真似をしたくなる、サンドイッチ

刻んだポロネギにナッツの食感が楽しい、オープンサンド。季節のタルティーヌでめぐるフランスの風景。Vol.3December 19, 2024

ファーム・レストラン『ル・ドワイヤネ』、朝ごはん用のお皿。川村明子 サンドイッチ
ファーム・レストラン『ル・ドワイヤネ』、朝ごはん用のお皿がずらり。

本誌『パリのサンドイッチ調査隊』、ウェブ『真似をしたくなる、サンドイッチ』の連載番外編。パリ郊外にあるファーム・レストラン『ル・ドワイヤネ』では、食事を予約すると泊まれるゲストルームの、朝食でしか味わえないタルティーヌがあります。番外編では、パリでは決して出合えないであろう、採れたての野菜をのせた季節のタルティーヌにまつわる便りを、お届け。今回は第3回です。

9月の終わりに訪れたとき。

帰り際に厨房へ挨拶に行くと、いつもタルティーヌを作ってくれる料理人のビアンカに、「次回は、大根のタルティーヌだよ!」と告げられました。大根、のひとことに、ハッとして。もうそんな季節?と意表をつかれたと同時に、ポッと冬の風景が頭に浮かび、“あ〜私はまだまだ畑を感じられていないんだ〜”と思いました。その日は、愛らしい風貌のイチジクのタルティーヌを撮影後、菜園を散策し、イチジクの木の下に立ってココナッツにもバニラにもどこか似ている香りにうっとりしたところだったのです。秋の始まりを感じつつも、まだところどころに苺もなっていたし、どっちつかずな季節の狭間にいるような気がしていました。でも、土の中では着々と寒さへと向かっていたのだなぁ。私は、目に見えているところだけで季節を受け取っている、と実感しました。

それにしても、大根のタルティーヌとはなんとも魅力的な響きです。大根が主役のタルティーヌなんて食べたことがありません。一体どんな姿で出てくるのか。生なのか火を通すつもりなのか。スライスなのかそれともくし切りとか? フランス語だと、大根とラディッシュは同じ単語なので、もしかしたら、ラディッシュなのかも。いずれにしても、まだ見ぬ季節の風景を想像して、より一層楽しみになりました。

畑の様子をお届け。いかにも肉厚そうな葉のアブラナ科の野菜。こうやって日々、畑で育っているものがサンドイッチになるのです。川村明子 サンドイッチ
畑の様子をお届け。いかにも肉厚そうな葉のアブラナ科の野菜。こうやって日々、畑で育っているものがサンドイッチになるのです。


2024年10月11日 シャンピニオン(きのこ)のタルティーヌ

タルティーヌの撮影には、宿泊客の朝食が終わる頃を目指して訪れるので、遅い朝ごはんを楽しむ気持ちでいつも出かけます。ところがこの日は、電車が大幅に遅れた上に途中で運行がストップしてしまい、道中3分の1ほどの地点で一度パリに戻って別の路線に乗り換え再出発、という思いがけない冒険をすることになりました。初めての路線に乗り、土地勘の利かぬ駅で降りて、かなりの迂回後に到着したときには、どうにかたどり着けた安堵と疲れで、ひと仕事終えたくらいの気分で。でも、その分おなかは空いていて、ワクワクしながら厨房を覗きに行くと、差し出された材料は、大根ではなくキノコでした。

シャンピニオン (きのこ) のタルティーヌ
シャンピニオン (きのこ) のタルティーヌ

どうもこの日は“予定変更”がテーマの日だったようです。羊の足を意味するピエ・ドゥ・ムトンという名のキノコを、菜園で採れたパセリ、セージ、シブレットと唐辛子にオリーヴオイルを加えたハーブソースで和えて、パン・オ・ルヴァンに盛り付けた至極シンプルなタルティーヌが登場しました。キノコを炒めるのには、生のニンニクではなく、ニンニクのコンフィを合わせたそうで、ふだん自分ではニンニクを用いない私には、そのマイルドなニンニクの利き具体が、程よく食欲を刺激してとても食べやすかった! 炒める段階でふりかけたヴェルジュ(未成熟のブドウ果汁)の酸味の効き具合もかなり好みで、キノコのピンピンした(コリコリまではいかないけれどその手前くらいの)元気のいい歯触りに気持ちまで軽やかになり、黙々と頬張り続けた時間でした。キノコと酢の酸っぱさって、合うなぁと思います。そして、やっぱり食欲をそそる酸味って元気になりますね。あと、唐辛子の効果もあったのだろうなぁ。フレッシュな青唐辛子を手に入れられたら、ハーブと一緒にグリーンソースにして、家でもキノコのマリネを作り置きしたいです。

帰り際、ビアンカに「次回こそは、大根だよ!」と言われました。


2024年10月25日 大根のタルティーヌ

大根、と聞いて、私が思い浮かべたのは白い大根でした。季節から遠ざかって忘れていたけれど、そういえば、昨今の大根は結構カラフルです。私がフランスで暮らし始めた頃(もう26年が経ちました…)は、大根といえば黒で、表皮が黒くて身は白いものが一般的でしたが、今では、レッドミート、グリーンミートと呼ばれる中国が原種のもの、紫色の古来種などを難なくマルシェで買うことができます。かつては、アジア食材店に行かなければ手に入らなかった白い大根に至っては、いつしかフランス語でもダイコンと呼ばれるようになりました。
前回に引き続き、この日に用意された材料もとてもシンプルでした。水切りした(牛乳の)フレッシュチーズ、緑と赤の大根、それに、くるみオイル。そこへビアンカが、ソースのようなものを器によそって出してきました。赤いシシトウと柚子を塩漬けにして発酵させ、白のコンディメント酢(白バルサミコと同じような酢)を加えて混ぜ合わせたものということでした。

サンドイッチ 大根のタルティーヌ
サンドイッチ 大根のタルティーヌ

果たして、このタルティーヌ。食べ終えたあとに、シェフのジェームスと作ってくれたビアンカに「これまで食べたなかで、私にとっては、ベスト1だった!」と伝えに行ったくらい、好きでした。いつものパン・オ・ルヴァンをトーストして、フレッシュチーズを塗り(バターは塗らない)、千切りした大根をもりつけて、前述の自家製発酵調味料をくるみオイルと合わせて上に散らした、これまでで最もあっさりしたものだったのですが、こんなに健康的なタルティーヌが他にあるだろうか?と思いました。まったく胃に重たさを感じなくて、むしろスッキリしたような気さえしました。こんな食後感を味わってしまったら、もう他のタルティーヌを食べられなくなるんじゃないかと思ったくらい(もちろん食べますけれど…)。主な材料は、大根とフレッシュチーズですが、決め手は発酵調味料で、ともかくおいしかった。すごくまろやかな柚子胡椒のような印象で、ほのかな甘みがあります。でも甘みは何も加えていないらしいです。ヴィネガーによるものなのだろうか? 柚子胡椒に何かジャムを合わせて似たような味ができるか実験してみたいと思いました。それに、大根の千切りをタルティーヌに盛り付けるというのが、また新鮮だったんですよねぇ。とても静かにじっくりと衝撃を受けたタルティーヌでした。


2024年11月8日 ポロネギのタルティーヌ

前夜、ディナーに訪れてそのまま宿泊をした翌朝。まず朝食を軽くいただいて、菜園を散歩してから、早めのランチといった趣きでタルティーヌを出してもらいました。畑で、芽キャベツやケール、ブロッコリーなど寒さに強いアブラナ科の作物がたくましく葉を広げているのを目にし、「あ〜もう冬がそこまで来ている〜」と見るからに肉厚な葉の舌触りを想像していたところに出てきたのは、ポロネギのタルティーヌ。確かに、ポロネギはすっくとまっすぐに土から伸びていました。だから、登場したことには驚きはなかったのだけれど、意外性を持って受け止めたのは、切り方です。

サンドイッチ 川村明子 ポロネギのタルティーヌ
サンドイッチ 川村明子 ボロネギのタルティーヌ
サンドイッチ 川村明子 ボロネギのタルティーヌ

なにせナイフとフォークの食文化圏だし、食べやすいもしくは摘みやすいように食材を細かく切るケースが日本に比べるとものすごく少ないと思います。こんなふうに細かに刻んだポロネギが具になっている何かをフランスで見たことはないような。バターで炒めてヴェルジュ(未成熟のブドウ果汁)と塩で味付けしてから、刻んだチャービルとチャイブ、グリルしたヘーゼルナッツと合わせたものは、ポロネギのそぼろとでも言いたくなる、どこかお惣菜っぽい味で、「これを作っておけばパンのおかずになるな」なんて思いました。
そしてやっぱりこんなふうに刻んであると、タルティーヌを手で持ってかじりつきたい私にとっては、とても食べやすかった。ポロネギそぼろの下に広げられているのはシェーブルチーズです。ローズマリー、セージ、セイボリー(キダチハッカ)と、ニンニク、オリーヴオイルでマリネしたもので、ハーブも全体の風味も完全に西洋の香りだしおかず感はどこにもないはずなのに、このタルティーヌはなぜか親しみやすい味だったんですよね。ちょっとパンのおかずを作ってみたくなりました。

次回は最終回です。魚を用いた美しいタルティーヌから、始まります。お楽しみに。

【今回のスケッチメモ】

シャンピニオン (きのこ) のタルティーヌ 川村明子
シャンピニオン(きのこ)のタルティーヌ
大根のタルティーヌ 川村明子
大根のタルティーヌ
ポロネギのタルティーヌ 川村明子
ポロネギのタルティーヌ

『Le Doyenné』

木12:00〜19:00 金土日12:00〜22:00 月火水休 ☎︎0658802518

この記事は、Vol.3です。Vol.1.2はこちらから。


文筆家 川村 明子

パリ在住。本誌にて「パリのサンドイッチ調査隊」連載中。サンドイッチ探求はもはやライフワーク。著書に『パリのパン屋さん』(新潮社)、『日曜日は、プーレ・ロティ』(CCCメディアハウス)などがある。Instagramは@mlleakiko。Podcast「今日のおいしい」も随時更新。朝ごはんブログ再開しました。

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