河内タカの素顔の芸術家たち。
自身の精神性を凝縮させた 佐伯祐三の風景画【河内タカの素顔の芸術家たち】Yuzo Saeki / February 10, 2023
自身の精神性を凝縮させた
佐伯祐三の風景画
早世した20世紀の日本人の画家としてわりとすぐに思い浮かぶのが、青木繁 (28歳)、神田日勝 (32歳) 、松本竣介 (36歳) 、岸田劉生 (38歳)あたりなのですが、30歳で亡くなった佐伯祐三も青木らとともに「夭逝の天才画家」と言われ続けている一人ではないでしょうか。彼は画家として制作期間の半分近くをパリで過ごし、自分の死を覚悟していたかのように猛烈な勢いで作品を仕上げていったのですが、持病だった結核のため亡くなったことで、今もなお伝説的な画家として語り継がれているというわけです。
短く濃厚だった佐伯の半生は、二度のパリ時代と一時的に帰国した1924年から1928年までにほぼ凝縮されています。現在東京ステーションギャラリーで行われている「佐伯祐三 自画像としての風景」では、パリと東京の下落合、故郷の大阪にて制作された作品が都市ごとに展示されているのですが、夭逝の天才画家という固定された考えを持たず、今一度まっさらな目でパリの街並み、古い壁、建物などをモチーフにした佐伯の作品を見なおすと、様々な試みや工夫に満ちていることを理解することとなるはずです。
佐伯が初めてパリに向かったのは26歳の時で、後に岡本太郎も学ぶことになるグランド・ショミエール芸術学校に通っていたのですが、実は同年夏に彼の人生を大きく影響を与える出来事が起こります。画家の里見勝蔵を介してマティスとともにフォービズム運動(「野獣派」と言われ、目に映る色彩ではなく心に映る色彩を表現した) を率いたモーリス・ド・ヴラマンクを訪れた際に、密かに自信を持っていた見せた裸婦の絵を「アカデミズムに染まった絵、全く生命力がない!」と痛烈に叱責されてしまったというのです。
この出来事に深いショックを受けた佐伯は、純粋すぎるがゆえにそれまで自身がやってきたことをすべてリセットするべく、まずは学校に行くことをやめ、そして画題、描き方、形、色といった根本的なところから見つめ直すようになっていきます。それから試行錯誤の末に生まれたのが代名詞となる暗い色調で描かれたパリの街角の風景写真でした。素早い筆致による力強いタッチで描かれた油絵は、ヴラマンクを継承しながらユトリロやゴッホを彷彿させるような絵画に取り組んでいくことになるのです。
その後、病弱で体調も思わしくなかったためにいったん帰国することになるのですが、日本滞在中に描かれた作品が実に興味深く、個人的にはパリの作品以上に興味を抱いてしまいました。中でも『滞船』というシリーズの一枚がとても素晴らしく、停泊する船から上に延びるマストとロープが複雑に重なり合い、青灰色の空を背景に線で構成された幾何学模様が強いインパクトを残します。街風景やポスター文字を激情的に描いた画家として知られる佐伯なだけにこの絵はとにかく新鮮で、しかもその後再訪したパリでの新しい表現へと突き進んでいくプロセスが見えてくるだけに、いっそう興味が惹かれてしまったというわけです。
さて、今回も展示されているパリを描いた佐伯の代表作を見ながら頭に浮かんだのが、アメリカの具象画家として知られるエドワード・ホッパーの作品でした。二階建ての白い建物だけをポツンと描いた『村役場』(1926) はホッパーの『線路脇の家』(1925)を、そして『ロカション・ド・ヴォワチュール』(1925) やポスターだらけの壁面を描いた『ガス灯と広告』(1927)は、横位置の並んだレンガ造りの建物を描いた『早朝の日曜日』(1930) をなぜか思い起こしてしまったのです。そういえばホッパーも若い頃にパリに三度滞在していて、佐伯と同じくフランスの画家たちからの影響を振り切るのに苦労した画家の一人でした。
ホッパーのことを思いながら、あらためて佐伯の作品を見て思ったことは、佐伯のあの生々しく揺さぶるような風景描写というのは、実のところホッパーと同じく画家の心の内そのものであったのだろうなということです。人の心の中で起こっていることはそもそも不明瞭であるわけで、目に映る風景ではなく、まさに心に映っていた光景を忠実に描き出したのが佐伯やホッパーの絵であり、それゆえに、もう少し長く生きていたかっただろうなぁと今回の展示作品を前に切ない気持ちになってしまいました。
展覧会情報
「佐伯祐三 自画像としての風景」
会期:2023年4月2日(日)まで開催中
会場:東京ステーションギャラリー
住所:東京都千代田区丸の内1-9-1
お問い合わせ: 03-3212-2485
https://www.ejrcf.or.jp/gallery/exhibition/202211_saeki.html
巡回予定:
大阪中之島美術館
2023年4月15日(土)〜6月25日(日)