真似をしたくなる、サンドイッチ
どうしたっておいしい! チーズとマッシュルームが絡み合う、パリ『エズ』のサンドイッチ。December 10, 2024
サンドイッチをこよなく愛するパリ在住の文筆家、川村明子さん。『&Premium』本誌の連載「パリのサンドイッチ調査隊」では、パリ中のサンドイッチを紹介しています。
ここでは、本誌で語り切れなかった連載のこぼれ話をお届け。No47となる今回は、本誌No133に登場した『エズ』で惜しくも紹介できなかったサンドイッチの話を。
クロック・ムッシュは、私にとって、とても引きの強い食べ物だ。
見ると食べたくなるもの、あるいは、メニューにその名を見つけると頼みたくなるものって誰にでもきっとあるのではないかと思うけれど、私の場合、クロック・ムッシュには好奇心と探究心が加わって「食べておかないと!」という気持ちになる。「食べたい」「食べてみたい」の向こう側だ。それはもう条件反射のような感じで、だから食べる機会も多い。用いる素材の数は少ないのに、作る人や店によってちょっとずつ違いがあるから、初めての店で食べるたびに「ほぉ〜」と楽しくなる。
個人的なチェックポイントとしてまず最初に着目するのは、ベシャメルソース(ホワイトソース)が加えられているか否か。というのも、若かりし頃、フランス人の知人宅で簡単にランチにしようというときに、冷凍庫から作り置きのクロック・ムッシュがいくつも出てきたことがあった。そのときの私には、クロック・ムッシュをまとめて作って冷凍する、なんて発想がなかったから、えらく感動した。「冷凍している餃子あるよ!」じゃなくて、「クロック・ムッシュあるよ!」って私もやりたい。そして、それがベシャメルソース入りだったのだ。軽食ながら、より温かな食べ物になる気がして、以来、カフェで見つけて食べるときにも、ぺシャメルソースが入っていると、「ちゃんと作られているなー」などと思っていた。
ある時訪れた「クロック・ムッシュ指標」の変革。
それが、経験も年齢も重ねて好みが変化したのだろうか。あるとき、ベシャメルソースが入っていないクロック・ムッシュに、舌の記憶が占拠された。本誌連載『サンドイッチ調査隊』を始めた当初のことだから、今から6年くらい前。それまでにも、クロック・ムッシュを食べに行くのはここ、という店は何軒かあったのだけれど、その店の至極シンプルな一品は、食べたあとの余韻が群を抜いていた。数日後、鮮明に風味が口の中に蘇って、どうしてもまた食べたくなってくる。ランチタイムのみの営業で試したことはないけれど、赤ワインを欲する味だった。残念ながら、その店はなくなってしまい、今はもう食べられない。ただ、その出合いが、私のクロック・ムッシュ指標を変えた。
匂いだけで、前菜になりそうなくらい。
それから数年。あの感覚が再来した。モンマルトルの丘の中腹にオープンしたサンドイッチ店『ビュッフェ・ロカル』で、クロック・ムッシュをテイクアウトした日。店を出て坂道を上り、さらに上へと続く階段の脇に座れる場所を見つけて紙袋を開くと、閉じ込められていた!といわんばかりに、力強い風味が飛び出してきた。味が決まってる、と感じた。その匂いだけで前菜になりそうだった。コンテチーズとハムだけのシンプルな構成で、すぐさま大好きになった。ベシャメルソースが入っていない場合、チーズが何かで味の印象が変わる。いつしか、折に触れ思い出すようになった。
ちょっと違うのは、パン。
しばらくすると、店名が『エズ』に変わっていた。店主は健在で、以前と同じようにサンドイッチを作り、今は、パン職人の相方がいる。使われるパンは、すべて店で焼かれるようになった。クロック・ムッシュもメニューに書かれている内容は変わっていない。でも実は、パンが前とちょっと違う。粉はパン・ド・カンパーニュの配合で、食パン型で焼き、さらにそれをスモークしている。見た目に変化はわからないのに、食欲を刺激する香りが密やかにパワーアップした。
じっくり焼かれたグリルドチーズサンド。
すっかりクロック・ムッシュに気を取られていたら、「グリルドチーズサンド食べたことあったっけ?」と店主に聞かれた。「ない」と答えると、「おいしいよ」と彼は言った。その潔い言い方に、おいしいのだろうと思った。すっかり気温が下がり初雪が降った翌日、今度は、グリルドチーズサンドを目当てに出かけた。
注文をして待っているあいだ、ベーコンを焼いているような匂いが漂ってきた。業務用オーブンではブリオッシュが焼かれているけれど、地下にある燻製器で何かスモークしているのかなと思いながら、出来あがりをコーヒーを飲みながら待った。サンドイッチ用グリル器でとてもじっくり焼くのだ。それもまたおいしさを作っているのだろう。焼こうと思えば、すでに加熱しているオーブンでも焼けるのだから。
グリルドチーズは、クロック・ムッシュと同じく、焼かれたままの姿で出てきた。真ん中にナイフを刺し、半分に切り分けるようにするとチーズが湯気を立てて流れ出て、青ネギが鮮やかだ。かじりつくと、先ほどベーコンだと思っていた香りがした。あれは、パンを燻した香りだったのだ。暖炉があるわけでも、暖炉で焼いたわけでもないのに、暖炉の前で食べているかの気分になった。
火が通り過ぎていないマッシュルームの汁とチーズの混ざり具合に、こりゃどうしたっておいしいよねと頷きながらも「決め手はこれだな」と思ったのは青ネギだ。ポロネギとブルーチーズの組み合わせは好きで自分でもよく作るのだけれど、いつも白い部分を使う。それを店主に伝えたら、最初はチャイブを加えていたのだそうだ。それがある日、手に入らなくて、店にあった新玉ネギの青い部分で代用したら、思いのほかおいしかった。結局、そっちが気に入ってしまい、青ネギを使うようになったと教えてくれた。