真似をしたくなる、サンドイッチ
何が違うの?
"ベルリン"版ケバブの正体に迫る!真似をしたくなる、サンドイッチ Vol.9October 05, 2021
サンドイッチをこよなく愛するパリ在住の文筆家、川村明子さん。『&Premium』本誌の連載「パリのサンドイッチ調査隊」では、パリ中のサンドイッチを紹介しています。
ここでは、本誌で語り切れなかった連載のこぼれ話をお届けします。
今回は、本誌No95に登場した『ジュープリーズ』で惜しくも紹介できなかったサンドイッチの話を。
3年前に登場した、「ベルリンケバブ」の正体を探りに。
フランスで暮らし始めてから、初めて食べたサンドイッチのひとつにケバブサンドがある。隙間なく肉が重ねられた鉄串が、グリル器へ縦にはめられてゆっくり回転する光景は、迫力があった。さらに、その状態のままで肉が削り切り落とされることにも興味が湧いた。大きなピタパンを袋状に開いたものへ、生野菜と肉がぎゅうぎゅうに詰められて、最後にフリット(フライドポテト)まで盛られる。それも山盛りで。
パリでは、ケバブサンドは「サンドイッチ・グレック(ギリシャサンド)」の通称で呼ばれる。それで私は長らく、ケバブサンドがそもそもはトルコ由来であると知らずに、ギリシャのサンドイッチなのかと思っていた。
ことの発端は、1980年代のパリのカルティエ・ラタン。ギリシャ人が、ピタパンを使った、ケバブにとてもよく似たギリシャ料理「イーロス」を売り出したことらしい。それは料理名ではなく、"ギリシャ人の売ってるサンドイッチ"略して"ギリシャのサンドイッチ"と呼ばれて定着した。そんなわけで、パリのケバブ界にはトルコ版とギリシャ版が混在している。
ところが最近、そこへベルリンケバブなるものが登場した。3年前のことだ。ケバブサンド自体の歴史を知らなかった私は、ベルリンケバブって一体何だろう? とさっぱり分からなかった。いまどきの店はどこもインスタグラムのアカウントがあるから検索すれば写真が出てくる。見ると、ケバブサンドだけれど、野菜が盛りだくさんでカラフルだ。ただ、何が違うのかは分からなかった。
敢えて"ベルリンの"と謳うからには、何かポイントがあるのだろう。そう思って、11区のオベルカンフ通りにある『ジュープリーズ』へ食べに出かけた。
ベルリンを看板に掲げる店の中でいちばんメニューがシンプルで、気になった。具は3種類。チキン、ハルミチーズ、それと野菜。パンは2種類あり、ピタパンに挟むか、ガレット状の薄いパンでロールサンドイッチにするかを選ぶ。中身をじっくり観察したいから、ロール状ではなく、パンで注文した。そしたら、このパンが、これまで食べてきたケバブサンドでは食べたことがないもので、一口目から違いを実感することとなった。コッペパンに弾力を持たせて、表皮を少し硬くした感じ。スカスカしてちょっと乾いたようでもあるのだけれど、ベーグルのようなモチっと感があって、噛みちぎるという印象を持つくらいに柔じゃない。形も、愛嬌のある楕円形をしている。
肉と生野菜と焼き野菜が1:1:1の、「チキン・ケバブサンド」
チキンは、パプリカの風味がきいて、身はプリプリ、かつ、焼き目がしっかりついてとても香ばしい。そのチキンの奥に、グリル野菜が詰められ、上にはふんだんに生野菜がのっている。グリル野菜は、ナスに赤・黄・緑のピーマン、ズッキーニ、にんじん、そして生野菜はロメインレタスにきゅうり、トマト、にんじん、赤タマネギ、赤キャベツ、ミント、と野菜だけで10種を超えていた。どおりで見た目が色鮮やかになるはずだ。肉とグリル野菜と生野菜の比率は同じくらい。
これまでフランスのケバブサンドでグリル野菜が入っているものに遭遇したことはなかったと思う。お肉たっぷりに生野菜が詰め込まれるのが一般的だ。それにフリット付きを頼めば、フリットが盛られる。対して、ベルリンではフリットが加えられることはないそうだ。
ケバブサンドはたまに食べたくなるのだけれど、ランチに食べると「今日の午後は使い物にならないな」と思うほどにお腹がいっぱいになるのが常なのだ。
ところが『ジュープリーズ』では、「こんなさっぱりの食後感のケバブは食べたことがない」と思った。食べ終えた後に、肉の脂、ソース、スパイスなどの後味が口に残っていなかった。パンの切り口上下にソースを塗るだけで、最後に上からかけないのだけれど、それも功を奏している気がする。これはグリル野菜を詰めたベジタリアンサンドでも同じで、ソースはパンの切り口に塗られるのみ。だから、ソースが全体の味付けをまとめ上げている印象はなく、チキンの香ばしさや野菜の旨味で、食べ進む。あまりの食べ心地の良さに、家でも似たように作れないものかと思ったくらいだ。でも、パンは、トルコ人のパン職人に特注しているらしいから、家での実現は難しいか......。
ドイツは、トルコからの移民が多く、その数は500万人に上るという。そのうちのひとりが、ドイツ人は軽食を取るときに常に立って食べる、ということに気づき、ケバブ(グリル料理)をパンに挟んだことで、今に伝わるケバブサンドがベルリンで生まれたそうだ。1970年代のこと。それがパリに登場したのは80年代になってから。だから元は、ベルリンなのである。
構成要員のバランスが異なるだけで、こんなにも違いが生まれるのかと思ったら、本場ベルリンに食べ比べに行きたくなった。ベルリンには1500軒のケバブサンド店があるというのだから。