真似をしたくなる、サンドイッチ
香り高いイベリコ豚の生ハムが絶品! パリで食べたいクロワッサンサンド。October 03, 2025
サンドイッチをこよなく愛するパリ在住の文筆家、川村明子さん。『&Premium』本誌の連載「パリのサンドイッチ調査隊」では、パリ中のサンドイッチを紹介しています。
ここでは、本誌で語り切れなかった連載のこぼれ話をお届け。No56となる今回は、本誌No143に登場した『コルタド・カフェ』で惜しくも紹介できなかったサンドイッチの話を。

朝からサンドイッチを食べたいのだ。
これまでに何度か「コーヒーとチーズトーストを一緒に食べるのが好き」「コーヒーとサンドイッチの組み合わせが好き」と書いたことがある。ただ、フランスは、朝食には甘いものを食べるのが通例で、パン屋さんでもサンドイッチが店頭に並ぶのは大抵11時くらい。もし、これらの組み合わせを家以外のどこかでサクッと食べたいとすると、ほとんどの場合ランチになる。でも本当は、朝に食べられたらうれしい。たっぷりのコーヒーと。だから、朝からサンドイッチが用意されている『コルタド・カフェ』のカウンターを見たとき、オアシスを見つけたような気持ちになった。
そもそも最初に出かけたのは。
フレッシュなトマトのピュレをトーストしたパンに盛り付けたタルティーヌが目当てだった。コーヒーショップということも知っていたけれど、朝からタルティーヌがあるとは思っておらず、ランチタイムに行った。そうしたら、クッキーと同じショーケースにクロワッサンと、バゲットサンドも並んでいた。さらに具を挟んだクロワッサンの姿も見えて、私の目を引いた。

それでもまずはタルティーヌ!と列に並んだ。自分の順番がきて、カウンターに置かれたメニューに視線を落とすと、2種類ある。うち1枚は「パン・コン・トマテ」(スペイン語で「パンとトマト」を意味する、トマトをのせたカタルーニャ料理)の見出しがおどり、真ん中に大きなイラストが描かれ、その下にはスペイン語でさらに4種類のパン・コン・トマテが書かれていた。「そうか、ここはスペインのコーヒーショップなのか!」と理解して、アンチョビのせを頼んだ。
イラストで描かれた通りではあったけれど、実物のほうがずっとスッキリ、垢抜けた印象だった。パンは香ばしく焼かれ、軽やかで、噛むごとに大きく音を立てた。トマトは、ところどころ細かい角切りが残り、オリーヴオイルは香り高く、トマトの果汁と合わさってパンに少し染み込んでいる。トマト自体には味付けがされていなくて、とてもフレッシュな感じがした。角の取れた塩気のアンチョビを少しずつトマトと絡めると、いい塩梅で、たまに鼻に立ち上るローズマリーの香りが心地よい。どこにもニンニクの香りを感じず、それがとても食べやすかった。
具なしバージョンは、よりオリーブオイルの風味を味わえ、ローズマリーの香りも存在感を増し、シンプルな分おいしさが増幅しているような気がした。こんもり盛ったトマトの真ん中に窪みを作り、そこに注がれたオリーヴオイルをトマトと軽く混ぜ合わせるちょっとした作業は、どこか卵かけごはんを食べるときみたいだ。楽しい。真ん中で、半分に切り分けると、トマト汁がパンの上部にすでに染み込んでいて、でも底のほうはカリッとしたままで、かじりついたらとてもおいしかった。すごくシンプルだけれど、丁寧さを感じて、それでできているのであろう澄んだおいしさが、コーヒーにもつながる感じがした。

パン・コン・トマテは、注文してから組み立てられるから少し待つのに対し、クロワッサンのサンドイッチは、すぐに出てきた。飾り気のない様子に興味が湧いて、冷めないうちに!とかじりついた途端、クロワッサンと生ハムって合うんだなぁと思った。クロワッサンと生ハムを一緒に食べたのは、たぶん初めてだ。脂っこいかもしれないと少し構えていたのは、杞憂に終わった。むしろ、生ハムの塩気と風味でキリッとしていた。
生ハムを挟んだものはスペインではよく見かけるらしいのだけれど、「パリの強みはやっぱりクロワッサンがおいしいこと!」。店から徒歩5分ほどの、クロワッサンに定評のあるブーランジュリー『Tout Autour du Pain(トゥ・トトゥール・デュ・パン)』から仕入れ、サンドイッチはスペインのスタイルでも、スペインでは実現できない味。いっぽうで、パリでは、最近ごくたまにクロワッサンのサンドイッチを見かけるようになったとはいえ、そこまで出合うことはなく、イベリコ豚の生ハムを挟んでいるとなればさらに希少だ。

こちらは2〜3個作り置きをして、なくなったら、また用意する、というのを1日中繰り返すそうで、注文時にリクエストすると焼いてくれる。これもまた、コーヒーとよくあった。私は、クロワッサンサンドのほうが朝ごはんに好きかもしれない。パン・コン・トマテは、クイックランチに食べたい気がする。
『コルタド・カフェ』は、マドリード出身の父を持つ兄弟(母はフランス人)と、兄のパートナー(バルセロナ出身)の3人で始めた店で、スタッフも全員スペイン人。ここではスペイン語が話せるし、スペインのように朝ごはんに塩味のものも食べられる、と来る人も多いらしい。店から出て行くときに、Graciasと声をかけて出て行く人がたくさんいる。
『Cortado Café』

文筆家 川村 明子
