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名古屋『KISO』の加藤耕平さんがつくる“もっちゅり”サワードゥ。サワードゥ日誌 vol.3。 写真と文:池田浩明 (『パンラボ』主宰) #3April 21, 2025
○月×日
福岡の名店『パンストック』出身の加藤耕平さんが開いた、名古屋の『KISO』を訪ねる。
ネット上の整理券システムは、発行開始と同時に瞬殺する超人気店だ。
具だくさんで、きらびやかな見た目に惹かれる人が多いのかもしれない。

たとえば、この「チョコのライ」「ナッツのライ」「果実のライ」「八丁味噌のライ」「種のライ」。
ライ麦入りのひとつの生地から、5種のまったくユニークなパンを作り出す、豊かな発想に驚きを隠せない。
けれど、僕がもっとも心を動かされるのは、そのパン生地自体にこそ、パン職人の魂が宿っていることだ。
華やかな具材が、パン生地に由来する小麦の風味がまろやかにしてくれたり、発酵の風味と合わさることで思わぬ変化をもたらしたり。それが、想像以上のおいしさになっている。

パン職人とは、なにより「パン生地を作る人」なのだと思う。
酵母や小麦と向かい合い、長い長い時間を費やして、その生地はつくられる。
作り手本人さえ予想できない微生物の動きや、畑のテロワールが反映する“小麦の表現”に人生を懸けている。
そんな生き方が、僕は好きなのだ。だからパン職人を追いかけているのかもしれない。なかでも、『KISO』の加藤さんは僕の熱烈な“推し”のひとり。最先端の製法を使って、今までのパン常識のその向こうへ挑みつづけている。
市販のイースト(市販のパン酵母)だけのパンとは異なり、自家製の発酵種を育ててつくるパンは、酵母や乳酸菌とともに時間を重ね、苦楽を共にした、パン職人の本領という感じがする。

ライ麦の生地も然り。そして、堂々たる、『KISO』のサワードゥ。
パンの表面から立ち上がるステーキ肉のような香りには、ここまで香ばしさの濃度を出せたか...と感動すると同時に、さつまいもの皮のような甘い香りも感じられる。
中は、もっちりしていそうで跳ね返らず、見事に溶ける“もっちゅり”。
酸味は強すぎ、さわやかに。甘さとのコンビネーションによって白ぶどうのようなフルーティな香り。
このサワードゥには、特別な製粉によって麦の個性をとことん引き出した、北海道産小麦「ゆめちから」が使われている。
麦と発酵はパンを形づくる両輪。
麦のポテンシャルが良い発酵を促し、発酵が麦の力を引き立てる。その両輪が、加藤さんのサワードゥの中では高次元で結びつき、結晶化している。
edit : Sayuri Otobe
パンの研究所『パンラボ』主宰 池田浩明
