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夢と現実を旅するように。音楽家・青葉市子さんに、初のエッセイ集『星沙たち、』についてインタビュー。June 18, 2025

夢と現実を旅するように。シンガーソングライター・青葉市子さんに、初のエッセイ集『星沙たち、』についてインタビュー。

夢のかけらを言葉にするということ。

アジア、ヨーロッパ、北米……。世界を巡りながら、音楽を届け続ける音楽家・青葉市子さん。2025年5月に刊行された、青葉さんにとって初めてとなる書籍『星沙たち、』(講談社)は、現在も文芸誌『群像』で連載が続くエッセイの記録。

夢日記のようでもあり、現実のどこかと地続きのようでもある16の章からなる本書には、青葉さんの創作のかけらがそのままの温度で綴られている。

「私はほぼ毎日、夢を見るんです。悪夢のときもあるし、“これって夢?”と思うほど現実に近い夢のこともあります。今日も、飛び起きたあとで “あれ、夢だったのかな? 現実だったのかな?” と思うような、そんな目覚めでした。そういう夢の感触が、いつも音楽制作の糧になっています。2年前にエッセイのお話をいただき、コツコツ書いていくなかで、夢のひとかけらが音楽になるまでの道のりを、改めて振り返ることができました」

日々の夢で見た情景は今でも鮮明に覚えていて、そうした夢の記憶を中学生の頃から書き溜めていたという青葉さん。

「夢も現実も、どちらも確かにあるもの。自分だけの、ぼんやりとした記憶が“夢”だとわかるようになってから、きちんと記録として残すようになりました。自宅の本棚は、これまで書き溜めてきた夢日記でいっぱいです」

音楽制作と、文章を書くこと。どちらも言葉を紡ぐという行為でありながら、その表現のプロセスはまったく異なるものだったという。その違いを自分の体で実感しながら進めていくことはとてもおもしろかったと振り返る。

「音楽を作る時は、まず詩を書いてからメロディーをつけます。そうして曲が生まれていくんです。夢の断片を自分の中でゆっくり咀嚼し、解釈しながら、言葉を煮詰めていきます。そうして、ようやくひとつの言葉が、ぽとんと雫のような形で現れてくれるんです。一方で、文章を書くという作業はもっと荒くて生々しい。どうしてもありのままがにじみ出てしまいます。書いている自分自身もふわっとしていて、うまく伝わるのかなとドキドキしていました。だからこそ、読んでくださる方それぞれが、自分が見てきた夢や記憶と接続できるような、余白を残しています」

夢と現実を旅するように。音楽家・青葉市子さんに、初のエッセイ集『星沙たち、』についてインタビュー。
本書には青葉さんの挿絵やイラストのカラーページも。上のイラストは「海の枕」という夢を描いた1枚。

タイトルの『星沙たち、』という言葉にも、一つひとつの言葉と丁寧に向き合った青葉さんだからこその願いが込められている。

「沖縄の波照間島をはじめ、いくつかの島々を巡ったときのこと。砂浜をじっと見つめていると、無数の“星沙”が敷き詰められていました。私たちが歩けば、ただの砂浜に見えてしまうけれど、一粒一粒は、かつて生きていた生き物やサンゴのかけらなんですよね。私たちの存在も、地球や宇宙というスケールで考えれば、星沙のひと粒のようなものかもしれないと思えてきて。たくさんの人の思いや記憶が流れて、出入りしていく夢とつながっているように感じたので、このタイトルにしました。星沙の“沙”という漢字を、石へんの“砂”にするか迷ったのですが、水にまつわる出来事が、自分の人生にはとても多くて。個体ではなく、もっと流動的に、流れるものとしてのイメージを大切にしたかったので、さんずいの“沙”を選びました。タイトルの最後につけた読点には、あまり言い切りたくない、続いていくものとしての気持ちを込めています」

ページをめくるたび、美しい海に潜っていくような本。

装丁を手がけたのは、ブックデザイナーの名久井直子さん。青い表紙の上には、ラメを加えたジェルがあしらわれるなど、幻想的な世界観が、ブックデザインにも丁寧に映し出されている。

「もともと、名久井さんのお仕事をずっと拝見していて、いつか自分の本を出すことがあったら、ぜひお願いしたいと思っていたんです。色の出し方、紙の手触りなど、名久井さんにすべてお任せしました。内容がぼんやりとしたイメージに潜っていくようなものなので、時間がゆっくり流れていく感覚を意識しました。たとえば、最初の2〜3ページには、徐々に薄くなっていく青色の用紙を挟み、海から砂浜への歩いていく景色が浮かぶようデザインしてもらいました。ページをめくるたびに、夜明けからだんだんと海の世界へ潜っていくような、そんな変化も感じてもらえたら嬉しいです。私が見たものや感じたことのなかで、星沙のようにほんのひと粒でもいいから、誰かに通じるものがあって、その人の道しるべのような存在になれたら嬉しいです。それは、私が作る音楽とも同じ。必要な時に、誰かのもとへ自然に届いてくれたらいいなと思います。タロットカードのようにたまたま開いたページを読んでみたり、後ろのページから楽しんでみたり、自由に読んでほしいですね」

読み進めるうちに、青葉さんの頭の中をそっと覗くことができるような、そんな気持ちにもなれる。夢と現実のあわいが溶けあっていくような読書体験をぜひ味わってほしい。

For Better Life
「ベターライフのために大切にしていることはありますか?」

&Premiumが大切にしている「Better Life(より良き日々)」。それを叶えるためのヒントを青葉さんに聞いてみました。

「直感を信じること」:自分に正直に、無理して我慢しないことを大事にしています。たとえば、今ここに座っているのがどうしても嫌だと思ったら、立ち上がってもいい。日本のシステムの中では、なかなか言い出しにくい場面もあると思うんですけど、自分の声を無視しないこと。それが結局、自分らしい生き方につながると思っています。

Book Information『星沙たち、』

著者/イラスト:青葉市子
装丁:名久井直子
定価:¥2,200(税込)
発行:講談社

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音楽家 青葉 市子

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2010年にソロデビュー。細野晴臣、坂本龍一、小山田圭吾、U-zhaanとのスタジオ・セッションをCD化した『ラヂヲ』(2013年)や、マヒトゥ・ザ・ピーポーとのユニット"NUUAMM"による『NUUAMM』(2014年)、ビートメーカーSweet Williamとのコラボシングル『からかひ』(2018年)などをリリース。2020年には『&Premium.jp』にて写真家・小林光大の写真とともに、エッセイ「Choe」を連載。2021年から海外公演を開始し、数々の国際音楽フェスティバルにも出演。2025年1月にはデビュー15周年を迎え、約4年ぶりとなる新作『Luminescent Creatures』を2月にリリース。同月下旬から開催された〈Luminescent Creatures World Tour〉は、アジア、ヨーロッパ、北米、南米、オセアニアの五大陸で50公演以上にわたるキャリア最大規模のツアーとなった。2023年には、文芸誌『群像』でエッセイの連載をスタート。そこでのエッセイをまとめた初の書籍『星沙たち、』(講談社)を、2025年5月に刊行した。

ichikoaoba.com/ja

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