&EYES あの人が見つけたモノ、コト、ヒト。
わたしが本屋を開いた理由。写真と文:熊谷充紘 (本屋『twililight』店主) #4October 27, 2025
高校を早退して自転車を走らせ、いつもの喫茶店に逃げ込む。
「いらっしゃい」「いつもの」「いつものね」。僕はいつもの席に座り込み、文庫本を開く。世界の陽が沈み、物語の幕が開く。ここが僕の逃避先。理不尽な教師、世間体ばかり気にする両親、何者にもなれそうもない自分から逃げて、物語の世界へ。
物語の中には僕と同じように何者にもなれそうもなくて世界を諦めて、本ばかり読んでいる若者がいて、食費を削って本を買い、ベッドを売って本を買い、何かから逃げているようで、実際のところ自分を行き止まりへ追い込んでいるようだった。こんなダメな人間が主人公の話を、アメリカの作家は10年前に書いていた。何者にもなれそうもない人間って、自分にさえなれないのかもしれない。
コーヒにむせる。「大丈夫かい?」とマスターがおしぼりと水を持ってきてくれる。こんな僕にも優しく接してくれるマスターは、いったいこれまでどんな経験をしてきたのだろう。あらためて店内を見渡す。日焼けした家具たちが心地よさそうに日光浴しているような雰囲気。通学途中にいつも見かけていて、世界史の教師に胸ぐらを掴まれて「お前はこの高校に向いていない」と言われた日の帰りに、思い切ってドアを開けた。真っ暗だった目の前に柔らかい光が差し込んだ気がした。
「ねえ、マスター。なんでこの店を開いたの?」
「自分だけじゃ、朝日を迎えることができなそうだなって」
「すみません」。お客さんに声をかけられて我に返る。ここは喫茶『朝日』ではなく、わたしの店『twililight』。

「何か本をおすすめしてもらえますか?」
「喜んで。お客さまはどのような本がお好みですか」
「それが、わからないんです。これまであまり本を読んでこなくて。店をぐるっと一周して、どれも面白そうだなと思うんですけど、ピンとくる感じでもないというか……。すみません、本屋さんに失礼ですよね」
「いえいえ。わたしも普段あまり馴染みのないお店に行ったら、同じようになるかと思います。そこで必要なのは、時間だと思います。さあっと眺めてるだけだと何も取っ掛かりが生まれませんが、立ち止まって、手に取ってみると、何か情報が自分の中に入ってくる。それを“自分に穴が空いた”と呼んでいます」
「穴?」
「ええ。自分だけで完結していると何も吸収することができない。自分が一度、外へ関心を向けると、様々な情報が流れ込んできます。その状態を穴が空いたと。一度穴が空けば、今度はそこから、自分自身を見つめることもできます。手に取ってみて、これには興味があるのかないのか、考えてみることで、今の自分が少しずつ浮かび上がってきます。お客さまは、わたしに声をかけてくださった。その時点で、穴が空いたと思います」
「穴」と言いながら、お客さんは自分のお腹あたりを眺めて、さする。
「わたしのちっぽけな想像力ではお客さまがどんな本を喜ばれるか答えを出すことはできません。でもここで過ごす時間を提供することはできます。ゆっくり、気兼ねなく、穴から外を眺めたり、自分自身を見つめてみてはいかがでしょうか」
マスターがあの時言った言葉の意味が、今なら少しわかるような気がする。自分ひとりじゃ、穴は空かないのだ。自問自答を繰り返すことも必要だけれど、思考は行き先を持たず、カーテンも窓もない真っ暗な部屋に閉じ込められているようで、だんだんと息苦しくなってくる。きっとマスターはどこかでそのことに気づいて、いろいろな人がやってくる喫茶店を開いた。真っ暗だった自分の部屋にぽつぽつと穴が空いて、風が、光が入り込み、朝日を迎えられるように。
何者にもなれなかった自分が今、店を開いていられるのは、他者との出会いのおかげだ。マスターに出会い、自分に穴が空いたことで、『朝日』に集うお客さんと交流するようになって、外の世界やいろいろな人の考え方を知り、何者でもない、自分を知ることができた。それは自分の嫌な部分や苦手なこと、ちっぽけさに向き合うことでもあって辛い部分もあったけれど、だからこそ、好きなものと出合うこともできた。好きなものは自分の土台になって、可能性を羽ばたかせてくれる。もしかしたら自分にできることがあるのかもしれない、夢を思い描いてもいいのかもしれない。

『twililight』。「twilight」という英語に、余計な「li」を加えた本屋&ギャラリー&カフェ。昼でも夜でもない黄昏時に、0か1ではない曖昧な心を泳がせ、結論を先延ばしにできる場所。屋上で空をぼんやり眺める人。散歩するように本棚を眺めていく人。自分以外を眺める時間が、きっと自分を教えてくれる。
「わたしの好きなもの、見つかりました!」
振り向くと嬉しそうに本を掲げるお客さん。その顔が、わたしの好きなもの。
本屋『twililight』店主 熊谷 充紘
















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