真似をしたくなる、サンドイッチ
バターがジュワッと染み出す。
コーヒーに合うチーズのサンドイッチ。真似をしたくなる、サンドイッチ Vol.27April 01, 2023
サンドイッチをこよなく愛するパリ在住の文筆家、川村明子さん。『&Premium』本誌の連載「パリのサンドイッチ調査隊」では、パリ中のサンドイッチを紹介しています。
ここでは、本誌で語り切れなかった連載のこぼれ話をお届け。今回は、本誌No113に登場した『グラム 11』で惜しくも紹介できなかったサンドイッチの話を。
チーズトーストとコーヒー。
チーズトースト。それにコーヒー。日本に帰国中、もし朝早めに用事があり、目的地に少し余裕を持って着けたなら、ここぞとばかりにコーヒーショップで楽しみたい組み合わせだ。トーストじゃなくて、サンドイッチでも、もちろん嬉しい。個人的には厚切りの食パントーストがより好きだけれど、チーズによってはカンパーニュ風のパンでタルティーヌもいい。別にものすごく質のいいチーズである必要なんてない。あのサクッと、ジュワッと、ビヨーン、が味わえるならば。だが不思議なことに、このシンプルでこの上なくおいしい組み合わせが、私の知る限りフランスには存在しない。これほどにもチーズがたくさんある国で、パン屋が見つかる街で、シンプルなチーズトースト(もしくはグリルドチーズサンド)とコーヒーを楽しめる店がないなんてなぜだろう。ずっとずっと思っていた。
ついに見つけた!
だから、2023年1月半ばにオープンした『グラム 11』が、3月に入ったところで、チーズ入りの「モーニング・グリルド・サンドイッチ」を朝ごはんの新メニューに掲げたときは「来た〜っ!」と声を上げたい気分だった。インスタグラムのストーリーに投稿されたメニューをスクショして、2種のサンドイッチのどちらにしようと迷いながら、食べに出かけた。店に着いて挨拶を交わし「モーニングサンドを食べたくて来た!」と共同創業者のアレクシに告げると、「どっちもおいしいけど、僕はポルケッタがもう、本当に好きだね」と本当に好きそうに言ったので、そちらを注文した。マレ地区北部にある『グラム』1号店はいつからか、ランチタイム近くになると45分待ちが当たり前の人気店になった。そちらは今、兄のロマンが店に立っている。2号店は観光客の多いエリアから離れ、席数も倍以上。アレクシが客を迎え、ロマンのパートナーのマリーヌが厨房で腕を振るう。
運ばれてきたポルケッタサンドは少しぷっくらした丸みを帯びたフォルムに、誰が見てもおいしそうと感じる焼き色。窓際の席に座りながらひとりニヤニヤした。どんなふうに挟まれているのかと思ったポルケッタは、極薄スライス。同じ厚みに重ねられたエメンタールチーズは溶けきっていない。はっきり目に見える具材はそのふたつしかなかったけれど、知っているようで知らない味が口の中に広がることを予感させた。
口の中でほどけるように、とろけていく。
クシュクシュッと溶けた。豚バラ肉の脂身のほどけていくようなとろけ方は、クロワッサンの表皮から数枚内側にある生地のような、そんな儚さがあった。もう一度食べてみる。ショワショワ、の方が近いかも。シュワシュワとホワホワを合わせた感じ。すぐにいなくなるくせに存在感は大きくて、ねっとりとした脂の味は、夜遊びをしたあとのラーメン、あるいはオニオングラタンスープのような背徳感を思い出させた。バターをふんだんに含んだ香ばしいトーストが、さながらフライドオニオンのようだ。チーズを溶かしていない訳がよくわかった。ここでのチーズは、むしろ全体の味を引き締めている。
ショワショワ、をスローモーションで味わい、パンの耳のカリッとしたところを後追いでかじりながら、期待以上の満足感に浸っていたらマリーヌがやってきて「何飲んでるの?」と私のマグカップを覗き込んだ。「あ、ドリップコーヒー! このサンド、コーヒーと合わせたいと思って作ったの」。それを聞いて、悪巧みを一緒にした仲間の言葉を聞いたような気になった。
後日インタビューをしたとき、冒頭に書いたことを彼女に伝えた。すると「そう、本当にそう!ずっと私もそう思っていた。それでずっと出したかったの!」と声を上げた。アメリカに行っても、ポルトガルでもスペインでも朝食にグリルドチーズサンド的なものがあるのに、フランスにはない。同類とも言えるクロックムッシュは昼に食べるもので、朝ではない。でも、朝に食べたいよね、と声をあげた。1号店の厨房は小さ過ぎて、注文ごとに焼いて仕上げる、ということが難しかったが、それを、十分すぎるほどの広さを得た2号店で実現した。
発酵させた椎茸がとびきりにおいしいのだ。
マリーヌの念願を叶えた話を聞いて、これはもうひとつのほうも食べたいなぁと、翌週また訪れた。ポルケッタを上回るような驚きはないだろうと思いながら。ところが、だ。思わず真顔になるほどに、びっくりした。真顔にさせた正体は発酵椎茸だった。艶やかな玉ネギのキャラメリゼでも、鮮やかなブロッコリーの新芽とホウレン草でも、燻製香を漂わせるスカモルツァでもなく。
2号店をオープンするにあたり彼女は、右腕を務めるジュリエットと2人でありとあらゆる素材を、発酵させてみようと漬け込んだらしい。それである日試作をしているときに、柑橘系とは異なる何かしらの酸味を加えたくて、手に取ったのが発酵させた椎茸だった。火に通すこともなくそのままスライスして挟んでいるのだけれど、これがとろっとろで、何をどうしたらこうなるのだ?と噛むのをストップしてしまうくらいに、滑らかな味わいが脳を直撃した。それともうひとつ。極小の角切りにしたビーツのチリジャム。甘辛酸っぱさが、細かい粒で舌の上に散らばって、憎いくらいに私の気を引いた。このサンドイッチはクセになる。