MOVIE 私の好きな、あの映画。
「何でもない日常に、〝物語〞を 見つけるピュアな心」。漫画家・高妍さんが語る、濱口竜介が教えてくれたこと。December 23, 2024
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1978年、神奈川県生まれ。5時間17分に及ぶ長編『ハッピーアワー』(2015年)では、演技経験のなかった主人公4人が第68回ロカルノ国際映画祭にて最優秀女優賞を受賞。’18年には、柴崎友香による恋愛小説『寝ても覚めても』を映画化。『ドライブ・マイ・カー』(’21 年)で第74回カンヌ国際映画祭にて日本映画初となる脚本賞を受賞した。同年には『偶然と想像』で第71回ベルリン国際映画祭銀熊賞などを受賞。最新作は、長野県の自然豊かな高原で暮らす親子の生活の変化を描いた『悪は存在しない』(’23年)。近著に『他なる映画と1・2』(インスクリプト)。
ささやかな日々を、つぶさに見つめる眼差し。
「濱口竜介さんの作品との初めての出合いは、台湾の映画館で観た『偶然と想像』でした。役者さんが演じているのではなく、本当にありのままで過ごしているような〝ドキュメンタリー感〞に圧倒されて、これも映画っていえるんだと大きな衝撃を受けました。それから『ドライブ・マイ・カー』『ハッピーアワー』『寝ても覚めても』、初期に手がけられた『親密さ』など、過去の作品を遡ってハマっていきました」と語るのは、漫画家の高妍(ガオイェン)さん。高さんによれば、濱口さんのすべての映画に共通するのは、日常の生々しさを捉える、独特の目線だという。『偶然と想像』は、偶然をテーマにした3作品からなるオムニバス。第一話「魔法(よりもっと不確か)」は、親友が運命的な出会いをしたと語るその相手が、自分の元恋人と知った女性の話。「結ばれるであろう二人を残してカフェを後にした主人公が、ふと見上げた空をスマホで撮影する最後のシーンが、とても印象的でした。あぁ私もこういうことするなって。急に日常に戻っていく空気感を伝えるのに、こうやって切り取るのかというのが面白かった」
『親密さ』は、俳優たちが新作舞台を作る過程を描いた前編と、その舞台の上演を記録した後編からなる約4時間の大作。「前編で登場人物たちの関係性も理解した上で、後編を観ると、よりドキュメンタリータッチで、本当に実在する人たちの記録を映しているかのよう。言葉づかいも自然で、いい意味で台詞っぽくない、ただ普通に会話しているみたいなんですよね」
主人公に演技経験のない裏方を抜擢した『悪は存在しない』でも同じことを感じたという。高さんは、なぜその〝ドキュメンタリー感〞に惹かれたのかを、ゆっくりとひもといていく。
「朝起きたときから、私が物語や創作について、考えない瞬間はありません。高校生くらいから半分趣味みたいな感じで続けているのが、街を歩きながら、面白いと感じたり、作品に描きたいと思ったりしたことを、メモする習慣です。現実離れしたファンタジーも素敵だけど、私はやっぱり日常のさりげないシーンにこそ面白さを感じていて、手元に残しておきたい。だから、濱口さんの〝生活感〞のある作品に出合ったとき、強く惹かれたんだと思います。本当だったらこれは映画じゃなくて、もしかしたら誰かのなんてことのない日常だったのかも、と思えるような場面を掬い上げていることに、ひとりの作り手として、勇気づけられたんです」
そして、同時に、その目線に、共感も覚えた。
「これは私の想像でしかないですが、濱口さんもきっと『日々の記録』が好きで、生活の中のすごくささやかなところを、純粋な心でつぶさに見つめて、いつでも物語を見つけられる人なんじゃないかと感じたんです。私の人生が物語を作ることから切り離せないことを考えたら、そのピュアな心は、とても大切なもの。濱口さんの映画を観ると改めて、私もふつうの日常を、描いて、読者を驚かせたいと強く思えるんです」
高さんが描くのは、あくまでも自分の経験から着想したこと。嬉しかったこと、辛かったことを糧にして、ある種、「栄養」をもらって、まったく別の形として新たな作品に昇華していく。「そうやって自分を救っていると同時に、同じように日々葛藤を抱く人たちの心も晴らせるのではないでしょうか。私にとっては濱口さんの作品がそういう存在。些細な日々を〝記録〞した映画は何度観ても、いつ観ても、その時々で違うインスピレーションをくれるのです」
高妍 Gao Yan漫画家
1996年、台湾・台北生まれ。村上春樹の『猫を棄てる 父親について語るとき』(文藝春秋)で表紙画と挿絵を担当。2022年『緑の歌‒収集群風‒』(ビームコミックス)で漫画家デビュー。『月刊コミックビーム』にて「隙間」連載中。
photo : Collection Christophel / AFLO