真似をしたくなる、サンドイッチ
リンゴとトマトが熟成チーズと相性抜群。パリで行列のできるサンドイッチ。July 01, 2024
サンドイッチをこよなく愛するパリ在住の文筆家、川村明子さん。『&Premium』本誌の連載「パリのサンドイッチ調査隊」では、パリ中のサンドイッチを紹介しています。
ここでは、本誌で語り切れなかった連載のこぼれ話をお届け。No42となる今回は、本誌No128に登場した『スクープ』で惜しくも紹介できなかったサンドイッチの話を。
「なんてことのないおいしさを、食べたかったんだよなぁ」
『スクープ』でサンドイッチを買った何度目かの帰り道、大きく首を縦に振りたいくらい、自分の探していた味に合点が行き、そして、しみじみ思った。でも、なかなかないのだ、なんてことのないおいしさって。だいたい、なんてことのないおいしさとは何なのか、うまく言葉で説明がつかない。いくつかの微妙な匙加減なのだろうとは思うのだけれど、これって言うのは難しい。
来るたびに、飲食店で賑わう通り。
フォブール・ポワッソニエール通りは、今や、パリで最も飲食店の移り変わりが激しい通りだ。以前は、衣服の問屋が多かったところに、1軒のバーガーショップがオープンしたことがきっかけだったように記憶している。たしか、2012年あたり。それからというもの、2か月くらい足が遠のいていると、久しぶりに通ったときには、新しい店が毎度どこかしらにできているような、飲食店で賑わう通りに様変わりした。そんなわけで、結構頻繁に来るこの通りをその日も歩いていた。ランチタイムで、人気店には行列が伸びている。『スクープ』の前にも10人ほどが並んでいた。気づけば、もはや古株の部類に入る存在だ。すでに10年ちかく経っているはずだが、いまだに行列ができている。人気の秘密は何だろう、と気になった。
店の前に行き、改めて、窓際に置かれたサンドイッチメニューに目を通した。ハムにくるみのクリーム。シェーヴル(ヤギ乳のチーズ)に洋梨とルッコラ。コンテには、トマトコンフィとリンゴ。これまで、「いつか試そう」と先延ばしにしていたシンプルな具材の組み合わせをそれぞれ、いざ想像しようとしたら、いまいち味のイメージがすんなりと湧かない。そうしたら、俄然気になり始め、食べてみることにした。
たとえばピスタチオ、あるいはヘーゼルナッツ入りのハムは食べたことがある。でも、くるみというと合わせるのはチーズが常で、ハムとの組み合わせは、食べたことがないように思った。ハムに対して、くるみのえぐみが強すぎはしないかなぁと想像したのだが、むしろ、えぐみがいい働きをしていた。ピーナッツバターよりも、アーモンドクリームと合わせるよりも、断然好きだった。くるみの欠片を加えているのではなくて、クリーム状にしたものというのがコクを一層味わえて、スタンダードなジャンボン・ブールに代えて、これからはこちらを選びたくなりそうだ。
コンテチーズ、リンゴ、トマトの組み合わせ、いかに。
ハムとくるみクリームの変化球ですっかり開眼した私は、コンテチーズ入りも次に試した。コンテとリンゴを一緒に食べることは、秋から春先のリンゴの季節にはしょっちゅうだし、パルメザンチーズを使う代わりに、トマトソースにコンテをふりかけたり、バジルペーストに加えることもあるけれど、リンゴとトマトとバジルとコンテが混在する味がやっぱり想像できなかったのだ。
1cmほどの厚みにスライスされたコンテが存在感を示すサンドイッチは、見た目通り、具それぞれを口の中でコンテが繋ぐ感じで、リンゴとトマトの酸味が交互にやってくるのがとても楽しい。トマトとバジルというよく知る味のコンビに、リンゴの果汁が出現すると、途端に爽やかさが増す。面白いなぁと感心した。こんなにも日常的な素材で、ほんの少しメンツを変えるだけで、ここまで味の変化を生み出せるのだ。シンプルな合わせ方ゆえに、より、素材ひとつの持ち味が生きるのだろうとも思った。
続いて、シェーヴルと洋梨サンドを。
シェーヴルのサンドイッチは、チーズとリーフレタスだけだと少し喉が渇いてしまいそうな印象なのを、洋梨が解消していた。どのサンドイッチも、自分の家でも定番のおかずを誰かの家で食べたときに、加えたことのない素材が入っていて、「あ〜これを入れるとこんなおいしさになるんだ〜!」と真似をしたくなるような、そんなおいしさだった。
『スクープ』は姉妹で切り盛りしている。取材の日、約束の時間に行くと、バゲットのたくさん詰まった大袋を抱えて妹さんが外から戻ってきた。できる限り焼き上がりから時間の経過していないバゲットでサンドイッチを提供したくて、だから、朝に配達してもらうのではなく、11時に自分で買いに行くようにしているのだそうだ。なんてことのないおいしさの最大のポイントは、これだ、この心持ちだ!と思った。