柴田元幸 — アメリカ文学翻訳者 | & Premium (アンド プレミアム)

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アメリカ文学翻訳者 柴田元幸


May 29, 2020 土曜の朝と日曜の夜の音楽。 今月の選曲家/柴田元幸 vol.5

May.29 – June.04, 2020

Saturday Morning

Title.
I’m a Man You Don’t Meet Everyday
Artist.
The Pogues
いよいよ最後の土曜の朝、誰の声で目覚めたいか考えると、キャット・パワー、サンディ・デニー、リッキー・リー・ジョーンズ等々候補が目白押しなのだが、ここは大穴でケルティック・パンクの雄ザ・ポーグス初期のベーシスト、コート(日本では「ケイト」とも)・オリオーダンにする。ポーグスといえば何といってもシェイン・マガウアンのアイリッシュ喧嘩好き酔っ払い声が肝だが、そのなかに一曲だけ交じったコートの声は拍子抜けするくらい爽やかである。俺はあんたが毎日お目にかかるような人間じゃないぜ金ならたっぷりあるぜさぁさぁ注げよブランディをワインを俺のおごりだよ、と若い女性(発表当時20歳)には全然似合わない内容なのも趣がある。
アルバム『Rum Sodomy & The Lash』収録。

Sunday Night

Title.
Dirty Old Town
Artist.
The Pogues
ライブに行っても会場と一体になって盛り上がるのが苦手である。周りが総立ちでステージが見えなくなるから仕方なく立つけどほんとは座ってだらだら聴いていたい。そんなワタシでも、1987年12月にグラスゴーのバロウランズで行なわれたポーグスのライブにもし居合わせることができていたら、人並みに跳ねたり叫んだり、(あちらが嫌でなければ)周りの人と肩を組んだりしたと思う。特に、「汚い古い町、汚い古い町、ガス工場の壁ぎわであの子にキスをした」とうたう「ダーティ・オールド・タウン」……自分もすっかりアイルランドかスコットランドの薄汚い工場町で育ったような気分に浸っただろう(実際、僕が育った京浜工業地帯もそんなに変わらない)。最高のライブから帰ってきてぐっすり眠る日曜の夜。
アルバム『The Pogues Box Set』収録。




『&Premium』特別編集
『&Music/土曜の朝と日曜の夜の音楽』 好評発売中。

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ミュージシャンやクリエイター、写真家など、音楽好きの“選曲家”たちが月替わりで登場。 土曜の朝と日曜の夜に聴きたい曲を毎週それぞれ1曲ずつセレクトする連載が、初めて一冊にまとまりました。 23人の選曲家が選んだ、週末を心地よく過ごすための音楽、全204曲。 本書のためだけにまとめた、収録作品のディスクガイド付き。 詳しくはこちら


May 22, 2020 土曜の朝と日曜の夜の音楽。 今月の選曲家/柴田元幸 vol.4

May.22 – May.28, 2020

Saturday Morning

Title.
Old Black Crow
Artist.
Michael Hurley
いまだ手元に残っているLPレコードのなかで、「ジャケットが宝物」ということでいえば、間違いなくマイケル・ハーレーが1971、72年に出した『アームチェア・ブギー』と『ハイファイ・スノック・アップタウン』の2枚である。どちらもハーレー本人が描いたケッサクな絵。この絵に漂うテキトー感は、音楽においてはよりいっそう強化されている。なかでも『ハイファイ……』のほうの「オールド・ブラック・クロウ」が引き起こす脱力感はすさまじい。おい黒ガラスあっち行けよ、カァカァカァ、なあ黒ガラス死ねよ、カァカァカァ……このカァカァカァを鶏の鬨の声代わりに聴けば目覚めもさわやかである。
アルバム『Hi Fi Snock Uptown』収録。

Sunday Night

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Title.
Be Kind To Me
Artist.
Michael Hurley & Pals
あのさぁなんども言っただろどうして優しくしてくれないんだよわかんないかいオレほんとにみじめなんだよたのむから優しくしてくれよオレほんとにみじめなんだよ……とひたすら情けなく、しかし少しも湿っぽくなく歌う。特に中盤のmock trumpet(偽ラッパ: これってどういう楽器なのかな)の間奏を経て、Be Kind to Meの声が完全にかすれて、最後はアイム・イン・ミズゥゥゥリィィィ……と無理に一オクターブあげるあたりを聴けば、たとえ相当に深刻な問題を抱えていても、阿呆らしくなって悩む気をなくし、熟睡することができる。マイケル・ハーレー、78歳のいまも元気みたいで、最近の歌声がここで聴けること、知り合いが教えてくれました: https://www.facebook.com/katiandluke/videos/2681529455465623/
アルバム『Armchair Boogie』収録。




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May 15, 2020 土曜の朝と日曜の夜の音楽。 今月の選曲家/柴田元幸 vol.3

May.15 – May.21, 2020

Saturday Morning

Title.
I’m Into Something Good
Artist.
The Langley Schools Music Project
1964年、ハーマンズ・ハーミッツのデビューヒットの邦題はズバリ「朝からゴキゲン」。原題は“I’m Into Something Good”(何かいいことありそう)だが、「昨日の夜近所に越してきたステキな女の子に会ってけさは朝からゴキゲン」という中身なので、まさに内容に合った訳題である。なので素直にこのハーマンズ・ハーミッツ・バージョンを聴けばいいのだろうが、たぶんもう500回くらい聴いたのでやや新鮮味に欠ける。なので、この曲をなぜか数十人の小学生集団が歌い、演奏した、だいぶ危なっかしいバージョンで聴く。1976年から77年にかけて、カナダの田舎の小学校の体育館で録音したアルバムThe Langley Schools Music Project: Innocence and Despairから。
アルバム『Innocence and Despair』収録。

Sunday Night

Title.
The Long And Winding Road
Artist.
The Langley Schools Music Project
で、このThe Langley Schools Music Projectを聴く楽しみは、かなり特殊な形態のヘタウマを楽しむことである。下手をするとシンバルの「ジャン!」が一秒くらいズレていたりする。そのなかで、かなりストレートに胸を打つ歌唱があって、それがこの、Joy Jacksonという女の子が歌う「ロング・アンド・ワインディング・ロード」。先生のピアノだけを伴奏に、淡々と、切々と、私をここに待たせないで……と歌う声を聴いていると、アルバムタイトルの「無垢と絶望」にも合点が行く上に、なぜか自分にも無垢な時があったのだと思えてきて、清い気持ちで眠りにつくことができる(理性が割って入ってきて、「お前にゃ関係ねーだろ」と言う前に寝てしまえば、だが)。
アルバム『Innocence and Despair』収録。




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May 08, 2020 土曜の朝と日曜の夜の音楽。 今月の選曲家/柴田元幸 vol.2

May.07 – May.14, 2020

Saturday Morning

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Title.
When You’re Smiling
Artist.
Billie Holiday
 夜と言えばジャズ、と先週書いたが、では朝から聞きたいジャズには何があるだろうか。MJQの「朝日のようにさわやかに」などはほんとにさわやかでいいのだが、やっぱりこれも「タイトルで決めてないか」と言われそうなので……ビリー・ホリデイがどこか翳りを保ちつつ明るく歌う“When You’re Smiling (The Whole World Smiles With You)”(邦題「君微笑めば」——直訳すると「あなたが微笑んでいれば世界じゅうが一緒に微笑む」)はどうか。前半のビリーのあたたかい歌声で半分目覚め、後半のレスター・ヤングの怒濤のテナーサックスでしっかり目覚める、という目覚まし時計的な漸進性もある。
アルバム『The Golden Years』収録。

Sunday Night

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Title.
There Is No Greater Love
Artist.
Billie Holiday
 夜と言えばジャズ、で、眠りにつなげるとなると子守唄、ならば「バードランドの子守唄」……とこれまた「タイトル決め」なので避け、発想を変えて「ビリー・ホリデイに子守唄を——無伴奏で——歌ってもらえるとしたら何を歌ってもらいたいか」を考えると……“There Is No Greater Love”(「ノー・グレイター・ラブ」)を希望する。「これ以上/大きな愛はない/君を想う/この誠の心ほど……」。大学の翻訳の授業でこの曲を取り上げたら、ある学生はここに和歌の心を見出して「我を恋ふ君が心の深きより/そをいつはりと我やいふべき」と訳したのだった。「我と君が逆じゃないの」とか野暮なこと言わないでくださいね。
アルバム『The Complete Carnegie Hall Performances』収録。




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May 01, 2020 土曜の朝と日曜の夜の音楽。 今月の選曲家/柴田元幸 vol.1

May.01 – May.07, 2020

Saturday Morning

Title.
Cantata, BWV 147
Artist.
Nikolaus Harnoncourt,Bach
この300年人類が大して進歩しているわけではないことはバッハの音楽を聴けばわかる。バッハならほとんどすべての作品が土曜の朝に聴くのにふさわしいが(例外は不眠症患者の依頼を受けて書かれた『ゴルトベルク変奏曲』か)。まず思いつくのは「目覚めよと呼ぶ声が聞こえ」だが、「お前、タイトルだけで決めてないか」と言われそうなので、これはあえて外す。となると、世界で一番美しいメロディじゃないかとときどき思う、カンタータ147番の第6・10曲のコラール、通称「主よ、人の望みの喜びよ」はどうか。第5曲の「イエスよ、道をつくり給え」も美しいので、第5~6曲でゆっくり目覚めるのがいいかもしれない。
アルバム『Bach Great Cantatas』収録。

Sunday Night

Title.
Precious Joy
Artist.
The Modern Jazz Quartet
というわけでこっちは『ゴルトベルク変奏曲』が順当な選択なのかもしれないが、あれはたしかに誘眠効果はあると思うものの、寝てそのまま鳴らしっぱなしになっているとたとえばグールド1955年版だと第30変奏で急に音がデカくなってギャッと目覚めたりするのでスリープタイマーがないと不適かもしれない。ならばいっそ土曜の朝と同じ曲の夜向き演奏はどうか。夜といえばジャズ。モダン・ジャズ・カルテットの『ブルース・オン・バッハ』には「主よ、人の望みの喜びよ」が“Precious Joy”(かけがえなき喜び)の題で入っている。ハープシコード、ヴィブラフォン、ダブルベース、鈴による手堅いジャズ化。
アルバム『Blues On Bach』収録。




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アメリカ文学翻訳者 柴田元幸

アメリカ文学翻訳者、東京大学名誉教授。ポール・オースター、レベッカ・ブラウン、スチュアート・ダイベック、スティーヴン・ミルハウザー、スティーヴ・エリクソンなど、現代アメリカ文学を数多く翻訳。最近の訳書にエリック・マコーマック『雲』(東京創元社)、編著書に『「ハックルベリー・フィンの冒けん」をめぐる冒けん』(研究社)など。文芸誌『MONKEY』責任編集。2017年、早稲田大学坪内逍遙大賞を受賞。