真似をしたくなる、サンドイッチ

半熟目玉焼きにカリッカリのベーコン。パリで食べるべきベーグルサンド。February 08, 2025

サンドイッチをこよなく愛するパリ在住の文筆家、川村明子さん。『&Premium』本誌の連載「パリのサンドイッチ調査隊」では、パリ中のサンドイッチを紹介しています。
ここでは、本誌で語り切れなかった連載のこぼれ話をお届け。No49となる今回は、本誌No135に登場した『フィッツカラルド』で惜しくも紹介できなかったサンドイッチの話を。

毎回恒例、川村さんによるスケッチからスタート。今回は目玉焼きがはみ出すベーグルサンドです。川村明子 サンドイッチ スケッチ
毎回恒例、川村さんによるスケッチからスタート。今回は目玉焼きがはみ出すベーグルサンドです。

実は、密かに、ベーグルが好きだ。

きっかけは、遡ること26年。パリで料理学校の製菓コースに通っていたある日、母の友人のそのまた友人の紹介で、ひとりの非常に食いしん坊な女性と出会った。私より6、7歳年上だったと思う。医療に携わり「お金を使う時間はなかった」多忙な20代を過ごして、30代を迎えてから、少しパリに住むことにした人だった。日本と中国にルーツのある彼女は料理上手で、気負うことなく、とても手際よく天ぷらを揚げてくれたり、何度もごはんをご馳走になった記憶がある。レストランにもよく一緒に行った。
彼女の“食べたい!”という意欲は距離を厭わず、国境も越えた。ある時「飲茶を食べにロンドンに行く」と聞いて、一緒に行くことにした。香港返還から間もない頃だったから、ロンドンで飲茶を食べることは理にかなっていると思ったし、何より、彼女の“何を、どう注文して食べるか”の話は、言葉ができるからこそ成し得る「この人と一緒じゃなかったらそんな食べ方はできない」と思えるもので、強烈に惹きつけられた。
そうして飲茶を食べに行ったロンドンで、彼女が「必ず買って帰る」と大量に買い込んだのがベーグルだった。持ち帰ると冷凍し、少しずつ食べるという。それで真似して私も買った。パリにあんなにパン屋さんがあって、みんながみんなおいしいバゲットとクロワッサンを求めているように感じていた私は、「なのに敢えてロンドンからベーグルを買って帰る」ことに、これまた強く惹かれて、同時に、ベーグルが特別な存在に思えたのだった。そのときから、パリでベーグルを見つけると買って食べてみるようになった。でも、まとめて買いたいと思うくらいの好みのタイプには巡り合えないまま時が過ぎた。パリのブーランジュリー事情は26年前を省みると随分と新たな展開を見せていると思うけれど、それでもやっぱりベーグルが主力戦線に躍り出ることはない。

ようやく出合った『フィッツカラルド』。

そんな中、ついに、主力たちを差し置いてでも買いに行きたいベーグルショップが登場した。それもイーストを加えず、100%自家製酵母で作っているという。サンドイッチがあるらしいとわかって、さっそく訪れると、クリームチーズにスモークサーモンというお決まりの具材を挟んだものがメニューにない。途端にワクワクした。考えた末、最初に食べる一つとして選んだのは、コンテとバター。するとサンドイッチ状ではなく、シンプルに盛られて運ばれてきた。

このシンプルさに一気に心をつかまれました。川村明子 サンドイッチ
このシンプルさに一気に心をつかまれました。

おかげで、まずはベーグルだけ、次にベーグルをちぎってバターだけをつけて、続いてコンテだけをのせて、最後に、ひと口サンドにして楽しんだ。ベーグルそのものがおいしかったし、サンドイッチにするとボリュームが倍になることで生地の弾力も、同居する軽やかさもより一層感じられた。「これはコーヒーと最高だ。朝ごはんのスタメンにしたい!」と思った。お店の雰囲気がどこかのどかなのも、またすぐに来たいなぁという気持ちになった。

もちもち、かつ、軽やかなんです、この生地。わかるかなぁ…...。川村明子 サンドイッチ
もちもち、かつ、軽やかなんです、この生地。わかるかなぁ…...。

ひと口サンドにしておいしかったから、最初から具を挟んで出されるであろうしっかりサンドイッチになったものもおいしいに違いない!と期待は膨らみ、日をおかずに再訪した。その日、大きな鏡に書かれたメニューに、サンドイッチは3つ。ツナサンド、たまごサンド、どちらも食べてみたいと思いつつ、この2つはそこまで季節に左右されず次回もあるかもしれないと思って、バターナッツカボチャのサンドイッチに決めた。
焼き温めて半分に切ったベーグルの片方の切り口には、チリソースを混ぜたマヨネーズを、もう片方にはラブネ(水切りヨーグルト)を塗り、赤キャベツの千切りを盛ってカボチャのローストをのせ、オリーブオイルを回しかける。なかなかの厚みだった。崩れないようしっかり両手で持ち、取りこぼさないよう大口で頬張る。もしかしたら少し口の中でもそもそするかもしれないなんて思っていたのだが、全くそんなことはなかった。具材を挟むことで、ベーグルの長所がより引き立てられた印象だったし、カボチャも「それだけで食べるよりこうして食べた方がおいしいね」と言いたくなるくらいに味の輪郭がくっきりしている気がした。おまけに食べ終えたときに、胃に重みを感じなくて、それもまた快適だった。

本誌連載で紹介したバターナッツカボチャサンド。カボチャの皮を残していたのも食感にアクセントがついて、好ましかった。 川村明子 サンドイッチ
本誌連載で紹介したバターナッツカボチャサンド。カボチャの皮を残していたのも食感にアクセントがついて、好ましかった。
自家製ラブネはたっぷり塗られている。これもおいしさのポイントな気がした。 川村明子 サンドイッチ
自家製ラブネはたっぷり塗られている。これもおいしさのポイントな気がした。

きっと店の人たちは、このベーグルをいかにおいしく食べるか、という点に注力してサンドイッチの具を決めているんだ、と思ったのは、「目玉焼きを挟むのはどお?」と聞かれたときだ。ゆで卵を使ってのたまごサンドじゃなくて、目玉焼きサンド。卵かけごはんにする?それとも目玉焼きにする?と聞かれたときのようなうれしさを覚えて、「目玉焼きにする」と答えた。

目玉焼きがはみ出んばかりにサンドされている。サンドイッチ 川村明子
目玉焼きがはみ出んばかりにサンドされている。
自家製酵母はライ麦粉で作っている。だからか生地は少し灰色がかっている。そしてこのピクルス。すごく好みの味。 川村明子 サンドイッチ
自家製酵母はライ麦粉で作っている。だからか生地は少し灰色がかっている。そしてこのピクルス。すごく好みの味。
ベーグルサンドの出来上がりを待つ間に出してくれる野菜のポタージュ。この日の材料はカボチャとじゃがいもとにんじんだった。 川村明子 サンドイッチ
ベーグルサンドの出来上がりを待つ間に出してくれる野菜のポタージュ。この日の材料はカボチャとじゃがいもとにんじんだった。

目玉焼きも、ベーコンも、手を抜くことなく正面から向き合ってじっくり焼かれて、サンドイッチになった。半分に切ってもらうと、あ〜このくらいっていいなぁとほれぼれする塩梅が切り口に現れた。独りよがりじゃない半熟具合と、抜かりないカリカリ加減。丁寧で、でも力みがなくて、この抜け感はなぁやられちゃうなぁと降参するしかない気持ちになった。2024年11月のオープンから、生地の材料の配合は、天気や酵母の状態などを見つつ毎日微調整し、一度として同じ分量だったことはないらしい。よりおいしいベーグルを探求する日々。近々朝ごはんも始めるという。ものすごく楽しみにしている。

『Fitzcaraldo』

9 rue Lacharrière 75011 ☎︎なし 10:00~17:00 月火水木休 *春まではこの営業時間の予定。その後変更もあり得るので、お出かけの際はInstagram (<a href="https://www.instagram.com/fitzcaraldo.paris/">@fitzcaraldo.paris </a>) で確認を。 サンドイッチ 川村明子
9 rue Lacharrière 75011 ☎︎なし 10:00~17:00 月火水木休 *春まではこの営業時間の予定。その後変更もあり得るので、お出かけの際はInstagram(@fitzcaraldo.paris ) で確認を。


文筆家 川村 明子

パリ在住。本誌にて「パリのサンドイッチ調査隊」連載中。サンドイッチ探求はもはやライフワーク。著書に『パリのパン屋さん』(新潮社)、『日曜日は、プーレ・ロティ』(CCCメディアハウス)などがある。Instagramは@mlleakiko。Podcast「今日のおいしい」も随時更新。朝ごはんブログ再開しました。

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