MUSIC 心地よい音楽を。
土曜の朝と日曜の夜の音楽。 今月の選曲家/柴田元幸 vol.4May 22, 2020
May.22 – May.28, 2020
Saturday Morning

いまだ手元に残っているLPレコードのなかで、「ジャケットが宝物」ということでいえば、間違いなくマイケル・ハーレーが1971、72年に出した『アームチェア・ブギー』と『ハイファイ・スノック・アップタウン』の2枚である。どちらもハーレー本人が描いたケッサクな絵。この絵に漂うテキトー感は、音楽においてはよりいっそう強化されている。なかでも『ハイファイ……』のほうの「オールド・ブラック・クロウ」が引き起こす脱力感はすさまじい。おい黒ガラスあっち行けよ、カァカァカァ、なあ黒ガラス死ねよ、カァカァカァ……このカァカァカァを鶏の鬨の声代わりに聴けば目覚めもさわやかである。
アルバム『Hi Fi Snock Uptown』収録。
アルバム『Hi Fi Snock Uptown』収録。
Sunday Night

あのさぁなんども言っただろどうして優しくしてくれないんだよわかんないかいオレほんとにみじめなんだよたのむから優しくしてくれよオレほんとにみじめなんだよ……とひたすら情けなく、しかし少しも湿っぽくなく歌う。特に中盤のmock trumpet(偽ラッパ: これってどういう楽器なのかな)の間奏を経て、Be Kind to Meの声が完全にかすれて、最後はアイム・イン・ミズゥゥゥリィィィ……と無理に一オクターブあげるあたりを聴けば、たとえ相当に深刻な問題を抱えていても、阿呆らしくなって悩む気をなくし、熟睡することができる。マイケル・ハーレー、78歳のいまも元気みたいで、最近の歌声がここで聴けること、知り合いが教えてくれました: https://www.facebook.com/katiandluke/videos/2681529455465623/
アルバム『Armchair Boogie』収録。
アルバム『Armchair Boogie』収録。
アメリカ文学翻訳者 柴田 元幸

アメリカ文学翻訳者、東京大学名誉教授。ポール・オースター、レベッカ・ブラウン、スチュアート・ダイベック、スティーヴン・ミルハウザー、スティーヴ・エリクソンなど、現代アメリカ文学を数多く翻訳。最近の訳書にエリック・マコーマック『雲』(東京創元社)、編著書に『「ハックルベリー・フィンの冒けん」をめぐる冒けん』(研究社)など。文芸誌『MONKEY』責任編集。2017年、早稲田大学坪内逍遙大賞を受賞。