FOOD 食の楽しみ。
とびきりのケーキと熱々の紅茶。これぞ、アフタヌーンティーの決定版。東京・麻布十番『JURI’S TEA ROOM』。April 19, 2025
ベテランフードライター、P(ぴい)さんが教えてくれた、とっておきのおやつに出合える店。2025年4月10日発売の特別編集MOOK「おいしいPレミアム通信」より、特別にWEBでも公開します。
巷では〝ヌン活〞なるものが流行中とか。アフタヌーンティー活動のことらしい。英国で名を馳せた『ジュリス ティールーム』が東京に降臨。本場のティータイムを味わおう。


午後のひととき、優雅にお茶を楽しむ。
さて今日は、みなさまを英国のカントリーサイドにある小さなティールームにお連れしたい。その英国は、東京は麻布十番のビルの2階にある。名は『ジュリス』。ここでは、宮脇樹里さんと父・巌さんによる、〝本場〞の〝本物〞のアフタヌーンティーが味わえる。
なぁんだ、英国じゃないのね、と思いました? 実は、この店、英国からやって来た、すんごい店なのである。
2008年、英国人の心の故郷、観光地として名高いコッツウォルズにある一軒に、世界のスイーツファンの憧れの眼差しが集まった。英国紅茶協会が毎年選ぶ「UKトップ・ティー・プレイス」賞を、英国以外の外国人として初めて、日本人が手がける店が受賞したのである。おいしい紅茶はもちろんのこと、おいしいティーフーズ、雰囲気、接客といった、すべてをクリアした
店のみに与えられる栄誉ある賞だ。以来、2016年の英国店閉店まで選ばれ続けた、英国のトップ・オブ・トップのティールームである。その店が麻布十番にやって来たのだから、さぁ大変!である。
あれ、それって、日本橋三越本店にある店じゃないの?と思ったあなたへ。実は、2017年の開店以来、人気を博していたのだが、2022年6月をもって閉店。その少し前の3月に、麻布十番に樹里さん親子が〝直接〞手がける店がオープンしていたというわけだ。
決して広くないティールームには、何ともいえない気品が漂う。少し高くなったキッチンでは、コックコート姿の樹里さんがサンドイッチやケーキを作り、盛り付け。フロアではギンガムチェックのシャツを着た(お決まりらしい)巌さんが注文をさばき、紅茶を淹れる。時折、小さな声で、親子らしく、言いたいことを言い合いつつ、仕事は進んでいく。近頃、巷ではヌン活なる〝アフタヌーンティー活動〞が流行中という。そんな流行とはまったく関係のない、ゆったりした空気が流れる。
なぜ、この親子がティールームを、それも英国で開くことになったのか。
樹里さんが高校のとき、父の仕事の関係で一家はロンドンへ。母はカントリー・ライフに憧れ、幾度となく家族でコッツウォルズに足を運んでいた。その後、転勤に伴い、両親はNYへ。樹里さんは英国に残ってスコットランドで大学生活を続けていた。
休暇で両親のもとに行ったとき、母がハマっていたテレビ番組が、『マーサ・スチュアート・リビング』(マーサは、おしゃれなライフスタイルを提唱するカリスマ主婦だった)。一緒に見ながら、料理とお菓子を学びたいと思うようになった樹里さんは、世界一の料理大学CIAに進もうと決心する。ところが、ビザの関係で入学が叶わず、ロンドンに戻り、ル・コルドン・ブルー・ロンドン校に入学。卒業後、人気シェフ、レイモンド・ブランがオックスフォード郊外に開いたマナーハウスのオーベルジュで研修。女性ひとりだったが、小屋のような家に住んで睡眠時間2時間で頑張った。2000年のことだ。
そこに、NYから両親が訪ねてきた。やはりカントリーサイドはいいということで、そのマナーハウスがあったグレート・ミルトン村で家を買うことに。半年後、父は退職し、購入した家でゲストハウスを始める。そして2003年、コッツウォルズの小さな田舎町ウィンチカムで『ジュリス ティールーム』を開店する。
それから、樹里さんの試行錯誤が始まる。英国人が心からおいしいと思える味の、あくなき追求である。「お客様に喜んでもらいたい一心で、カフェはもちろん、スーパーで売られているものから家庭で作るお菓子まで、ともかく食べて歩いて、イギリスの人たちが好むのはどんなお菓子か、探し求めました」と、樹里さん。完璧を求めて、努力に努力を重ねた。最初は、料理学校で学んだフランス菓子との違いに驚いたという。「でも、英国のお菓子の表現を素直に受け入れることが必要でした」
たとえば、みんな大好き、ヴィクトリアケーキ。三越で食べたお客様から、「何日前に作ったの? ぼそぼそモロモロしてておいしくない」と、言われたそう。実は、そのモロッ、ホロッとした食感こそ、樹里さんが苦労して生み出した、英国菓子ならではの食感だった。「帰国してからは、日本で手に入るいろんな粉を何十種類も試して、やっと英国と同じ食感に辿り着きました」。妥協せず、徹底して取り組むのが樹里さんの創作姿勢だ。
逆の例だが、ウィンチカムの『ジュリス』では、週末に日本スタイルのショートケーキを出していたという。日本人の観光客が喜んで食べる姿を見て、イギリスの人たちは、「何、あのフワフワなケーキ」と好奇の目で見たそうだ。そのうち、「すっごくおいしい♡」となって、瞬く間に人気になったのだという。
さて、話は少し戻るが、2013年、愛してやまなかった母が急逝する。この悲痛事は父と子に大きな影を落とす。悲しみの中、気力で仕事を続けていたが、極度のストレスから樹里さんは体調を崩し、店を閉めて、しばらく日本で療養することに。
悲しみを遠ざけるために英国を離れたにもかかわらず、思い出すのは、母とともに暮らしたコッツウォルズのことばかり。ウィンチカムに戻りたい。母もきっとそれを喜んでくれるに違いない。強くそう思うようになった。やがて、1年半の閉店を経て、ティールームを再開。すると、告知もしていなかったのに、大勢の人たちがお祝いに駆けつけてくれた。ウィンチカムの人々の温かい支えで、ようやく父子は前向きになれたのである。2017年、完全帰国。
そして現在。日本の英国好き、紅茶好き、スイーツ好きは、大喜びだ。巌さんのスマートなサービスと丁寧な解説付きでいただくアフタヌーンティーには、何ともいえない安心感が漂う。樹里さんの英国菓子研究は今も続く。「伝統のお菓子そのままではなく、何か私らしいひとひねりを加えたい。ただし、『それってイギリスのお菓子といえるの?』と常に厳しく自問しながら、です。喜んでいただけたら嬉しい」
ゆとりができたら、英国料理も登場するかもしれないとのこと。楽しみすぎます。
東京都港区麻布十番2‒14‒4 エタニティ麻布十番2F ☎03‒6381‒7685 木14:30~17:00 金11:30~17:00 土日11:30~17:30 月火水休 アフタヌーンティーは要予約。日によって替わるが、どのお菓子も素朴な中に卓抜した技術を感じる。

写真/木寺紀雄、文/P(ぴい)
ライター 渡辺 紀子
