&EYES あの人が見つけたモノ、コト、ヒト。

ワインのはなし。「la capitulation ne paie pas!」 連載コラム : 山口萌菜 #2February 13, 2025

いつもおいしいものを教えてくれる先輩にそのお店を教えてもらったのは19歳か20歳の頃だった。

ほぼキャンドルの灯だけがともる薄暗い店内に、心地よい緊張感のあるレコードが流れる。細く繊細に切り揃えられたにんじんの、ヴィネガーが効いたキャロットラペ。ロックフォールチーズのポテトサラダ、ジャンボンドバイヨンヌ、コンテチーズ。見放さないけど近づきすぎず、そっと遠くから見守られているような絶妙な距離感の店主夫妻。

代々木八幡で働き出してからは、厨房で辛いことがあるとなんとかそのお店のラストオーダーまでに駆け込めるようシャカリキで片付けを終わらせて深夜に食べるオムレツやプリン、パフェ、そして気の利いたセレクトのワインを1、2杯飲んで、自分を整えていた。

「ワインなんて誰が注いでも同じだもんね」とお客さんが話しているのを聞いたことがある。

うーん、一緒なんだけれど一緒じゃないんだなぁ。どうしてこのワインを選んだのか、どうしてこの食事に、どうしてこの人に、どうしてこのグラスに、その意志は必ずワインにのると思っている。

そして私は、それが希少だとか、グランクリュだからとか今人気だからとか熟成が長いからとか、そういうものよりも選ぶ人の人柄が見える選び方をしてもらえるとそれが何より特別なキュヴェになる。

ワインのはなし。「la capitulation ne paie pas!」連載コラム : 山口萌菜 #2

今日の写真のワインは、ある時そのお店に伺った日、たまたま日本で選挙があった日、に店主が選んでくれたワイン。

そんな意図はわざわざ説明された訳でもないし、本当に偶然だったかもしれない。

キュヴェ名の“la capitulaition ne paie pas!”=(税金は)屈服するまで支払わない! 転じて、“結局降伏は意味がない”というダブルミーニングが込められている。

お店を経営していると税金のとり方に心の底から腹が立つこともある。だけどどんなに選挙に行っても、考えても、なんだか見えない力に屈服させられて何も変わらない。

この世界にうんざりしながら、テーブルについて、このワインを飲んで、そのキュヴェから考えて議論して。それこそがワインの役割だと思うわけです。
生活と文化とテーブルを結びつけるカルチュアルなミーニングのワイン。

生産者と直接話すと、キュヴェ名のに込められた活きた心の動きやユーモアがフレッシュに伝わってくる。ただ抜栓して注ぐだけでなく、その思考の通訳者でもあらねばと思う。


『Cyōdo』オーナー 山口萌菜

1996年4月4日生まれ。ヨーロッパの文化に親しみのある家庭で育ちピアニストを目指していたが、上京後に元々大好きだった食の世界にのめり込む。イタリア料理、ポルトガル料理、和食、フレンチビストロで働いたのち2020年に『Cyōdo』を開業する。

instagram.com/bisous_mona44

Pick Up 注目の記事

Latest Issue 最新号

Latest Issuepremium No. 135部屋と心を、整える。2025.01.20 — 960円