真似をしたくなる、サンドイッチ
赤タマネギとキュウリで、ソーセージが隠れちゃう!
店の名品、ジューシーなホットドッグ。真似をしたくなる、サンドイッチ Vol.18July 01, 2022
サンドイッチをこよなく愛するパリ在住の文筆家、川村明子さん。『&Premium』本誌の連載「パリのサンドイッチ調査隊」では、パリ中のサンドイッチを紹介しています。
ここでは、本誌で語り切れなかった連載のこぼれ話をお届け。
今回は、本誌No104に登場した『ビュッフェ・ロカル』で惜しくも紹介できなかったサンドイッチの話を。
サンドイッチ探索、初心に帰る。
『&Premium』本誌でサンドイッチの連載を始めてから3年半が経ち、サンドイッチ探索はすっかり私の日常生活の一部になった。それで、うっかり大事なことを忘れていたのかもしれない。そう思わせたのは、『ビュッフェ・ロカル』で、初めてサンドイッチを買ったときだった。
いつも通り、家に持ち帰って写真を撮り、食べるつもりでいたのだ。それが、サンドイッチを買って店を出たら、自然と足が、サクレ・クール寺院へと続く坂道を登っていた。来た道を下り、メトロの駅へとそのまま向かう気には、全然なれなかった。カメラを持って行っておらず、iPhoneはあったけれど、「もう今日は写真はいいや」と思った。坂を登ると、目の前にさらに上へと続く階段、左手には丘を下る階段があって、私は、下る方の階段の、一番上の端っこに腰を下ろした。それで、モンマルトルの丘の街並みを見下ろしながら、サンドイッチを食べた。
これ以上ないくらい、シンプルなサンドイッチ。
「あ〜、サンドイッチってこうやって食べるのがいちばんおいしいかもしれないなぁ」。そのサンドイッチは具材がシンプルで、ひと口かじったあとに、こちらの動きをはたと止めてしまうようなインパクトの強いおいしさを秘めているわけではなかった。それが良かった。
「軽食」という言葉がぴったりな、屋外で気負わずに食べるのにスッと寄り添うような味。挟んであるのがグリーンアスパラとヤギ乳のチーズという、典型的な具ではなかったのも功を奏していたのだと思う。フランスで暮らし始めた当初、ホームステイ先のマダムが、私が遠出するときに持たせてくれたサンドイッチを思い出させた。
何を隠そう、店の名品は、ジューシーなホットドッグ。
『ビュッフェ・ロカル』は、私の自宅からは遠く、わざわざ足を運ぶことになる。でも、「また、モンマルトルを少しお散歩して帰ろう」と、天気の良い日を選んで再訪した。クロック・ムッシュ、鴨胸肉とスグリの実のジャムのバゲットサンドを食べたあと、次回はぜひ!と店主から薦められたのは、ホットドッグだった。店の評判を作ったのは、何を隠そう、ホットドッグだったらしい。
意外な気がしながらも、その次に行ったとき、食べてみることにした。そうしたら、出てきたホットドッグからは、ソーセージの姿がほとんど見えなかった。ほぼ全体を、角切りにした赤タマネギとキュウリが覆っている。でも、その赤タマネギとキュウリは、大きさからも、フードプロセッサーで、ガーーーっとみじんにしたものではなく、包丁で切ったことのわかるものだった。そして、細か過ぎないみじん切りに、どこか温かみを感じた。
実際、そのホットドッグは初めて食べる味で、たっぷりとかけられた赤タマネギとキュウリが、存在意義を存分に発揮している印象を受けた。ソーセージは細身ながらジューシーで、噛むごとに豚ひき肉のエキスがぎゅっと滲み出る。そこに、葉野菜とは異なる、角切りタマネギとキュウリのみずみずしさが加わると、毎度口の中がリセットされる感じで、またひと口、と後を引いた。
その日は、店内で食べた。でもあのホットドッグは、外で食べたら、もっとおいしいだろう。あいにく、それ以降、お天気の良いタイミングでの再訪が叶わず、まだ実現できていない。近いうちに必ずや、青空の下で、すっかり観光客の戻ってきたモンマルトルの丘の小道の片隅に腰を下ろして、頬張りたいなぁと思っている。