美しい暮らしのある、日本の町を旅する

那覇へ。首里・栄町・壺屋に「沖縄 (ウチナー) 」の面影を偲ぶ。__後編August 06, 2023

琉球王国の王都・首里とその商都だった那覇。王朝の世は今は昔、名残の街並みも戦火に消えた。しかし観光客で賑わう大通りを外れて路地を彷徨えば、島人たちが「我した島沖縄」(わしたしまウチナー)として愛する風情や暮らしが仄かに浮かぶ。そんな場所を那覇の路地裏で『珈琲屋台ひばり屋』を営む辻佐知子さんが案内してくれた。この記事は那覇を旅した後編です。前編はこちら

24の写真で辿る、美しい暮らしのある町・那覇。

首里大中町の味噌蔵『玉那覇(たまなは)味噌醤油』は琉球王朝末期から160年続く老舗。
首里大中町の味噌蔵『玉那覇(たまなは)味噌醤油』は琉球王朝末期から160年続く老舗。
首里桃原町、琉球王族・尚(しょう)家の敷地内にある厳かな雰囲気の湧水・指サシカサヒージャー司笠樋川。
首里桃原町、琉球王族・尚(しょう)家の敷地内にある厳かな雰囲気の湧水・指サシカサヒージャー司笠樋川。
静かな住宅街の古民家を利用した菓子店『榮椿(えいちん)』(那覇市首里儀保町1‒36)。
静かな住宅街の古民家を利用した菓子店『榮椿(えいちん)』(那覇市首里儀保町1‒36)。
首里の巡拝の風習にあやかった丸い一口カステラ「首里十二支カステラ」が名物。人気は右の紅芋と左の冬瓜漬レモン。
首里の巡拝の風習にあやかった丸い一口カステラ「首里十二支カステラ」が名物。人気は右の紅芋と左の冬瓜漬レモン。
『potohoto』店主の山田哲史さん。沖縄を代表する焙煎家の一人で、沖縄産コーヒーの開発販売にも生産者と取り組む。 
potohoto』店主の山田哲史さん。沖縄を代表する焙煎家の一人で、沖縄産コーヒーの開発販売にも生産者と取り組む。 
昼の栄町市場(06~10)。『はいさい食品』の新鮮な果物や野菜は、向かいのパーラー『コツコツ』でスムージーに。
昼の栄町市場(06~10)。『はいさい食品』の新鮮な果物や野菜は、向かいのパーラー『コツコツ』でスムージーに。
辻さんも通う『安座間(あざま)精肉店』。常連客とのやりとりにナマの沖縄語(ウチナーグチ)が聞ける。
辻さんも通う『安座間(あざま)精肉店』。常連客とのやりとりにナマの沖縄語(ウチナーグチ)が聞ける。
極細通路を挟んで並ぶ『宮里小書店(みやざとこしょてん)』と『金城商店』。『宮里小書店』の宮里綾羽(あやは)さんは著書『本日の栄町市場と、旅する小書店』で栄町市場の魅力を綴る。
極細通路を挟んで並ぶ『宮里小書店(みやざとこしょてん)』と『金城商店』。『宮里小書店』の宮里綾羽(あやは)さんは著書『本日の栄町市場と、旅する小書店』で栄町市場の魅力を綴る。
2 月開業のケーキ屋『ラヴィ.』。ケーキは『potohoto』に持ち込み可能。隣は祖母が約70年営む『比屋根(ひやね)千切り店』。
2 月開業のケーキ屋『ラヴィ.』。ケーキは『potohoto』に持ち込み可能。隣は祖母が約70年営む『比屋根(ひやね)千切り店』。
昨年移転してきた『GOOD MUSIC RECORDS』。座ってゆっくり試聴も可能。
昨年移転してきた『GOOD MUSIC RECORDS』。座ってゆっくり試聴も可能。
店主手製の『オニノウデ』の琉球伝統料理。塩ラフテー、島ニンジンの味噌煮、ドゥルワカシーなど、いずれも泡盛に合う味に。酒器は名匠・國吉清尚(くによし・せいしょう)の作品。
店主手製の『オニノウデ』の琉球伝統料理。塩ラフテー、島ニンジンの味噌煮、ドゥルワカシーなど、いずれも泡盛に合う味に。酒器は名匠・國吉清尚(くによし・せいしょう)の作品。
壺屋に惹かれ、今年開業した『ソイトビオ』(壺屋1‒5‒14‒2F)の自家製酵母パン。「佇まいが美しいパン」と辻さん。
壺屋に惹かれ、今年開業した『ソイトビオ』(壺屋1‒5‒14‒2F)の自家製酵母パン。「佇まいが美しいパン」と辻さん。
浮島通りの古いビルをリノベし、沖縄の気候風土に合ったファッションを提案する『AKOH KLOH(アコークロウ)』(壺屋1‒6‒1)。
浮島通りの古いビルをリノベし、沖縄の気候風土に合ったファッションを提案する『AKOH KLOH(アコークロウ)』(壺屋1‒6‒1)。
自然素材で作るオリジナルブランドの服やインナーは県外にも固定ファン多数。
自然素材で作るオリジナルブランドの服やインナーは県外にも固定ファン多数。
那覇産クラフトビールのさきがけ、『浮島ブルーイング』(牧志3‒3‒1‒3F)。
那覇産クラフトビールのさきがけ、『浮島ブルーイング』(牧志3‒3‒1‒3F)。
久高島(くだかじま)の麦で造る「久高島ヴァイツェン」、沖縄の古代米使用「仲村渠(なかんだかり)Wheat X」、沖縄産シイラのフィッシュ&チップス。
久高島(くだかじま)の麦で造る「久高島ヴァイツェン」、沖縄の古代米使用「仲村渠(なかんだかり)Wheat X」、沖縄産シイラのフィッシュ&チップス。
浮島通り近くのセレクトショップ『miyagiya』(松尾2‒19‒39)。伝統の中にポップさも感じる沖縄作家の器が並ぶ。
浮島通り近くのセレクトショップ『miyagiya』(松尾2‒19‒39)。伝統の中にポップさも感じる沖縄作家の器が並ぶ。
入れたものが引き立つ「工房コキュ」(芝原雪子)のやちむん。辻さんも愛用。
入れたものが引き立つ「工房コキュ」(芝原雪子)のやちむん。辻さんも愛用。
映画、音楽、器、本、食……。沖縄文化の殿堂『桜坂劇場』(牧志3‒6‒10)。
映画、音楽、器、本、食……。沖縄文化の殿堂『桜坂劇場』(牧志3‒6‒10)。
希望ヶ丘公園は辻さんの夕日スポット。
希望ヶ丘公園は辻さんの夕日スポット。
竜宮通りの隠れ家的小料理屋『ごはんやうらら』(牧志3‒10‒3‒3F)。予約制、コース料理のみ(¥6,000、1 人可)。
竜宮通りの隠れ家的小料理屋『ごはんやうらら』(牧志3‒10‒3‒3F)。予約制、コース料理のみ(¥6,000、1 人可)。
パイナップルアグーのしゃぶしゃぶをはじめ、ナチュールワインにも合う料理が続く。〆のピカピカの土鍋ご飯で昇天。
パイナップルアグーのしゃぶしゃぶをはじめ、ナチュールワインにも合う料理が続く。〆のピカピカの土鍋ご飯で昇天。
緑に抱かれた『珈琲屋台ひばり屋』の庭。
緑に抱かれた『珈琲屋台ひばり屋』の庭。
深煎りアイス珈琲(¥450)。ホットはオーダーごとにミルで挽いてドリップ。
深煎りアイス珈琲(¥450)。ホットはオーダーごとにミルで挽いてドリップ。

The Guide to Beautiful Towns_那覇

古さと新しさの一体感が首里、栄町、壺屋の魅力。

 那覇・桜坂の一角。「本当にこんなところに店が?」と思うような細い路地を辿った奥に、辻佐知子さんの店『珈琲屋台ひばり屋』は密やかに佇む。正確には「店」ではなく、小さな庭と一台の屋台だ。この「秘密の園」で味わう一杯、過ごすひとときを目的に、地元はもちろん、日本各地や海外からも多くの人が訪れる。そして至福の時間を楽しみながら誰もが思う。「よくこんな場所見つけたなぁ」と。そう、辻さんは日常のすき間に潜む素敵な空間や時間を見つける達人なのだ。

 辻さんが惹かれるのは、新しい景色の中に古いものが垣間見えたり、昔ながらの世界に新しさが立ち現れるような、そんな情景だ。首里もそんな町の一つ。

「忘れられないのは、ゆいレールの儀保駅から首里城公園に向けて歩いたときのこと。龍潭(りゅうたん)通りに出る手前で、住宅街の小径の先に赤い首里城の立つ丘が突然バーンと現れて、すごい感動したんです。それが炎上する2日前でした」

 首里城公園や金城(きんじょう)町の石畳道はもちろん美しいが、彼女のお気に入りはかつての城下町だった桃原(とうばる)町、大中(おおなか)町、当蔵(とうのくら)町の界隈。

「車も通れない細い道が迷路のようになっていて、そこにワザと迷い込むんです。すると昔からの建物や湧水(ゆうすい)、拝所などがあったりして、琉球の時代にタイムスリップしたような気分になります」

 首里城が再建される2026年を待つ間、そんな町歩きに旅の時間を使うのも一興かもしれない。

 1年ほど前に栄町市場の近くに自宅を引っ越した辻さん。今ではアジア的なディープな飲み屋街、餃子の町として全国区になったが、彼女がぜひ訪れてほしいと思うのは、昼の栄町市場。そこには観光向けではない、昔ながらの沖縄の「市場(マチグヮー)」の風景がある。

「お肉屋さんも何軒かあるのですが、みんなそれぞれ行く店が決まっていて、私は『安座間(あざま)精肉店』さん。トンカツを作るときは必ずここで買います。行くと『今夜はトンカツね。何人で?』と声をかけてくれます。市場では肉でも魚でも野菜でも、作りたい料理を伝えれば、一番いい素材、いい部位、いい分量を教えてくれる。もっと昼の市場を使いこなさなきゃ、というのがこの1年の反省です」

 昼の栄町市場の最新トピックは、今年1月の自家焙煎コーヒー店『COFFEE potohoto(ポトホト)』の市場内移転だろう。2006年以来、間口1間(けん)のコーヒースタンドとして営業してきたが、焙煎所を併設し、飲食スペースも設けた。今や昼の市場の「広場」的存在だ。

「昼の市場がマチグヮーの良さを残したまま、さらに活気が出てきたのは、『potohoto』の山田さん夫妻の頑張りが大きいと思う。紗衣(さえ)さんは栄町市場商店街組合の事務局長として市場を支え、哲史(てつし)さんはコーヒーという飲み物の力で人々と市場を繋げている。その地域に根ざした活動は、同じコーヒー屋として本当に尊敬します」

 ここ1年、市場にはコーヒーと連動するように、ケーキ屋、パン屋、レコード店、洋書店などが続々オープン。旅人も昼の市場を気軽に楽しめるようになってきた。

 壺屋は言わずと知れたやちむん(焼き物)の町だ。陶器店が並ぶ「壺屋やちむん通り」を外れてスージグヮー(路地)に入れば、柳宗悦ら民藝運動の面々が愛した町の残像がそこここに現れる。

 また壺屋は、沖縄戦で焦土となった那覇で、最初に住民が戻ってきて、生活や商売を始めた町でもある。そんな土地柄が持つ磁場は、今も新しい住民や店舗を引き寄せる。特にここ数年の都市整備事業によって、壺屋と桜坂が繋がり、農連市場のあった開南や浮島通り周辺も人の流れが変わった。観光客で賑わう第一牧志公設市場を中心とするアーケード商店街を囲うようにして、その外環を成すこの壺屋・桜坂・浮島通り界隈は、センスのいい店が続々生まれている現在の那覇のホットスポット。まさに古くて新しい町なのだ。

「このあたりはもともと商売中心に人が行き交うエリア。それでも私が好きな店の人たちは浮ついてなくて、みなさんしっかり地に足が着いている。ウチナーンチュも、県外から来た人も、沖縄文化へのリスペクトがあって、この地域を誇りにしている。商売も大事だけ
ど、沖縄や地域の役に立ちたいという思いをより強く感じます」

 沖縄の民衆の国歌とも呼ばれる名曲『芭蕉(ばしょうふ)布』のフレーズ「我した島沖縄(ウチナー)」。その思いの中にこそ、那覇の暮らしの美しさの秘密があるのかもしれない。

「那覇に住んで20年近くですが、出会った人や屋台のお客さんに教えられて、この10年ほどでようやく沖縄文化の深い魅力がわかるようになった気がします。まだまだ沖縄への興味は尽きないですね」

辻 佐知子 『珈琲屋台ひばり屋』店主

千葉県出身。2004年初頭、東京・有楽町を歩いていて、沖縄でコーヒー屋台を開く天啓を受ける。同年7 月に那覇で開業。屋台の場所は現在5 か所目。営業は10時30分~19時、雨天休。詳細はTwitterで。▷那覇市牧志3‒9‒26

辻 佐知子
 
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那覇市内各所へは那覇空港からゆいレール利用が便利。首里エリアは首里駅または儀保駅下車だが、ここでのオススメは儀保駅から首里城公園に向けて歩くルート。栄町市場は安里駅下車すぐ。壺屋・桜坂・浮島通りエリアへは牧志駅下車、徒歩10分程度の範囲内。迷ったら第一牧志公設市場を目指しリセット。

photo : Yu Zakimi illustration : Jun Koka edit & text : Katsuyuki Mieda

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