真似をしたくなる、サンドイッチ

コリアンダーが香る、ベジ・牛・鶏・豚の4種のバインミー。パリで行列ができる、ハーフ&ハーフのサンドイッチ。November 03, 2024

サンドイッチをこよなく愛するパリ在住の文筆家、川村明子さん。『&Premium』本誌の連載「パリのサンドイッチ調査隊」では、パリ中のサンドイッチを紹介しています。
ここでは、本誌で語り切れなかった連載のこぼれ話をお届け。No46となる今回は、本誌No132に登場した『ハノイ・コーナー』で惜しくも紹介できなかったサンドイッチの話を。

今回も恒例の川村さんによるスケッチを。いつにも増して、文字量がすごい。サンドイッチ スケッチ 川村明子
今回も恒例の川村さんによるスケッチを。いつにも増して、文字量がすごい。

大人になっても顔を出す「盛り合わせ欲」。

幼いころから「いろいろ食べたい」という気持ちが常にあった私は、お子様ランチが大好きだった。少し大きくなって、大人と同じ料理を頼むようになってからも気持ちは変わらず、たとえば洋食屋さんに行ったなら、ミックスフライセットを頼んだ。今でこそ、単品の皿を選ぶことが増えたけれど、それでもやはりたまに盛り合わせ欲が顔を出す。そもそも、“どっちにしよう、どっちも食べたい”という迷いが生じるからこそ、この連載も始まった。一つしか選べないなんて難しすぎる、と頭を悩ますラインナップのサンドイッチ店は少なくない。
そんな私にとって、願ったり叶ったりの店に出合った。『ハノイ・コーナー』では、ハーフサイズのバインミーを作ってくれる。どっちにしようかな、の気分のときには、2種類頼めばいい。パン屋さんで、あらかじめ作られたサンドイッチのハーフサイズを店頭に並べている店はあるけれど、注文ごとに作るサンドイッチ店でハーフサイズを設けているのは、稀だ。

ベジ・バインミー 川村明子 サンドイッチ 本誌で紹介したベジ・バインミー。具を挟んだ、というよりも、おかずを詰めた、と表現したくなるサンドイッチ。
本誌で紹介したベジ・バインミー。具を挟んだ、というよりも、おかずを詰めた、と表現したくなるサンドイッチ。

食べたことないタイプのベジ・バインミー。

でも実は、数回目までハーフサイズがあることに気づかなかった。初めて行ったときは、豚、牛、鶏肉のバインミーがすでに売り切れ。ベジタリアンだけまだあるといわれ、それを買ったら、食べたことのないタイプのベジ・バインミーで、とてもおいしかった。具は、ベトナム風なますときゅうりにコリアンダー、それにナスとマッシュルーム、油揚げを炒め煮にしたようなものが挟んであり、十分に味付けはしてあるものの、さっぱりしていて、調味料で味の輪郭をつけている印象がなかった。パンの切り口に、煮汁が染み込んでいる様子もない。何よりもハッとしたのは、バゲットが温かかったことだ。これまでにバインミーを受け取ったときに、パンが温かかった経験はないように思う。その、手で受けた感触に、安心感と懐かしさを覚えた。

ちょっとでも遅れたら、大行列。

ベジタリアンでこのおいしさなら、肉類で作られるサンドイッチは一体どんな味なのだろう?と、すぐに再訪した。が、いかんせんこの店は人気で、ちょっとでも出遅れるとサンドイッチ用のパンがもうない、とか、パンはあっても、残ってる具は牛肉かベジタリアンだけ、などといわれてしまう。それで数回逃し、代わりに、もう一つの看板メニューであるボブンを買って帰って(具材はサンドイッチと同じで、こちらも翌日にまた食べたくなるおいしさです)、今度こそ間に合いますようにと向かったある日、「サンドイッチだと、豚肉はもう売り切れです」と伝えられた。

ある日の12時49分の様子。右に伸びる列はこれから注文をする人たち、左側に立つ人たちは注文済みで出来上がりを待つ人たち。店内はもちろん満席。川村明子 サンドイッチ 行列
ある日の12時49分の様子。右に伸びる列はこれから注文をする人たち、左側に立つ人たちは注文済みで出来上がりを待つ人たち。店内はもちろん満席。

ついに、ハーフ&ハーフに出合う。

でも、そのほかの具はあるという。やった!と喜んだはいいけれど、後ろには並んでいる人がいるし、急いで決めなければ。すると、即座に注文しなかった私の迷いを察してか、「半分ずつにしますか?」と提案された。半分ずつ?そんなこともできるのですか? 突然差し出された救世案に、いきなり欲張る心が言葉になった。「じゃあ、牛肉と鶏肉でお願いします」。え?片方はベジタリアンにしたらよかったのではないか?と自分で自分にツッコミを入れたくなったがもう遅い。そうして私はその日、牛と鶏のシールが包みに貼られたハーフサイズのサンドイッチを買って帰った。

愛嬌のあるシール付きで渡された、ハーフサイズのバインミー。サンドイッチ 川村明子
愛嬌のあるシール付きで渡された、ハーフサイズのバインミー。
牛肉のバインミーはこんな感じ。表側は生野菜がいっぱいで肉があまり見えないけれど、開くと、奥にしっかり詰まっています。サンドイッチ 川村明子
牛肉のバインミーはこんな感じ。表側は生野菜がいっぱいで肉があまり見えないけれど、開くと、奥にしっかり詰まっています。

基本的に、どのサンドイッチにも、にんじんとかぶのなますに、きゅうりとコリアンダーが入っていて、それにメインの具材が加えられる。鶏肉は、少しタレをまとい香ばしく焼かれ、牛肉は、細切れ肉に軽く味付けをして炒った感じ。どちらも甘みはほとんどない味付けなのに、なぜか食べながら、キジ焼き丼と牛しぐれ煮を思い出した。それも少し冷めた状態の。合わせているのはごはんではなくて、バゲットだ。にもかかわらず、変換された印象は"お弁当"だった。

続いては、豚肉だんご。

サンドイッチ 川村明子 バインミー 豚肉だんごと牛のサンドイッチ

ハーフ&ハーフに味をしめた私は、牛と豚の組み合わせも食べてみることにした。すでにボブンで味わっていた豚肉は、薄切りでも挽肉でもなくて、肉だんごだったのだ。もしかして包丁で叩いているのだろうか、と思うくらいの粗挽きで歯ごたえが心地よく、こんな食感の肉だんごが挟んであるサンドイッチをうまく想像できなかった。出てきたのを見て、肉だんごのサイズが小ぶりなことに気がついた。それでもやはり、豚ならではの脂身のジューシーさがいきた肉だんごは食べごたえがあり、そして、ベジ・バインミーの具と同じように、調味料が味の決め手を担っていのではなく、食べる人のことを思って作られている味に感じられた。

お店の次なるステップに期待。

味付けや調理法はもちろん、気持ちをほぐすおいしさは、ほんのり温かいところにもある気がする。だから、店内か、店のすぐ近くの公園で食べられたら一番なのだけれど、『ハノイ・コーナー』は10月26日でこれまでの場所での営業を終了した。これからはもう少し中心部に移転し、まずベトナムコーヒーの店として営業を再開、続いてバインミーとボブンも作る予定だそうだ。情報は随時Instagram(@hanoicornerparis)でアップしていくとのことなので、新天地での再開を楽しみに待ちたい。

『Hanoï Corner』

7 rue Blanche 75009 ☎️01-72-34-79-42 11:00〜16:00 土14:00〜18:00 サンドイッチ12:00〜14:45 新店の情報はInstagram (<a href="https://www.instagram.com/hanoicornerparis/">@hanoicornerparis</a>でチェックを。
7 rue Blanche 75009 ☎️01-72-34-79-42 11:00〜16:00 土14:00〜18:00 サンドイッチ12:00〜14:45 新店の情報はInstagram(@hanoicornerparis)でチェックを。


文筆家 川村 明子

パリ在住。本誌にて「パリのサンドイッチ調査隊」連載中。サンドイッチ探求はもはやライフワーク。著書に『パリのパン屋さん』(新潮社)、『日曜日は、プーレ・ロティ』(CCCメディアハウス)などがある。Instagramは@mlleakiko。Podcast「今日のおいしい」も随時更新。朝ごはんブログ再開しました。

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