてしまった。それで、思わず、食べるつもりのなかったデザートも注文したほどだ。

前はクロック・ムッシューを目当てに出かけていたけれど、夏のバカンスが明け、最初の再訪は、このタルティーヌを頼むかもしれないなぁと今から迷っている。

カウンターの上に設えたランプシェードは、前の店『カフェ・トラマ』で付けていたものと同じモデルにした。「常連さんたちが、場所は変わったけれど、馴染みの店に“帰ってきた”ような気分になれるように」
カウンターの上に設えたランプシェードは、前の店『カフェ・トラマ』で付けていたものと同じモデルにした。「常連さんたちが、場所は変わったけれど、馴染みの店に“帰ってきた”ような気分になれるように」
ケーキも全て、マリオンのパパが焼いている。芋ようかんを少し柔らかくしたような質感の栗の粉のケーキ、fondant chataigneが私は大好きです。
ケーキも全て、マリオンのパパが焼いている。芋ようかんを少し柔らかくしたような質感の栗の粉のケーキ、fondant chataigneが私は大好きです。

『Tram』

47 rue de la Montagne Sainte Geneviève 75005 ☎︎01-87-03-94-86 9:00~19:30 日月休 クロック・ムッシューはサラダ付き。
47 rue de la Montagne Sainte Geneviève 75005 ☎︎01-87-03-94-86 9:00~19:30 日月休 クロック・ムッシューはサラダ付き。


文筆家 川村 明子

パリ在住。本誌にて「パリのサンドイッチ調査隊」連載中。サンドイッチ探求はもはやライフワーク。著書に『パリのパン屋さん』(新潮社)、『日曜日は、プーレ・ロティ』(CCCメディアハウス)などがある。Instagramは@mlleakiko。Podcast「今日のおいしい」も随時更新。朝ごはんブログ再開しました。

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