河内タカの素顔の芸術家たち。

河内タカの素顔の芸術家たち。
ソール・ライターThis Month Artist: Saul Leiter / January 09, 2020

saulleiter

Saul Leiter / ソール・ライター
1923 – 2013 / USA


No.074


アンディ・ウォーホルの故郷でもあるペンシルバニア州ピッツバーグ生まれ。1950年代からニューヨークにおいて第一線のファッション・カメラマンとして活躍し、その傍らで絵画の制作も行う。しかし、1981年以降は商業写真から遠のいていき次第に世間から忘れ去られていくが、2008年にドイツのシュタイデル社から出版された未発表のカラー写真を収めた作品集が刊行され、それを機に少しずつ知られるようになる。2012年にはドキュメンタリー映画が上映され、そして2017年の日本での初個展が大きな話題となり、その第二弾となる展覧会「永遠のソール・ライター」が1月9日から3月8日まで開催される。

ボナールや浮世絵に影響を受けた写真家
ソール・ライター



 2017年にBunkamuraザ・ミュージアムを皮切りに伊丹市と新潟市にも巡回した展覧会によって、日本でもその名が一躍知られるようになったソール・ライター。売れっ子の商業写真家として華々しく活躍しながらも表舞台から姿を消してしまい、晩年になって再びスポットライトを浴びた写真家として知られています。前回ここで紹介したE. J. べロック、そして子守をしながら通りすがりの人々のポートレートを撮っていたヴィヴィアン・マイヤーは、自分たちが生きている間に発見されることはなかったのですが、ライターの場合、おそらく本人が戸惑うほど自身の名前と写真が世界中に広まっていったのです。

 そのきっかけとなったのが、ドイツのシュタイデル社から出版された『Early Color』という写真集と、2012年に制作された『写真家ソール・ライター 急がない人生で見つけた13のこと』(日本での公開は2015年)というドキュメンタリー映画でした。この映画では、ニューヨークの古いアパートに住みながらその周辺や道ゆく人々を撮っていた年老いたライターの姿とともに、自分の気持ちに正直に生きてきた彼の肉声を聞くことができたのですが、ライターは映画が封切られた翌年にその復活劇の余韻に浸ることもないまま亡くなってしまいました。

 ソール・ライターは1923年に米国のピッツバーグ生まれ。父親は厳格なラビ(ユダヤ教の指導者)であり、長男で学業も優秀だったライターは父親と同じ道を歩むことを周囲から期待されていたのですが、画家を志してニューヨークへ向かい絵を描きながら、写真家のW・ユージン・スミスと親交を深めたことで写真の世界に足を踏み入れていくことになりました。才能があったのでしょう、ライターは『ハーパーズバザー』や『英ヴォーグ』の表紙を飾るほど写真家として早々と成功を収めたのに、ファッション業界に馴染めなかったのか1981年からプロの写真家としての活動を止めてしまい、以来、再び絵を描きながら猫と暮らすボヘミアンな日々を送っていたというのです。

 「写真を撮るのは自宅周辺だ。ミステリアスなことは意外にも身近で起きていると思っている。だから世界の果てまで行く必要もないんだ」とライターは語っていましたが、その言葉通り、ライターの写真には都会の日々の中で誰もが目にしながらも誰も特に気に留めないような一瞬が、雨に濡れた窓越しや高架線から見下ろすような独特のフレーミンングによって切り取られていました。そんな特徴のある撮り方に加えて、ライターの写真が注目されたのはその持って生まれた独特の色彩感覚にあり、ファッションの仕事でもともとカラーポジを使って撮っていたということもあって、半世紀を経てパーソナルに撮りためていたカラーの写真が新鮮なものとして捉えられたというわけです。

 また、おそらく写真と同様に絵の制作はライターの日常の一部だったため、彼にとって色を絵画的に取り入れることはごく自然なことだったと思われ、「日本かぶれのナビ」の異名をとる色彩豊かな画家として知られるピエール・ボナールや、歌川広重や葛飾北斎といった浮世絵師たちからも深く影響を受けていたとされ、柔らかな色の使い方や浮世絵の縦位置の構図などの要素がライターの作品の中に見て取れるのです。そしてなによりもライターの優しい眼差しというものがどの作品からも感じられ、そういったところが時を超えて観る人たちの心にじんわりと訴えかけてくるのかもしれませんね。

Illustration: SANDER STUDIO

『Forever Saul Leiter 永遠のソール・ライター』(小学館) 世界初公開となる豊富なスナップ写真群とセルフポートレート、妹デボラや最愛のパートナー・ソームズのポートレートを収録。ライターが暮らしたニューヨークの街並みへの視線や身近な人々に向ける親密なまなざしを作品を通して感じることができる、2017年刊『ソール・ライターのすべて』の続編ともいえる写真集。

展覧会情報
「ニューヨークが生んだ伝説の写真家 永遠のソール・ライター」
会期:2020年1月9日(木)〜3月8日(日)
会場:Bunkamura ザ・ミュージアム
https://www.bunkamura.co.jp/museum/exhibition/20_saulleiter/


文/河内 タカ

高校卒業後、サンフランシスコのアートカレッジに留学。NYに拠点を移し展覧会のキュレーションや写真集を数多く手がけ、2011年長年に及ぶ米国生活を終え帰国。2016年には海外での体験をもとにアートや写真のことを書き綴った著書『アートの入り口(アメリカ編)』と続編となる『ヨーロッパ編』を刊行。現在は創業130年を向かえた京都便利堂にて写真の古典技法であるコロタイプの普及を目指した様々なプロジェクトに携わっている。この連載から派生した『芸術家たち 建築とデザインの巨匠 編』(アカツキプレス)を2019年4月に出版、続編『芸術家たち ミッドセンチュリーの偉人 編』(アカツキプレス)が2020年10月に発売となった。

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