真似をしたくなる、サンドイッチ

カレー気分の日にぴったり!生地までふっくら、パリのナンサンド。June 17, 2025

サンドイッチをこよなく愛するパリ在住の文筆家、川村明子さん。『&Premium』本誌の連載「パリのサンドイッチ調査隊」では、パリ中のサンドイッチを紹介しています。
ここでは、本誌で語り切れなかった連載のこぼれ話をお届け。No53となる今回は、本誌No139に登場した『クナ・ナン』で惜しくも紹介できなかったサンドイッチの話を。

毎回恒例の、川村さんのスケッチから。今回はナンのロールサンド。巻かれる前からおいしそう。サンドイッチ 川村明子
毎回恒例の、川村さんのスケッチから。今回はナンのロールサンド。巻かれる前からおいしそう。

私はわりと定期的に、インドアーケードに足を運ぶ。

目当てはスパイスとお香。食材と雑貨、コスメを扱う店でいつも買っている。並びには、レストランも軒を連ねているのだが、一度も入ったことがない。なぜか、ちょっと勇気がいる気がする。通い始めて、もうずいぶん経つのに、まだ踏み出せない。でも、アーケードを歩けばスパイスの香りが漂っているから、カレーは食べたくなる。スパイスを買う店では、その店オリジナルのミックスカレーパウダーが3種類売っていて、なかでも私はヴィンダルー風がお気に入りだ。それを元に自分で作るカレーは、それはそれで好きなのだけれど、カレーの気分になったらひょいと食べに、もしくは、買いに行けるお店をどこかに見つけたいなぁと長らく思っていた。本格的なものよりも、少し気軽に楽しめるタイプがあるといいなぁと。

だから、アーケードとは離れたエリアにある『クナ・ナン』を知ったときには俄然興味が湧いた。インド人ファミリーが経営する自家製ナンがスペシャリテの店で、そのナンを使ったロールサンドが食べられるらしい。それを、カレー気分になったときに思い出して、さっそく行ってみることにした。

本誌で紹介したパニールサンド。小学校の給食ででた、チーズフライを思い出した。川村明子 サンドイッチ
本誌で紹介したパニールサンド。小学校の給食ででた、チーズフライを思い出した。
チーズがボリュームあるように思えるが、重たさはなく、とても食べやすい。 サンドイッチ 川村明子
チーズがボリュームあるように思えるが、重たさはなく、とても食べやすい。

ファサードは一面テラコッタ色に塗られ、そのシンプルでモダンな様子に期待が高まった。通りに面した窓は開いていて、作業台で、男性がナンの生地をのばしているのが見える。「あの、今、のばしているナンを食べられるのかな?食べたい!」と通りを渡り、店に入ると、先の男性が、のばした生地を手のひらより一回り大きいくらいの、布で包まれた丸い座布団(のようなもの)に広げて乗せ、それを手に前屈みの姿勢になって、備え付けの穴に腕を突っ込んだ。それを見て、タンドール窯(粘土性の円筒型のオーブン)があるのかぁ!と、うれしくなった。
初めてのピザ屋さんでピザ窯を見つけたときと同じような感覚だ。ステンレスの調理台の一部に穴が空いており、周りが少し高さのある縁で囲まれているわけではなかったから、パッと見ただけではそこに窯があるとはわからなかった。何枚かまとめて焼いているのではないらしいことを見て取り、壁に貼られたメニューに目を走らせた。

通りの窓からは、生地を伸ばしている様子が見られる。サンドイッチ 川村明子
通りの窓からは、生地を伸ばしている様子が見られる。

ナンロールは5種類。

チキン・ティッカ(骨なしチキンのタンドール焼き)、パニール(インドのチーズ)、牛肉のコンフィをほぐしたもの、クリスピーチキン、タマネギのフリッターで、この日は、パニール・ナンに決めた。ラッシーを飲みながら、待つこと数分。縁に焼き目のついた、ふっくらとした生地のロールサンドが運ばれてきた。生地だけでもおいしそうだ。
パニールは、太めの四角いスティック状で、揚げてある。食べてみると、一体感があった。メニューにはスパイシーソースとあったけれど、辛さはほとんど感じない。むしろマイルドで、クリーミー。脂っぽい印象もない。赤キャベツと、トマトかと思ったらそうではなくて、赤ピーマンがたっぷり巻かれている。赤ピーマンはトロッとしており、赤キャベツも少し火が通っているような歯応えで、それが、一体感に一役買っている気がした。すごく食べやすい。確かにソースはカレー味だし、トマトの酸味も少しあって、ピリッともしているのだけれど、何か突出したスパイスの風味や、パンチの効いたニンニクの香りもなく、全体的にマイルドで、なんというか、ふと、子ども用のカレーを食べたような安心した気持ちになった。

サンドイッチ クナ・ナン 川村明子

メニューにビリヤニがあるのを見つけて、それにも大いに惹かれたのだが、2回目に訪れたときも結局、ロールサンドにした。タマネギのフリッターにカシューナッツのソース、とあるのが気になっていたのだ。

食べてみて、頼んでよかった〜!と思った。これも、やっぱり食べやすかった。ヨーグルトソースとカシューナッツ入りのバターチキンソースに、タマリンドソースもかけられて、それらのソースの絡み具合がどこかお好み焼きを思い起こさせる。フリッターの衣にスパイスが混ぜられているものの、強すぎることはなく、タマネギを引き立てている感じで、ニンニクも風味を膨らませる程度の控えめな印象だ。あと、こういったサンドイッチには、生野菜を合わせることが多い気がする。それはそれでおいしい。でも、シャキッとした野菜がないことでの、具の一体感は、とても魅力的だった。味の面においても、食感でも、口の中で親しみを覚える感じ。インドのストリートフードってもっとパンチの効いた味なのかと想像していたから、予想を覆す、とてもうれしい出合いだった。
 

まずカシューナッツ入りバターチキンソースを塗って、上にタマネギのバジャを載せる。川村明子 サンドイッチ
まずカシューナッツ入りバターチキンソースを塗って、上にタマネギのバジャをのせる。
次に赤キャベツ。バジャを覆う要領でたっぷりと。 サンドイッチ 川村明子
次に赤キャベツ。バジャを覆う要領でたっぷりと。
赤ピーマンも盛り、ヨーグルトソースを広げて、最後にタマリンドソース。 川村明子 サンドイッチ
赤ピーマンも盛り、ヨーグルトソースを広げて、最後にタマリンドソース。
巻き込む前の図。巻くとソースが全体に行き渡って、お惣菜っぽさを感じた。 川村明子 サンドイッチ
巻き込む前の図。巻くとソースが全体に行き渡って、お惣菜っぽさを感じた。

そう、ナンの生地がふわッとやさしくて、次回はぜひこれを単体で味わいたいなぁと思っている。サイドメニューでオーダー可能です。

『Kuna Naan』

39 rue Jean-Baptiste Pigalle 75009 ☎️なし 11:30〜14:45 18:30〜22:00 土11:30〜22:00 無休 ナンだけの注文も可。デザートには、ヌテラを塗ったナンも。 サンドイッチ 川村明子
39 rue Jean-Baptiste Pigalle 75009 ☎️なし 11:30〜14:45 18:30〜22:00 土11:30〜22:00 無休 ナンだけの注文も可。デザートには、ヌテラを塗ったナンも。


文筆家 川村 明子

川村明子
パリ在住。本誌にて「パリのサンドイッチ調査隊」連載中。サンドイッチ探求はもはやライフワーク。著書に『パリのパン屋さん』(新潮社)、『日曜日は、プーレ・ロティ』(CCCメディアハウス)などがある。Instagramは@mlleakiko。Podcast「今日のおいしい」も随時更新。朝ごはんブログ再開しました。

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