真似をしたくなる、サンドイッチ
ピザ窯で焼かれた生地が香ばしすぎる!パリで食べるべき揚げ焼きサンド。July 08, 2025
サンドイッチをこよなく愛するパリ在住の文筆家、川村明子さん。『&Premium』本誌の連載「パリのサンドイッチ調査隊」では、パリ中のサンドイッチを紹介しています。
ここでは、本誌で語り切れなかった連載のこぼれ話をお届け。No54となる今回は、本誌No140に登場した『ヴァファモク』で惜しくも紹介できなかったサンドイッチの話を。

私が避けている、あの食べもの。
実際に太るかどうか、あるいは、体が重たいと感じるか、という問題ではなくて、気持ちの問題、ひと言で表すなら背徳感という意味で、私が最も食べるのを避けているのがピザだ。以前は、ポテトチップスも極力買わず、年に1〜2度にとどめていたのだが、最近解禁した。というのも、好きなのは、フランスのじゃがいも農家がひまわり油で揚げる塩味のチップスで、考えてみたら、シンプルなじゃがいも料理じゃないか!と気付いたからだ。
そして、ピザへの距離も前より少しだけ近づいた。昨年パリに、天然酵母でピザ生地を作る店がオープンし、あまりに興味を引かれて食べに出かけたのだ。たしか2018年にニューヨークに行ったときに食べた以来の、おそらく6年ぶりのピザ。2枚頼んだうち1枚は、ホワイトアスパラと野生のアスパラが具で、旬を味わうピザに、全然“いけないものを食べている”気にならない。「こんなピザだったら、たまにご褒美に食べるのはよしとしようかなぁ」。そんなふうに思い始めたところで知ったのが、『ヴァファモク』だ。
揚げ焼きされた、ピザ生地に興味津々。
ピザ生地を揚げているらしいのだけれど、具が挟まれている。もしや、これはピザ生地を使ったサンドイッチ?と好奇心が沸いた。それで食べに出かけると、扉にPIZZA FRITTAの文字を見つけ、やっぱりピザなのかなぁと思いながら、ンドゥイヤ(辛味ソーセージ)入りのマルゲリータを食べてみることに。揚げピザなはずなのに、店内にはピザ窯があって、仕上げは“焼き”であるようだ。
出てきたそれは、四角くて、そっけなさを感じるくらいに中身を見せておらず、笑顔を見せない無口な人に出会ったかの印象を持った。でも、たぶん、いい人そうな感じがする。実際、そんな味だった。ただ、トマトソースとンドゥイヤの組み合わせに、夏のほうが似合いそうだ!と思った。時は11月。冬に向かうところだった。

結局、夏を待たず、出かけたのは春の始まり。
『ヴァファモク』はサンマルタン運河から100メートルほどのところにある。春の日差しにひなたぼっこがしたくなって、あの揚げピザサンド"パンツェロッティ"を運河沿いに腰掛けて頬張ろうと思っていたら、すでに店の前にテーブル席がひと組出されていた。みんな、考えることは同じようだ。ちょうど帰る人がいたから、そこで食べることにした。
何にしようとメニューを覗くと、前回はなかった「赤玉ねぎのコンフィ/18ヶ月熟成のコンテ(チーズ)/コショウ」というものを見つけた。光は明るくなってきたものの、まだ肌寒い。迷わずそれを注文。熱々を受け取り、紙に包まれたパンツェロッティを覗くと、やっぱりそっけないのだけれど、内側にものすごくおいしそうなものを秘めているように思えて、それで少しだけめくってみた。
そこで気付いたのだ。挟まれていることで、具が蒸されている。“めくる”ことでチラッと覗くことは、包んであったらできない。うれしくなった。玉ねぎのコンフィとコンテでおいしくないわけがないのだが、わざわざ具材として書かれているコショウが、そこまでたくさん振り掛けられているわけではないのに、香りで存在感を発揮していた。
帰り際に、メニューの「赤玉ねぎコンフィ」の行を指差しながら「これって、季節ごとに変わるのですか?」と尋ねると、「そう、ここに書かれているものは、1か月か2か月か、季節とか天気によるけれど、変わります。これももう春の具材になりますよ」と教えてくれた。その後、日本に3週間帰国し、パリに戻った翌日、再訪した。ピザ生地で作るホットサンド的なパンツェロッティがすっかり大好きになっていた。

新たに登場した具材は、「アーティチョーク/リコッタ/パルミジャーノ/レモン」。
見た途端に、こんなの好きに決まってるじゃないか!とツッコミを入れそうだった。色もきれいだろうし、ここの挟むスタイルだと、リコッタチーズもポソポソせずにしっとりして、ピザでは味わえないおいしさに違いない。
予想は的中、以上だった。柔らかなリコッタにレモンの爽やかさ、塩気の効いたパルミジャーノがキリッと味を引き締めて、それにアーティチョークのちょっとぎしっとした歯触りと同時に滑らかな舌触り。夢中で食べながら、「そうなんだよ、このパンツェロッティの大きな強みは耳がないことだよな」と改めて思う。私は、実際に残すことはないけれど、それでもたまに一瞬、ピザの端っこを残したくなることがある。でも、耳が最初からなければ、残す発想は生まれない。この形状はなかなか画期的な気がする。

いよいよ夏の兆しを感じて、トマトソースを使ったものを食べよう!と訪れた。一番人気だという「トマトソース/プロヴォラ(チーズ)/コショウ」を注文。プロヴォラとは、スカモルツァ(もしくはモツァレラ)をスモークしたものに似たチーズだそう。
あんまりおいしいと、「これ、飲める!」と言いたくなることがある。さすがにこれは飲めはしないが、何も考えずにするすると胃に収まっていった。毎度不思議だったのは、生地を揚げているというのに、手に持って食べても、指に油がほとんどつかないこと。『ヴァファモク』では、予め生地を揚げておいて、注文ごとに、生地を開いて具を挟み、窯で焼く。その焼く工程で油が飛ぶのだそうだ。
だから、軽やかで香ばしくて、同時に具を挟むことで内側はしっとり仕上がる。パンツェロッティの着想は、プーリアが発祥と言われるピザ生地の包み揚げ"パンツェロット"だけれど、それを、揚げてから焼くのは『ヴァファモク』のオリジナル。「耳を残すことにならなくていい」と伝えたら、「フードウェイストもなくすでしょ」と笑っていた。テイクアウトにすると、紙で包むだけで渡すのも、ゴミの軽減を意識してのことだそう。
『Vafamoc』

文筆家 川村 明子
