美しい暮らしのある、日本の町を旅する

那覇へ。首里・栄町・壺屋に「沖縄 (ウチナー) 」の面影を偲ぶ。__前編August 05, 2023

琉球王国の王都・首里とその商都だった那覇。王朝の世は今は昔、名残の街並みも戦火に消えた。しかし観光客で賑わう大通りを外れて路地を彷徨えば、島人たちが「我した島沖縄」(わしたしまウチナー)として愛する風情や暮らしが仄かに浮かぶ。そんな場所を那覇の路地裏で『珈琲屋台ひばり屋』を営む辻佐知子さんが案内してくれた。

Landscape_城下の町・首里と陶器の町・壺屋。 往時を思いながら小径を逍遙(しょうよう)する。

沖縄 那覇 珈琲屋台ひばり屋 辻佐知子 旅
壺屋やちむん通りの裏手に残る、琉球王国時代から続く陶工の家『新垣(あらかき)家住宅』(那覇市壺屋1‒28‒32)。敷地内には国王からの御拝領窯と伝えられる登り窯「東窯(アガリヌカマ)」が佇む。市街地のど真ん中に横たわるその堂々とした姿は圧巻だ。
「首里城に行くときはぜひ儀保(ぎぼ)駅からの道を」。明るい日差しに琉球石灰岩が白く映える小径。近くには王府ゆかりの老舗ちんすこう店や味噌蔵、湧水(ゆうすい)、拝所などが点在し、家並みこそ違えど首里城の城下町だった面影を感じさせる。
「首里城に行くときはぜひ儀保(ぎぼ)駅からの道を」。明るい日差しに琉球石灰岩が白く映える小径。近くには王府ゆかりの老舗ちんすこう店や味噌蔵、湧水(ゆうすい)、拝所などが点在し、家並みこそ違えど首里城の城下町だった面影を感じさせる。
壺屋のスージグヮー(路地)。古い石垣にはめ込まれた「石敢當(いしがんとう)」や、その上に鎮座する「石獅子」に戦前の壺屋の姿が偲ばれる。界隈には今も陶房が多く残り、陶工たちがろくろを回す姿も見られる。
壺屋のスージグヮー(路地)。古い石垣にはめ込まれた「石敢當(いしがんとう)」や、その上に鎮座する「石獅子」に戦前の壺屋の姿が偲ばれる。界隈には今も陶房が多く残り、陶工たちがろくろを回す姿も見られる。

Craftwork_『decco』と『レユニール』、首里(スイ)で出合った、今を彩る手技の粋(すい)。

辻さん愛用の首里のクラフトショップ2 店。首里は染織、金細工(カンゼーク)など、伝統工芸の町でもある。その心と技を受け継ぎ、今のライフスタイルに合う作品を作る作家も現れている。沖縄では珍しい白い磁器でニュートラルな器を制作する仲村盛隆(もりたか)さんのアトリエ兼ショップ『decco』(那覇市首里鳥堀町4‒89‒5)。
辻さん愛用の首里のクラフトショップ2 店。首里は染織、金細工(カンゼーク)など、伝統工芸の町でもある。その心と技を受け継ぎ、今のライフスタイルに合う作品を作る作家も現れている。沖縄では珍しい白い磁器でニュートラルな器を制作する仲村盛隆(もりたか)さんのアトリエ兼ショップ『decco』(那覇市首里鳥堀町4‒89‒5)。
沖縄にこだわった県内作家の作品を多く扱うジュエリーショップ『レユニール』(那覇市首里久場川町2‒28‒1)。プレート左側のクバ扇をかたどったネックレス(各¥7,700)などと右奥のフーチバー(よもぎ)バングル(¥18,370)は〈アトリエひと匙〉、プレート右側の沖縄のシーグラスを使ったブレスレット(¥13,200)などは〈okinawa seaglass skso〉の作品。プレートは『decco』。
沖縄にこだわった県内作家の作品を多く扱うジュエリーショップ『レユニール』(那覇市首里久場川町2‒28‒1)。プレート左側のクバ扇をかたどったネックレス(各¥7,700)などと右奥のフーチバー(よもぎ)バングル(¥18,370)は〈アトリエひと匙〉、プレート右側の沖縄のシーグラスを使ったブレスレット(¥13,200)などは〈okinawa seaglass skso〉の作品。プレートは『decco』。

Culture Spot_昼の栄町市場が楽しくなってきた。 コーヒーが繋いでいくコミュニティ。

迷路のような栄町市場。『COFFEE potohoto(ポトホト)』(那覇市字安里388‒1 栄町市場内)はそのほぼ中央にある。「夜だけでなく、昼の栄町にも若い人の店が増えてきたのは『potohoto』があったからだと思う。『とりあえずコーヒーでも』って大事」。市場の店の人、市場のお客さん、地元の人、観光客らが次々と立ち寄る。おばぁがスペシャルティコーヒーを頼むのもここでは日常。
迷路のような栄町市場。『COFFEE potohoto(ポトホト)』(那覇市字安里388‒1 栄町市場内)はそのほぼ中央にある。「夜だけでなく、昼の栄町にも若い人の店が増えてきたのは『potohoto』があったからだと思う。『とりあえずコーヒーでも』って大事」。市場の店の人、市場のお客さん、地元の人、観光客らが次々と立ち寄る。おばぁがスペシャルティコーヒーを頼むのもここでは日常。
コーヒーを介して居合わせた者同士、会話が生まれる。ロフトには市場内外の人がコミュニケーションに使えるスペースも設けた。「店を続けられたのは市場の人がたくさん飲んでくれたおかげ。だから僕らもこの市場の優しいコミュニティを次の世代や市場の外に広めていきたいんです」と店主の山田哲史(てつし)さん。
コーヒーを介して居合わせた者同士、会話が生まれる。ロフトには市場内外の人がコミュニケーションに使えるスペースも設けた。「店を続けられたのは市場の人がたくさん飲んでくれたおかげ。だから僕らもこの市場の優しいコミュニティを次の世代や市場の外に広めていきたいんです」と店主の山田哲史(てつし)さん。

Food_ 身も心も元気にする島料理の食堂と、 頭も体もほどく島の酒に出合えるバー。

浮島通り近くにある『食堂faidama(ファイダマ)』(那覇市松尾2‒12‒14‒1F)。「ファイダマ」は石垣島の言葉で「食いしん坊」。「那覇でおいしくて、美しくて、体にいいランチやお弁当といえば、ここ!」 野菜デリ8 ~10種類にサラダ、前菜などが付いた「野菜が食べたい日の定食」(¥1,540)。店主の父や叔父の畑で穫れた野菜など、旬の沖縄食材にこだわる。
浮島通り近くにある『食堂faidama(ファイダマ)』(那覇市松尾2‒12‒14‒1F)。「ファイダマ」は石垣島の言葉で「食いしん坊」。「那覇でおいしくて、美しくて、体にいいランチやお弁当といえば、ここ!」 野菜デリ8 ~10種類にサラダ、前菜などが付いた「野菜が食べたい日の定食」(¥1,540)。店主の父や叔父の畑で穫れた野菜など、旬の沖縄食材にこだわる。
東京の日本料理店、沖縄料理店で修業した店主の高江洲毅(たかえす・つよし)・美沙夫妻。いつも和気あいあいで元気ハツラツ。
東京の日本料理店、沖縄料理店で修業した店主の高江洲毅(たかえす・つよし)・美沙夫妻。いつも和気あいあいで元気ハツラツ。
沖縄 那覇 珈琲屋台ひばり屋 辻佐知子 旅
壺屋の泡盛バー『オニノウデ』(那覇市壺屋1‒7‒13)の壮観な壁面。店主の佐久川長将(さくかわ・ちょうしょう)さんは若い頃からのやちむん収集家。酒器によって泡盛の味わいが変わることを伝えたくて、酒器と泡盛のペアリングが楽しめる店を聖地・壺屋に開いた。店内には琉球王朝時代のものや昭和の名匠の作品など貴重なやちむんが無造作に並ぶ。佐久川さんの沖縄文化に関する造詣もまた味わい深い。店名の「オニノウデ」は壁面中央で花器として使われている酒器の名前から。

The Guide to Beautiful Towns_那覇

古さと新しさの一体感が首里、栄町、壺屋の魅力。

 那覇・桜坂の一角。「本当にこんなところに店が?」と思うような細い路地を辿った奥に、辻佐知子さんの店『珈琲屋台ひばり屋』は密やかに佇む。正確には「店」ではなく、小さな庭と一台の屋台だ。この「秘密の園」で味わう一杯、過ごすひとときを目的に、地元はもちろん、日本各地や海外からも多くの人が訪れる。そして至福の時間を楽しみながら誰もが思う。「よくこんな場所見つけたなぁ」と。そう、辻さんは日常のすき間に潜む素敵な空間や時間を見つける達人なのだ。

 辻さんが惹かれるのは、新しい景色の中に古いものが垣間見えたり、昔ながらの世界に新しさが立ち現れるような、そんな情景だ。首里もそんな町の一つ。

「忘れられないのは、ゆいレールの儀保駅から首里城公園に向けて歩いたときのこと。龍潭(りゅうたん)通りに出る手前で、住宅街の小径の先に赤い首里城の立つ丘が突然バーンと現れて、すごい感動したんです。それが炎上する2日前でした」

 首里城公園や金城(きんじょう)町の石畳道はもちろん美しいが、彼女のお気に入りはかつての城下町だった桃原(とうばる)町、大中(おおなか)町、当蔵(とうのくら)町の界隈。

「車も通れない細い道が迷路のようになっていて、そこにワザと迷い込むんです。すると昔からの建物や湧水(ゆうすい)、拝所などがあったりして、琉球の時代にタイムスリップしたような気分になります」

 首里城が再建される2026年を待つ間、そんな町歩きに旅の時間を使うのも一興かもしれない。

 1年ほど前に栄町市場の近くに自宅を引っ越した辻さん。今ではアジア的なディープな飲み屋街、餃子の町として全国区になったが、彼女がぜひ訪れてほしいと思うのは、昼の栄町市場。そこには観光向けではない、昔ながらの沖縄の「市場(マチグヮー)」の風景がある。

「お肉屋さんも何軒かあるのですが、みんなそれぞれ行く店が決まっていて、私は『安座間(あざま)精肉店』さん。トンカツを作るときは必ずここで買います。行くと『今夜はトンカツね。何人で?』と声をかけてくれます。市場では肉でも魚でも野菜でも、作りたい料理を伝えれば、一番いい素材、いい部位、いい分量を教えてくれる。もっと昼の市場を使いこなさなきゃ、というのがこの1年の反省です」

 昼の栄町市場の最新トピックは、今年1月の自家焙煎コーヒー店『COFFEE potohoto(ポトホト)』の市場内移転だろう。2006年以来、間口1間(けん)のコーヒースタンドとして営業してきたが、焙煎所を併設し、飲食スペースも設けた。今や昼の市場の「広場」的存在だ。

「昼の市場がマチグヮーの良さを残したまま、さらに活気が出てきたのは、『potohoto』の山田さん夫妻の頑張りが大きいと思う。紗衣(さえ)さんは栄町市場商店街組合の事務局長として市場を支え、哲史(てつし)さんはコーヒーという飲み物の力で人々と市場を繋げている。その地域に根ざした活動は、同じコーヒー屋として本当に尊敬します」

 ここ1年、市場にはコーヒーと連動するように、ケーキ屋、パン屋、レコード店、洋書店などが続々オープン。旅人も昼の市場を気軽に楽しめるようになってきた。

 壺屋は言わずと知れたやちむん(焼き物)の町だ。陶器店が並ぶ「壺屋やちむん通り」を外れてスージグヮー(路地)に入れば、柳宗悦ら民藝運動の面々が愛した町の残像がそこここに現れる。

 また壺屋は、沖縄戦で焦土となった那覇で、最初に住民が戻ってきて、生活や商売を始めた町でもある。そんな土地柄が持つ磁場は、今も新しい住民や店舗を引き寄せる。特にここ数年の都市整備事業によって、壺屋と桜坂が繋がり、農連市場のあった開南や浮島通り周辺も人の流れが変わった。観光客で賑わう第一牧志公設市場を中心とするアーケード商店街を囲うようにして、その外環を成すこの壺屋・桜坂・浮島通り界隈は、センスのいい店が続々生まれている現在の那覇のホットスポット。まさに古くて新しい町なのだ。

「このあたりはもともと商売中心に人が行き交うエリア。それでも私が好きな店の人たちは浮ついてなくて、みなさんしっかり地に足が着いている。ウチナーンチュも、県外から来た人も、沖縄文化へのリスペクトがあって、この地域を誇りにしている。商売も大事だけ
ど、沖縄や地域の役に立ちたいという思いをより強く感じます」

 沖縄の民衆の国歌とも呼ばれる名曲『芭蕉(ばしょうふ)布』のフレーズ「我した島沖縄(ウチナー)」。その思いの中にこそ、那覇の暮らしの美しさの秘密があるのかもしれない。

「那覇に住んで20年近くですが、出会った人や屋台のお客さんに教えられて、この10年ほどでようやく沖縄文化の深い魅力がわかるようになった気がします。まだまだ沖縄への興味は尽きないですね」

辻 佐知子 『珈琲屋台ひばり屋』店主

千葉県出身。2004年初頭、東京・有楽町を歩いていて、沖縄でコーヒー屋台を開く天啓を受ける。同年7 月に那覇で開業。屋台の場所は現在5 か所目。営業は10時30分~19時、雨天休。詳細はTwitterで。▷那覇市牧志3‒9‒26

辻 佐知子
 
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那覇市内各所へは那覇空港からゆいレール利用が便利。首里エリアは首里駅または儀保駅下車だが、ここでのオススメは儀保駅から首里城公園に向けて歩くルート。栄町市場は安里駅下車すぐ。壺屋・桜坂・浮島通りエリアへは牧志駅下車、徒歩10分程度の範囲内。迷ったら第一牧志公設市場を目指しリセット。

photo : Yu Zakimi illustration : Jun Koka edit & text : Katsuyuki Mieda

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