真似をしたくなる、サンドイッチ
すべての具材は店主の手作り、幻の「バイン・ミー」。真似をしたくなる、サンドイッチ Vol.7August 04, 2021
サンドイッチをこよなく愛するパリ在住の文筆家、川村明子さん。『&Premium』本誌の連載「パリのサンドイッチ調査隊」では、パリ中のサンドイッチを紹介しています。
ここでは、本誌で語り切れなかった連載のこぼれ話をお届けします。
今回は、本誌No93に登場した『ミン・チー』で惜しくも紹介できなかったサンドイッチの話を。
自家製の豚肉でんぶや野菜のペーストが全体の味の決め手。
いやぁ、びっくりした。あんまりおいしくて、一口食べて飲み込んでは、肘をつき手の甲でおでこを支える格好になって、考え込んでしまった。
というのも、そのおいしさの出所が、どうじっくり味わってみても、さっぱりわからなかったのだ。どれひとつとして、パキッとわかりやすい味のものはなかった。どれもが、その内側においしさを秘めたままでいるような、そんな味だった。
4月の終わりに買いに行った、数日間限定で販売された『ミン・チー』のベトナム風サンドイッチ、バイン・ミー。レストランの営業が許可されていなかった期間に、ひとりの料理人がすべての具材を一から作ったそのバイン・ミーは、2月にも一度売られて、12時から発売なのに、12時に行くともう完売、という幻のサンドイッチになっていた。多数のリクエストにより、2度目の限定発売が企画され、今度は、インスタで告知をして、DMで注文、ペイパルで前払いというシステムになった。
2月に、2度買いに行って2度とも逃した私は、今度こそ食べてみたかった。それで、告知の投稿を見るや、すぐさま注文したのである。肉入りと、ヴィーガンの2種類あったから、両方買った。
サンドイッチに調味料やソースはかかっていなかった。肉入り、ヴィーガンともに、肉汁と野菜汁をそれぞれソースとしてかけているだけで、あとは自家製の豚肉でんぶや野菜のペーストが全体の味を決める元になっていた。
パンは、あるパン屋さんに特注したらしい。生地がふっくらとして、形もぷっくらしたそのバゲットは、手作りバイン・ミーに見事に合っていた。
あんまりおいしくて、そのおいしさの在り処を見つけたくて、すごく考えながら食べていたら、考え込みすぎていたようだ。半分ずつ食べて残りは朝ごはんにしようと思っていたのに、一気に二つ食べてしまった。気付いたら、なかった。
ダイレクトに”おいしい”が直撃してくる!
翌週、また注文した。その日が最終日だった。味わえる最後のチャンス。
初めて食べたときに「こんなおいしさは初めてだよ!」と驚いたものに、2度目も同じような感動を得られるとは限らない。
けれど、このバイン・ミーには、1度目以上に「めちゃめちゃおいしい!」と心が踊った。その感動は、凝りが酷すぎて「1度目のマッサージでは届いて欲しいところまで実は届いていなかったんだ!」と2度目にマッサージを受けたときに発覚したような感じに似ていた。
1度目はそのおいしさの正体も在り処も分からなくて、探っていくうちに食べ終わってしまった。2度目は、まず何も考えずに噛り付いたら、ダイレクトに“おいしい”が直撃してきて、興奮した。
幻のバイン・ミーは3週間のポップアップでカムバックしたのだけれど、販売されるのは木曜から土曜の3日だけで、実質9日間という、かなりの限定発売ぶりだった。でも、聞いて納得した。ともかく、仕込みに手間と時間がかかる。
肉バージョンに挟む豚ばら肉は、数日間塩漬けしたものを蒸してから、五香粉を加えたマリネ液で24時間マリネする。でんぶは、豚のヒレ肉をマリネしてから、焼き色がつかないようにごく弱火でじっくりゆっくりと火を入れ、それをほぐす。3キロのヒレ肉で、サンドイッチ150個分のでんぶができる。
ヴィーガンサンドの湯葉のパテは、乾燥の湯葉を水で戻し、塩・コショウ・砂糖で味付けをしてロール状で1時間休ませてから、バナナの葉で巻いて2時間半蒸す。
店主のミン・チーさんは、ベトナム人の両親のもとフランスで生まれ育った。両親はベトナム料理店を営み、20年ほど前、店の裏に仏教の寺院が建立され、ヴィーガンはそこで学んだという。今回のヴィーガン・バイン・ミーも、その、寺院での学びをもとに考えられたものだから、具材を調理するのに、ニンニクなど刺激の強いものを加えていない。唐辛子のピクルスは、サンドイッチを受け取る時に、オプションで追加できるように用意していた。
取材をお願いしたらレシピを丁寧に教えてくれて、何がなんだかわからないけれどともかくおいしいレバーペーストに見える茶色のペーストの正体がわかった。玉ねぎ、豆腐、しいたけ、マッシュルーム、ピーナッツ、カシューナッツ、醤油、塩、コショウ、砂糖、大豆クリーム、グレープシードオイル。色の秘密はカカオパウダーだった。
あんなにも、滋味深いサンドイッチは味わったことがないんじゃないかなぁ。いつかまた、食べられることを切に願っている。