美しい暮らしのある、日本の町を旅する

山と海の距離が近く、古き良き面影の残る町、尾道。__前編July 22, 2023

山腹にひしめきあう寺社や家々、迷路のように細い路地、海の川と呼ばれる尾道水道。山や海に囲まれ、古き良き面影の残る尾道市中心街。一方で、「瀬戸内しまなみ海道」が繋ぐ、生口島(いくちじま)をはじめとする離島もまた尾道市だ。自然と町の距離が近い尾道の魅力をビストロ『ビズー』店主の岡本久美子さんがガイドする。

Landscape_千光寺頂上展望台から眺める絶景、尾道の町並みとしまなみ海道の島々。

山と海の距離が近く、古き良き面影の残る町、尾道 ビズー 岡本久美子
千光寺公園(尾道市西土堂町19‒1)に2022年にオープンした新しい展望台ピークから、尾道を一望できる。長さ63mの展望デッキから望むのは、尾道水道のある町並みをはじめ、海に浮かぶ渡し船や商船、向島(むかいしま)にある造船所、しまなみ海道の島々。晴れた日には四国山地まで見渡すことができる。千光寺公園まではロープウェイが運行しており、山麓駅から山頂駅まで約3 分。「公園までは歩いても登れますが、行きはロープウェイで壮大なパノラマを堪能し、帰りは徒歩で、斜面に建てられた家々や風情ある路地を散策しながら下りてくるのもおすすめです」と岡本さん。公園は桜の名所としても知られており、夜景も楽しめる。尾道を知るならまずはここに。

Craftwork_受け継がれた技術で現代の帽子作りを アップデートする〈藤井製帽〉の直営店。

1948年、広島県の特産品である経木(きょうぎ)帽子や麦わら帽子を中心に、尾道市で創業した〈藤井製帽〉。直営店の『藤井製帽 小売部』(尾道市土堂1‒15‒17)は、尾道海岸通りの創業の地で2014年にリニューアルオープン。原点である麦わら帽子は、現在も熟練の職人の手作業による。岡本さん曰く「尾道は人やものが行き交う港町ということもあって、土地に根付いたクラフトが生まれにくい印象。そんななかでも地元民に馴染み深いブランドだと思います」。デザイナーの垣根千晶さんによるブランド〈točit(トチエット)〉。アシメトリーなデザインなど、コンセプチュアルなライン。
1948年、広島県の特産品である経木(きょうぎ)帽子や麦わら帽子を中心に、尾道市で創業した〈藤井製帽〉。直営店の『藤井製帽 小売部』(尾道市土堂1‒15‒17)は、尾道海岸通りの創業の地で2014年にリニューアルオープン。原点である麦わら帽子は、現在も熟練の職人の手作業による。岡本さん曰く「尾道は人やものが行き交う港町ということもあって、土地に根付いたクラフトが生まれにくい印象。そんななかでも地元民に馴染み深いブランドだと思います」。デザイナーの垣根千晶さんによるブランド〈točit(トチエット)〉。アシメトリーなデザインなど、コンセプチュアルなライン。
店舗で扱うのは〈točit〉のほかデイリーに使えるベーシックラインの〈FUJII SEIBO〉も。
店舗で扱うのは〈točit〉のほかデイリーに使えるベーシックラインの〈FUJII SEIBO〉も。

Culture Spot_『SOIL Setoda』でまた違う〝尾道〞を。 瀬戸田の暮らしを体感できる複合施設。

しまなみ海道の中心に位置する生口島。瀬戸田港から程近い場所に2021年にオープンしたのが、レストラン、ショップ、宿泊施設を備えた複合施設『SOIL Setoda』(尾道市瀬戸田町瀬戸田254‒2)。「景観も町並みも異なる瀬戸田は、また違った〝尾道〞を楽しめると思います」と岡本さん。今年4 月、裏手にセレクトショップ『ひ、ふ、み』(尾道市瀬戸田町瀬戸田259‒2)がオープン。1 階はグロサリー、雑貨などを扱う。2 階は客室に。写真の器は、尾道では珍しい焼き物、向島にある「向島東製陶所」のもの。
しまなみ海道の中心に位置する生口島。瀬戸田港から程近い場所に2021年にオープンしたのが、レストラン、ショップ、宿泊施設を備えた複合施設『SOIL Setoda』(尾道市瀬戸田町瀬戸田254‒2)。「景観も町並みも異なる瀬戸田は、また違った〝尾道〞を楽しめると思います」と岡本さん。今年4 月、裏手にセレクトショップ『ひ、ふ、み』(尾道市瀬戸田町瀬戸田259‒2)がオープン。1 階はグロサリー、雑貨などを扱う。2 階は客室に。写真の器は、尾道では珍しい焼き物、向島にある「向島東製陶所」のもの。
『SOIL Setoda』の1 階は食堂『MINATOYA』とラウンジスペース。宿泊者や地域住民の憩いのスペースに。2 階はゲストルーム。
『SOIL Setoda』の1 階は食堂『MINATOYA』とラウンジスペース。宿泊者や地域住民の憩いのスペースに。2 階はゲストルーム。

Food_ ローカルと旅行客が足繁く通う店。 『めん処 みやち』と『ビズー』。

尾道本通り商店街にある『めん処 みやち』(尾道市土堂1‒6‒22)は、長年地元民から愛されている老舗。岡本さんが好きなのが、小エビのかき揚げが入った「てんぷら中華」(並¥730)。出汁が効いた優しい塩味のスープが染みる。
尾道本通り商店街にある『めん処 みやち』(尾道市土堂1‒6‒22)は、長年地元民から愛されている老舗。岡本さんが好きなのが、小エビのかき揚げが入った「てんぷら中華」(並¥730)。出汁が効いた優しい塩味のスープが染みる。
店主の加藤滋さんと妻の慶子さん。戦後すぐにできた店はもともと食堂だった。35年ほど前に先代が店を閉めると聞いて、この味を残したいと息子の友人だった加藤さんが引き継いだという。現在、親子3 代で通う客もいる。
店主の加藤滋さんと妻の慶子さん。戦後すぐにできた店はもともと食堂だった。35年ほど前に先代が店を閉めると聞いて、この味を残したいと息子の友人だった加藤さんが引き継いだという。現在、親子3 代で通う客もいる。
新開(しんがい)と呼ばれる地区の外れ、尾道本通り商店街の先に佇む『ビズー』(尾道市久保2‒5‒24)は、店主でシェフの岡本真人さんと妻の久美子さんが営むビストロ。左から、「檸檬鶏」(¥900)、「羊のソーセージとスイカ」(¥1,500)、「ビーツと卵」(¥750)。ワインはナチュール。グラスは¥1,000~。
新開(しんがい)と呼ばれる地区の外れ、尾道本通り商店街の先に佇む『ビズー』(尾道市久保2‒5‒24)は、店主でシェフの岡本真人さんと妻の久美子さんが営むビストロ。左から、「檸檬鶏」(¥900)、「羊のソーセージとスイカ」(¥1,500)、「ビーツと卵」(¥750)。ワインはナチュール。グラスは¥1,000~。
フレンチ出身の真人さんだが、地元産の食材を使った料理は多国籍で独創的。スパイスがアクセント。県外からも足を運ぶ客やリピーターも多い。要予約。
フレンチ出身の真人さんだが、地元産の食材を使った料理は多国籍で独創的。スパイスがアクセント。県外からも足を運ぶ客やリピーターも多い。要予約。

The Guide to Beautiful Towns_尾道

音を感じながら過ごす時間が尾道旅の醍醐味。

「尾道は〝感じる〞町なんです。海風が吹く音、山の木々の音、船の汽笛、電車が走る音、鳥のさえずり……。いろいろな音が響いているけど、どれも温かみがあって、
この町の景色と合うんですよね」と話すのは、尾道でビストロ『ビズー』を手がける岡本久美子さん。10年ほど前に初めて訪れ、ここに住みたいと移住を決めた。

「尾道インターを下りて、一般道路に入った途端、車の速度が急に遅くなってびっくりして(笑)。町の人たちものんびり喋るし、都会とは時間の流れ方が違っていいなって。すぐに気に入りました」

 尾道三山がある本州側と対岸の島に囲まれた尾道は、山、海、町の距離が近い。町の中心を流れる尾道水道は使い勝手の良さから、中世の開港以来、良港として繁栄した。人が行き交い、物流が活発だった頃、町の発展とともに、山と海の間の限られた空間に、多くの寺社と住宅が密集して建てられた。さらに、その間を縫うように造られたのが細い小路(しょうじ)や坂道。急勾配に立つ家々、迷路に迷い込んだかのように続く路地、参道を線路や道路が横切る神社、その隙間で伸び伸び暮らす猫たち。どこか別世界のような尾道の光景は、文学や映画でも度々取り上げられてきた。古くは松尾芭蕉や正岡子規、志賀直哉らの作品に、また小津安二郎や大林宣彦の映画でもよく知られている。「海が見えた 海が見える 五年振りに見る尾道の海はなつかしい」という言葉が尾道本通り商店街の入り口の石碑にある。作家・林芙美子の『放浪記』にある有名な一節には、郷愁だけではない、この町の独特な景観の魅力をも表している。そんな誰もが想起する「ザ・尾道」を堪能するには、まずは山の上から眺めることがおすすめだと岡本さん。

「千光寺山ロープウェイ山麓駅から千光寺公園へ向かいましょう。ロープウェイの途中、尾道の旧市内では一番古い神社といわれる艮(うしとら)神社が眼下に見えます。境内にある大きな楠は樹齢900年といわれる県の天然記念物。山頂に着いたら展望台へ。市内を一望でき、ここから尾道水道やしまなみ海道の島々も見えるので、位置関係がわかりやすいと思います」

 尾道市には、いわゆる昔ながらの〝尾道の町〞のほかに、向島(むかいしま)、因島(いんのしま)、生口島(いくちじま)など島も含まれる。瀬戸内海に浮かぶ6つの島を10本の橋で結ぶ「瀬戸内しまなみ海道」は、エメラルドグリーンの透き通った海の上に架けられた幹線道路。なかでも「瀬戸田」の地名で知られる生口島は、レモンの生産量日本一を誇る島だ。本州から車で30分ほど、同じ市内でもまったく違った風景を楽しめる。

「『SOIL Setoda』や宿ができて、最近注目されているエリアですね。でも商店街は昔ながらのまま。そこに若い人たちが集まってきているので、新旧のミックス具合が面白い。それに瀬戸田の自然はダイナミック。車や自転車もいいけど、尾道駅前から定期船が出ているので、瀬戸内海の島を眺めながら行くのもおすすめです」

 尾道で岡本さんが好きな店は、昭和レトロな雰囲気そのままの尾道本通り商店街周辺に多い。

「地元に根付いたものづくりのなかで、長年続いている〈藤井製帽〉は尾道のクラフトといえますね。今も昔と変わらず手仕事を貫いているのがいいなと思います。飲食は地元民に馴染み深い大衆的な店や気軽な店がたくさんある。長年、同じ場所でオープンしていたり、ちょっとクセが強いけど気取りがなくて温かい店主が多い。夫婦で長年切り盛りしている『めん処みやち』、店主の陽気なキャラと本場さながらの味が楽しめる『タコス屋 ハルディン』、味はもちろんセンスがめちゃくちゃ素敵な蕎麦店『笑空(えそら)』、新開エリアにあるディープな『洋酒喫茶ロダン』など、みんな流行りに流されることなく、芯を持って仕事をしている。意志を感じられる店が私が思う〝いい店〞です」

 古き良き暮らしが残る尾道を歩いていると、ヴィンテージを愛でるような愛おしい気持ちが湧いてくる。その味わいは一朝一夕ではできなく、経年でしかつくれない。

「店の佇まいや路地の雰囲気、人のスピード感も基本的に昔から変わっていなくて、そのまま時が流れているだけだと思います」

 だから、尾道という土地を楽しむには、はっきりした目的がないほうがいいのかもと岡本さん。

「観光スポットを頑張って回るよりも、尾道水道沿いに腰を下ろして、ぼーっとしてみたり、宿で朝ゆっくりした時間を過ごしたり。都会だったらせわしなく過ぎてしまう時間を、のんびり過ごしてほしい。そうすることで、昔と変わらない尾道ならではの音や光や風を感じられる。それがこの町を旅する醍醐味だと思います」

岡本久美子 『ビズー』店主

1974年、福島県生まれ。東京や鎌倉、地元福島で働いた後、2013年に尾道に移住し、夫の岡本真人さんとビストロ『ビズー』をオープン。現在マダムとして切り盛りする一方、今秋、向島に自身のショップを計画中。

岡本久美子
 
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東京・大阪方面から山陽新幹線で福山駅下車、福山駅からJR山陽本線に乗り換えて、尾道駅を目指すのが一般的。新幹線で新尾道駅下車の場合、尾道駅へは3 ㎞以上離れているので、車での移動が必要。尾道中心市街地は徒歩で回るのがおすすめ。島に行く場合はレンタカー、船、自転車で。

photo : Tetsuya Ito illustration : Jun Koka edit & text : Chizuru Atsuta

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