河内タカの素顔の芸術家たち。シャルロット・デュマ — This Month Artist: Charlotte Dumas
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This Month Artist: Charlotte Dumas
 / September 10, 2020 河内タカの素顔の芸術家たち。
シャルロット・デュマ

Charlotte_Dumas
シャルロット・デュマ / Charlotte Dumas
1977- / NLD
No. 082

オランダ、フラールディンゲン生まれ。2000年にヘリット・リートフェルトアカデミーを卒業し、ライクスアカデミーでも写真を学ぶ。それから20年以上に渡って、現代社会における動物と人の関係性に関心を持ちながら、様々な環境における馬や救助犬などを被写体として撮影してきた。これまで日本に何度も来日し、本文にあるように時間をかけて日本固有の在来馬を撮影を行う。2016年にはGallery 916にて個展「Stay」を開催。現在はアムステルダムとニューヨークを拠点に活動している。

馬と親密に対話するように撮る写真家
シャルロット・デュマ

 仄暗い部屋で一頭の白い馬が静かに休んでいる一枚の写真がある。その様子は疲れているようでもあり、またどこか物思いに耽っているようにも感じられます。実はこの馬には、アメリカの軍人が眠るアーリントン国立墓地へ死者を搬送する際の「馬車馬」という重要な任務が与えられていて、この写真はその日の仕事を終えた夜間に撮影されたものなのです。そのことを知ってあらためて見ると、同じ馬であるのにまったく異なる印象を持ってしまうのです。

 この厳かな写真を撮ったのがシャルロット・デュマというオランダ人の女性フォトグラファーです。シャルロットは、人に身近に接する動物たちを独自の観点によって検証し直すことで、現代社会における人と動物との関係、あるいはお互いの役割や共存の意味を問いかけてきました。特に馬をテーマにした作品で国際的に知られていて、前述の白い馬のほかにも、北海道や与那国島など日本各地に現存する「日本在来馬」を撮影するプロジェクトを2014年から行なっています。近年は映像作品も手がけていて、一人の少女が鞍のない馬にまたがり、与那国の海の中を乗りこなすという詩的な映像に残していたりします。

 そのシャルロットの最新作となるのが『ベゾアール』と題された展示で、現在、銀座のメゾンエルメスフォーラムで開催されています。この展示のフライヤーには、藍色を背景にしてダチョウの卵ほどの「白い球体」が使われているのですが、この作家が撮ったものだからということもありましたが、これがなにか生死にまつわるようなただならぬものに思え、反射的に兵士の墓地へと向かうあの白い馬のことを思い起こしてしまいました。

 ベゾアールは馬や牛のような草食動物の胃袋で形作られる凝固物の塊のこと。その成分は毛、植物、繊維が胃液とともに時間をかけて固まったものであり、中世のヨーロッパや中国において、ベゾアールはあらゆる薬の中でも解毒のための最良の特効薬と信じられていたそうです。体内から摘出された塊は、粉末にして服用されたり、傷の上に置かれたり、あるいはお守りとして身に付けておくだけでも効き目があると信じられていました。19世紀半ばになると、なんとエメラルドの50倍もの値段で取引されたほど重宝されていたといいます。

「表面が惑星に似ていて、それゆえ、動物の腹の中から摘出されたのに、どこか宇宙からやって来たようにも思える。これは、石を抱えていた動物が命がけでこしらえた生涯の作品であり、抵抗の証でもある。命とはかくも無常であることを想起してしまう」とシャルロットはコメントしているのですが、大きいものだと4キロにもなる重量が負担となり、重いベゾアールを抱えた動物たちはそう長く生存できなかったというのです。つまり、人々を古くから魅了したこの神秘的な物体は、皮肉にも動物の命と引き換えとして作り出される産物であったというわけです。

 人間を見守るように存在する犬や猫などの動物は、人が生きていく上でもとても重要な存在であることは誰もが理解できると思います。そして、その動物たちから教えられることが多くあることも。シャルロット・デュマは、動物たちが人間にとって、または人間が動物たちにとってなにを意味するのかを問いかけながら、互いの関係性や生命のつながりを考えさせるような作品を提示してきました。今回のエルメスでの展示でも、人と馬との相互の役割などを考えさせる一方で、ガラスケースの中に展示されているあの白く美しい塊が、一頭の馬の命と交換に残されたことを思うと、やはりどこか物悲しくも思えてしまうのです。

Illustration: SANDER STUDIO

『Stay』(赤々舎)シャルロット・デュマが出会った8種の日本在来馬の緻密なポートレイトを収録。与那国、宮古、トカラ、木曽、対州、御崎、野間、道産子。それぞれの地が持つ歴史や風土、人間との関係性を表現している。

展覧会情報

「ベゾアール(結石)」シャルロット・デュマ展

会期:2020年8月27日〜11月29日

会場:銀座メゾンエルメス フォーラム
https://www.hermes.com/jp/ja/story/maison-ginza/forum/200827/


文/河内 タカ

高校卒業後、サンフランシスコのアートカレッジに留学。NYに拠点を移し展覧会のキュレーションや写真集を数多く手がけ、2011年長年に及ぶ米国生活を終え帰国。2016年には海外での体験をもとにアートや写真のことを書き綴った著書『アートの入り口(アメリカ編)』と続編となる『ヨーロッパ編』を刊行。現在は創業130年を向かえた京都便利堂にて写真の古典技法であるコロタイプの普及を目指した様々なプロジェクトに携わっている。この連載から派生した新刊『芸術家たち 建築とデザインの巨匠 編』(アカツキプレス)を2019年4月に出版。